たまごサンドと静かな午後ー畑中 小春ー

とても不思議なカフェだった。



あれから2ヶ月。


季節は梅雨になり、町はみずみずしい空気に包まれ、時々見かける紫陽花は雫を纏い艶っぽい。


この時期は、他の季節には無い幻想的な雰囲気をもっているように思う。



私はといえば、改めてお礼のお菓子を届けようとあの路地裏に行ってみた。


だが、あのお店は見当たらなかったのだ。


涙でぐしょぐしょだったとはいえ、場所は合っているはずなのに。


そこにあるのは、空き地と一本の注連縄が巻かれたポプラの木だけだった。



「れんげ草というお店はご存知無いですか?」


そう訪ねても


「あそこはもうずっと前から空き地だよ」


と返ってくるだけだった。



ただ、れんげ草があった空き地の向かいの並びにある、寂れた八百屋のご夫婦に聞くと「みーこちゃん」という女の子は知っているらしいので、お菓子だけ預けて帰ってきたのだ。


「珈琲もサンドイッチも、美味しかったな」


高卒で就職して住み始めた寮の部屋は、荒れた私の心のせいで部屋までもが荒れていたのだが、れんげ草から帰って、すぐに片付けをした。


今ではすっかり綺麗になった部屋で、心も体も穏やかに、18歳の女の子らしくお洒落も楽しみつつ生活している。


「独りぼっちになったと思ってたけど、違ったんだね」


遺品の着物を作り変えた鞄をそっと抱きしめた。




そうだ、厚焼き玉子。


お料理はあまり得意ではないけれど、作ってみようか。


前までは気力が沸かなくて、一人暮らしを始めてから殆ど使っていない台所だったが、最近ようやく買った新品のフライパンと、卵を取り出した。



おばあちゃんがやっていたように、できるかな。



踏み台に乗って、おばあちゃんの料理姿を横で見ていたっけ。


『料理の最高の隠し味はね。大切な人を想う気持ちだよ。ばあちゃんはね、小春が食べて美味しい笑顔になってくれるのが嬉しくて、毎日作ってるんだよ』


そう言っていたおばあちゃんの料理は、どれも本当に美味しかった。


あれが二度と食べられないと思うと、また胸の辺りがキュッと締め付けられる。



美鈴さんが言ってくれた。


おばあちゃんがそばで見守ってくれていること。


「おばあちゃん。私、もう大丈夫だから。おじいちゃんのいる天国から、一緒に見守っていてよ」



閉め切っている部屋に、ふわりと優しい風が通ったように感じた。



まるで、れんげ草で感じたあの優しい風のようだった。

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