告白……からの

 朝早く出勤したアデリナは、クラリッサがまだ出勤していないのを確認し、オリヴァーのところへ行く。告白するためだ。


 帰りではなく仕事前にしたのには理由がある。後回しにすればするほど気持ちが挫けてしまいそうだったし、告白した後も働く気は変わらないとオリヴァーに示したかったからだ。


 どうせ今は振られているようなものだ。いや、意識すらされていないのだからそれ以前とも言える。


 それなら答えがどうであれ、アデリナは昨日ほど傷つかない。そう考えたのだ。


 ずんずんと勢いよく店の奥へと進み、作業の準備をしていたオリヴァーの前に立ち、深呼吸をしてオリヴァーを見据える。


「オリヴァー様、大事なお話があります!」

「あ、ああ、なんだ?」


 オリヴァーはアデリナに鬼気迫るものを感じ、腰が引けている。だが、アデリナは気づかない。ぐいぐいとオリヴァーの方へ詰め寄り、オリヴァーは後退りする。


 オリヴァーはアデリナの様子にばかり気を取られていて顔が赤いことには気づかない。クラリッサならばきっとこれが告白だと気づきそうだが、生憎オリヴァーには通じなかった。


「それで、何の話だ?」


 アデリナの勢いに飲まれながらもオリヴァーは先を促す。アデリナはごくりと生唾を飲み込む。好き、と言いたいのに、言葉がなかなか出てこない。以前は簡単に言えたのに今回言えないのは、そこに込められた思いが深い故だろう。


「あの……私、オリヴァー様のことが……」


 そこでまた言葉が途切れる。真っ直ぐにアデリナを見返してくるオリヴァーの表情が、その言葉を口にした後にどう変わってしまうのかが怖い。思わず俯くと、オリヴァーがアデリナの頭を撫でる。


「言いづらいなら、無理に言わなくてもいい。あまりにも思い詰めたような顔をしているからどうしたのかと思うだろう?」


 アデリナが顔を上げると、オリヴァーは優しい表情でアデリナを見ていた。その顔を見てアデリナはつくづく思う。


「やっぱり好きだわ……」

「え?」


 溢れた言葉には蓋ができないのに、慌てたアデリナは自分の口を両手で押さえる。そんなアデリナにオリヴァーは吹き出した。


「慌てなくてもわかってる。俺は雇用主だし、兄のような感じなんだろう? 前にも言ってくれたじゃないか」


 確かにあの時は自分の気持ちがはっきりわかっていなかったから、そんなことを言った。だけど、今は違うとはっきり言える。アデリナは否定するように首を振る。


「違います。私はオリヴァー様を一人の男性として好きなんです」

「アデリナ……」


 オリヴァーはそれほど驚かなかった。もしかしたらオリヴァーは気づいていたのかもしれない。アデリナ本人が自覚していなかっただけで、周りには筒抜けだったのだと思うと、なんとも言えない気持ちになる。


 オリヴァーは逡巡する様子を見せた後、口を開いた。


「……アデリナくらいの年頃の女性が、年上の男性に憧れることは珍しいことじゃない。それに、アデリナはまだ社交界デビューを果たしていないから狭い世界しか知らない。だから、たまたまそばにいた俺を好きだと思っただけなんじゃないか?」


 オリヴァーの言葉ももっともだ。アデリナは世間知らずで、新しい世界を見せてくれたオリヴァーについていきたいと思った。それがきっかけであることは否めない。だが──。


「……オリヴァー様の仰ることも当たっています。きっかけはそうでした。ですが、私はこうしてオリヴァー様の傍で学んで、オリヴァー様を知りました。オリヴァー様の優しさ、仕事への取り組み方、誠実さ、何よりも私の話すことを子どもの戯言だと馬鹿にせずに聞いてくださいました。それがどれだけ嬉しかったかわかりますか? 私はそんなオリヴァー様が好きなんです。他の人では駄目なんです。オリヴァー様だけが好きなんです……!」


