オリヴァーの告白

 ファーストダンスが終わると、ホールの中心に集まっていた人々は、歓談のために端へと移動していく。アデリナとオリヴァーもその人々の流れに沿ってホールの隅へと移動する。


 立食形式なので、料理のテーブルの傍にいくつか歓談用の丸テーブルが配置されている。その丸テーブルの一つで二人は足を止めた。


「お腹は空かないか?」

「……胸がいっぱいで入りそうにないです」

「そうか。それなら酒はやめておいた方がいいな……ああ、すまない。シャンパンとジュースをくれないか?」


 通りがかった給仕の者から飲み物を受け取り、二人はグラスを合わせる。


「デビューおめでとう、アデリナ」

「ありがとうございます」


 グラスの中身をあおったアデリナは、溜息をつく。思った以上に緊張していたのかもしれない。


「……なんだかすごいですね。お茶会の規模とは全然違います。それに、私、浮いてませんか?」


 大人っぽいというか、大人しかいない。社交界デビューをする同い年の子女たちも、アデリナより遥かに大人だった。場違いな気がして、肩身が狭く感じる。


 オリヴァーは手を振って否定する。


「いや、アデリナは立派な淑女だよ。そのドレスと真珠のネックレスもすごくよく似合ってる。半年前とは全然違う」

「……本当にあの時は失礼なことを……」


 穴があったら埋まりたい。アデリナは首を竦める。オリヴァーは懐かしそうに目を細め、思い出し笑いをする。


「女性に壁際に追い詰められて、私におしゃれを教えてくださいと言われるとは思わなかったよ」

「うう……返す言葉もありません……」

「あの頃から変わらず、君は一所懸命だったな。それがすごいと思ったよ」

「オリヴァー様……」


 二人が見つめ合っていると、再びホールに音楽が流れる。歓談をしていた人々がちらほらとまた中心に集まり始めた。オリヴァーはそちらを一瞥すると、アデリナの手を取った。アデリナは不思議に思ってオリヴァーに問う。


「踊るのですか?」

「いや、少し二人で話さないか? ここだと話が聞こえないから移動しよう」

「はい、いいですが……」

「じゃあ、行こう」


 オリヴァーに手を引かれ、アデリナはホールを出た。人気のない方に向かうオリヴァーを不思議には思ったが、不安はなかった。恋愛対象外の自分にオリヴァーが無体なことをするとは思えなかったし、そうでなくてもオリヴァーが声をかけるだけで女性は付いてくるだろう。アデリナは気楽な気持ちでオリヴァーに付いていった。


 ◇


「ここら辺でいいか」


 オリヴァーは周囲を見回して頷く。今いるのは中庭で、ぼんやりとした明かりが四阿あずまやを照らしている。


 オリヴァーは持っていたハンカチをベンチに置くと、アデリナをそこに座らせて自分も隣に腰かけた。そういった扱いを受けるのは初めてで、アデリナは変な感動をしていた。


(これが大人になるということなのね……!)


 常に子ども扱いのアデリナは、適当にその辺りに座らされていた。そのため、普通の淑女扱いが特別に思えるようになったのだ。


 頬を染めるアデリナをオリヴァーは怪訝に見る。


「アデリナ、どうかしたのか?」

「いえ、何でもありません。それよりも、オリヴァー様こそどうしたんですか? わざわざ中庭に来たということは、何かお話があるんですよね?」

「ああ……」


 オリヴァーは返事をしたものの、そこから口を閉ざしてしまった。余程言いにくいことなのかとアデリナは考えを巡らせる。


(……いつ婚約を解消するかということかしら。そんなの、気にしなくてもいいのに)


 オリヴァーの方から婚約を解消することでアデリナの嫁ぎ先がなくなることを心配してくれているのかもしれない。だが、それならそれで働く道も選べるのだとクラリッサを見てわかった。


 失恋は辛いけど、オリヴァーを縛り付ける方が辛い。幸せになって欲しいから、自分の手で終わらせよう。


 アデリナは真っ直ぐ前だけを見てオリヴァーに言う。


「……婚約解消の話……ですよね。オリヴァー様の都合のいい時にしていただければと思います。私のことなら心配はいりません。これからどうやって生きていくか、ちゃんと考えます。私はもう、大人、ですから……」


 アデリナは膝の上に置いた手を握りしめる。不安はあるが、今の自分は一人じゃない。マーカスやクラリッサ、クリスタが相談に乗ってくれている。だから大丈夫なはずと、アデリナは自分に言い聞かせる。


「アデリナ……」


 そんなアデリナの拳をオリヴァーの大きな手が包み込む。


「……俺はそんなつもりで婚約を申し入れたつもりはないよ。多分誤解しているんだろうと思いながら放置した俺が悪かった。すまない」

「オリヴァー様が謝ることでは……!」


 焦ったアデリナは隣のオリヴァーの顔を見る。オリヴァーはアデリナを真剣な表情で見ていた。


「いや、俺がちゃんと言うべきだった。あれこれ理由をつけて囲い込むような真似をした癖に、肝心の言葉を言っていなかった」

「オリヴァー様?」

「好きだ」


 アデリナは固まった。オリヴァーの口から放たれた言葉を咄嗟に理解できなかったのだ。微動だにしないアデリナを、オリヴァーは覗き込む。


「アデリナ、聞いているか?」


 至近距離に見えるオリヴァーに気づいて、アデリナははっと気づいて仰け反る。


「はい、聞いているのですが、少し耳がおかしくなったようです。オリヴァー様が好きだなんて、言うわけがありませんから」


 自嘲するようなアデリナに、オリヴァーは眉を顰めた。


「何で言うわけがないと思うんだ。俺は確かにそう言ったぞ」

「……嘘です。だって、オリヴァー様にとって私は手のかかる子どもでしょう? 恋愛対象にはならないって……」


 オリヴァーはバツの悪そうな顔になる。


「確かにあの時は子どもだと思っていたんだがな……君の中身を知って、本当に子どもだったのは誰だったのか、気づかされたよ。いつまでも終わったことに囚われて、前に進めなかった俺の方こそ、成長するべきだったのだと思う。それを教えてくれた君と、これからも共に成長していきたいんだ。もう一度言うよ。アデリナ、君が好きだ。俺と結婚して欲しい」


 アデリナの視界が滲んで、オリヴァーの顔がはっきりと見えなくなる。それでもオリヴァーの温かな声音が、これが現実だと教えてくれる。嗚咽を堪えるように、アデリナは両手を口に当てて何度も頷く。


「……っ、はい、はいっ……!」


 そんなアデリナをオリヴァーが包み込むように抱きしめる。そしてアデリナの頭上からオリヴァーのほっとしたような溜息が降ってくる。


「よかった。断られたらどうしようかと思っていたんだよ」

「……断るわけ、ないです。私も、オリヴァー様が、好きです、大好きです……!」


 アデリナもぎゅっと力を込めてオリヴァーにしがみつく。そんなアデリナの髪を、オリヴァーは優しく撫でていた。

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