第5話 黙って話を聞いてくれる人

 朝起きて、メリッサに着替えさせられたドレスに違和感を感じた。


おかしい。というかダサい。


クリーム色のストンとしたワンピースで、露出部分が極端に少ない。その上に腰ミノみたいなフリルのたくさんついた巻きスカートを巻き付けられた。


「この格好は何ですか?」


「今日は朝から訓練場にて、体力作りと護身の短剣術を行います。汚れたり、破れたりしてもいいように使い捨てのドレスをお召しいただきます。」


「だったらこの巻きスカートは動きにくくなります。」


「姫様方が、短剣術を必要とされる時をお考え下さいませ。」


「あ・・・。」


 ボリュームや装飾の多いおしゃれなドレスを着ている時に襲われる可能性があるんだ・・・。そう思うと少し落ち込んだ。


 訓練場へ行くと、短剣の模擬刀を手渡された。今まで一流のピアニストになるのなら刃物は持つなと言われて育ってきた。兄のフィリップスも剣は持たずただの飾りとしての剣を持っているだけだった。


もう、「刃物は持つな」とは言われなくなった。


それどころか、刃物で身を守らなくてはいけない現実を突きつけられ、マリエッタの中で大切にしていたものが削られていくような気持ちになり、また落ち込んだ。


 マリエッタは腹を括ったはずなのに、些細な事で落ち込む自分に気が付いた。そしてそんな自分が嫌だった。


 走り込み、ウエイトトレーニング、体術、短剣術などを訓練し、終えると着替えるために部屋へ戻った。


次の授業は帝王学なのでマリエッタは学習室へ行く必要がない。

エリザベートが授業を受けている間、マリエッタは時間を持て余した。


少し落ち込んだ気分を晴らそうと、訓練場へ行く途中で見かけた、公園のような中庭を散策する事にした。


中庭には、真ん中に噴水があり、噴水を中心にベンチが置かれ、その周りに木陰を作る樹木や、色とりどりの季節の花を咲かせた花壇があった。


 その美しい花壇の一角に、丸く、ポヨポヨとしていて、花のような鮮やかな色合いで、フカフカの毛を生やした生き物がたくさんフワフワと浮かんでいる場所があった。


この世界には、空中に浮かぶマリモみたいな生き物がいる。

それは色も大きさも様々で、小指の先ほどの者もいれば、スイカほどの大きさの者もいる。


鳴き声もないし噛みつかれたりもないが、時折マリエッタと遊ぶかの様に肩に乗ったり手のひらに乗ったりする。


 マリエッタはその生き物が大好きだった。


そのマリモのような生き物がいる花壇へ行くと、フワフワと近寄って来て、マリエッタの頭や肩、手のひらに乗って来た。


中にはマリエッタの頬にスリスリしてくる者もいる。


「ふふ。慰めてくれるのね。ありがとう。

あなたたちのおかげで元気になれそうよ。」


マリエッタはフワフワと浮かぶマリモたちを風船で遊ぶかの様に、軽くポンと押し上げたり、指先でツンツンして遊んでいた。


 すると、近くに植えられた樹木の上の方から声が聞こえた。


「おい。お前、それが見えるのか?」


驚いて見上げると、木の上には黒髪に茶色の鍔広帽子をかぶり、瞳はマリエッタと同じエメラルド色。

作業服で手には剪定ノコギリを持った、庭師の少年がいた。


「それってどれのこと?」


聞き返すと、少年は乗っていた木の枝から飛び降りた。


「そのぼんやり白い丸い奴らだよ。」


「ぼんやりと白いというのはよく分からないけど、白い子はこの子とこの子ね。」


「他にはどんな色がある?」


何を聞きたいのかよく分からないが、一応答える。


「この子は赤、この子は黄色、この子は緑色ね。他のマリモたちも花壇の花と同じ色をしているわ。」


「マリモ?」


「この子たちが何て言う生き物か分からなかったの。だから勝手にマリモって呼んでいるのよ。」


「それらは、妖精だ。」


「そっかぁ。この子たちはヨーセーって言うのね。よろしくね。ヨーセーちゃん。」


そう言うと、ヨーセーちゃんたちは嬉しそうにプルプルと体を震わせて答えた。


「あっ!ごめんなさい。あたし、決められた人以外、お話してはいけないの。」


先日、メリッサから今後、決められた人以外は話かけてはいけないし、話しかけられても答えてはいけないと教わったばかりだった。


「俺は大丈夫だ。その証拠に、そこにいるメリッサが何も言って来ないだろう?

お前、エリーの『御身代』のマリエッタ嬢だろう?」


この少年はエリザベート王女の事をエリーと愛称で呼んでいるし、エリーとも親しくかなりの事情通と見た。


「エリーと親しいのね。あなたのお名前は?」


「俺は、ライオ・・・ライだ。」


「そう、ライ。あたしはマリエッタ。

よろしくお願いします。」


「ああ、よろしく。

お前、妖精たちに慰めて・・・貰ってたのか。嫌なことでもあったのか。」


庭師の少年の態度はちょっと偉そうだと感じた。でも、普通に話ができる人が増える事は嬉しいので、つい、マリエッタは気持ちを緩めた。


「そうなの・・・。ヨーセーたちは優しいの。」


気が付けば、ぽろぽろ泣きながら、身の危険を覚悟し、夢を諦めるしかない立場であることの愚痴をライに話していた。


そんなマリエッタの言葉を、ライは雑草をむしりながら、黙って聞いていた。


「聞いてやることしかできないが、よくここで植物の世話をしている。また話に来いよ。」


そう言って、ライは何処かへ消えて行った。

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