 興奮のあまり、アデリナは饒舌になっていた。それでもオリヴァーが何も言わないので、アデリナは更に言葉を重ねる。


「信じていただけないのなら、信じていただけるまで、あなたが好きだと言い続けます。私はあなたが好きなんです!」

「わ、わかったから。アデリナ、もうわかった!」


 止めないと延々と『好きだ』と言い続けそうなアデリナを、オリヴァーは慌てて止める。そして表情を引き締めると、オリヴァーはアデリナに謝る。


「だが、悪い。君の気持ちには」

「待ってください!」


 オリヴァーの言葉を遮ってアデリナは止める。わかっていたとはいえ、それ以上は聞きたくなかった。そこでアデリナは考えていたことを告げる。


「そのお返事は私が成人するまで待っていただけませんか? 私はまだ子どもで、オリヴァー様に女性として見ていただけないことはわかっています。これから私はあなたの隣に立っても恥ずかしくないように努力します。成人して、それでもあなたが、やっぱり私を好きだと思えなければ諦めますから。それまではあなたを好きでいてもいいですか……?」

「アデリナ……どうしてそこまで。アデリナが思うほど、俺は立派な人間じゃないのに」

「そんなことはありません。オリヴァー様は優しいですし、何より仕事をしている時がすごく格好いいんです。クラリッサさんもそうですが、布が形を変えていって服に変わる時の感動を間近で見せてもらって、本当に職人さんってすごいなって思いました。その服が出来上がった後のお客さんの喜んだ顔と、そんなお客さんの反応で嬉しそうなオリヴァー様を見るのが私は好きなんです」


 ニコニコと笑うアデリナに、オリヴァーの顔が赤くなる。


「なんだか恥ずかしいが、ありがとう。職人として褒めてもらえるのが一番嬉しい」

「いえ。本当のことですから」


 アデリナの言葉に嘘はない。外見で判断して申し訳ないとすら思う。オリヴァーの腕は本物だ。例え失恋したとしても、これからもオリヴァーに仕立てをお願いしたいと思っているのだ。


 言いたいことを言えたアデリナからは、鬼気迫る表情は消えていた。これでまた前へ進める。


「聞いていただいて、ありがとうございます。ですが、仕事は仕事。今まで通りお願いします。それで、今日は何をすればいいですか?」


 急に切り替わったアデリナに戸惑いながらもオリヴァーは答える。


「あ、ああ。それなら店の周りの掃除をしてきてもらえるかな? 今日は午前中に来客があるんだ」

「はい、わかりました!」


 元気よく返事したアデリナは、箒とちりとりを持って外へ向かう。


 男爵令嬢のアデリナは、ここに来るまで掃除をすることがなかった。使用人の仕事を取ってはいけないので、手伝うことさえ許されなかった。こんな経験ができるのも、仕事をしているおかげだ。そう考えると、それも楽しくて仕方がない。


「本当に変わった令嬢だ」


 アデリナの後ろから、そんなオリヴァーの声が聞こえた。顔は見えないが、どことなく温かい響きを感じて、アデリナは外へ向かいながら小さく笑った。


 ◇


「おはよう。今日は早いのね」


 掃除をしていると、出勤してきたクラリッサに声をかけられた。アデリナは笑顔で挨拶を返す。


「あ、おはようございます。そうなんです。早起きしたので早めに来ちゃいました」

「ふーん……何か良いことあった?」


 突然クラリッサはそんなことを言う。良いことと言われてもアデリナにはピンとくることがなかった。強いて言えば仕事が楽しいことだろうか。


「そうですね。仕事が楽しいです!」

「なーんだ、そっちか。てっきりオリヴァーと何かあったのかと思ったんだけど」


 クラリッサに言われてアデリナは目を剥く。


「え、な、何でですか?」

「別に? 女の勘かしら?」

「へえー。女の勘ってすごいんですね」


 アデリナが感心すると、クラリッサの目が光る。


「なるほど。やっぱりオリヴァーと何かあったと」

「はっ! まさか、クラリッサさん、カマをかけました?」

「ふふふ。引っかかる方が悪いのよ」


 悪びれることなくクラリッサは笑う。その後、アデリナとオリヴァーはクラリッサに一日追及されるのだった。

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