にら

第1話

 吐き出されるように降車して、見上げた空には月が見え隠れしていた。それまで降っていた雨はぴたりと止んでおり、僕は右手に70センチ!風に強い!というラベルの貼られたビニール傘をぶら下げて足を踏み出す。コンビニの前、道路の隅に、折れて本来の目的を果たせなくなった用済みの傘が、置かれていた。というよりは捨てられていた、の方が正しいか。よくあるビニール傘ではなく、青みがかったチェック柄の傘。おそらく男性用であろうそれは、閉じられもせず、無惨な姿を晒してひっくり返っていた。中には先程まで降っていたであろう雨水が溜まっている。目が離せず、吸い込まれる様に近づいて傘の前で立ち尽くす。


 惹かれてしまった。道端に捨てられた傘を見て、なんだか仲間意識のようなものが湧いてしまったのだ。どこからか湧き出る自身への憎悪から誰の興味も引かない、目にすら入らないような隅に身を置く。それでも、もしかしたら僕に価値を見出してくれる人が居るかもしれない。そんな希望を捨てられず、愚かだと分かっていても、それでも、1人では動けないまま来るはずのない誰かの助けを待つ。見覚えのある感情。でもその傘、よく見てみるとそこまでボロボロという訳ではなく、骨が1本折れているだけであったので十分に畳めそうだった。僕は傘の柄の部分を下に引き、中に溜まっていた水を全て零して傘を閉じる。余裕。普通の傘と大差ないくらいスムーズに傘を閉じることが出来たので、元持ち主は惜しいことをしたと思う。傘に付いている紐(調べたところネームという名前らしい)を留め、壊れているのが嘘のような見た目にまでなった。


 すごい。僕も、繕えばこの傘のように、普通に見えるのかもしれない。傘に自分を重ねた人間は、分かっていても期待することを辞められない。見えない希望を自ら創り出し、それに縋る、上手いことを考えたもんだ。これで僕は傘を2本持ちしているかなり用心深い人間に進化。そのまま何事も無かったかのように歩みを再開し、程なくして自宅のマンションに到着。ゴミ捨て場に傘を捨てた。どこからか来る罪悪感には目を瞑って。

 とんでもない偽善を働いたが、この一連の行動は、全て僕のエゴが原動力となっていた。傘に自分を重ね、傘を救うことで自分も救われるかもしれないと、そう思いたかっただけだったのだ。







 さて、ここで僕は自分を重ねた対象を自らゴミにしてしまったことに気が付いてしまう。嘲笑する他なかった。ああ、僕は、僕は、?>?\@☆&\→→#>#

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にら @dmw_147

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