マインラートの親心

 その後、事件の顛末てんまつを聞いた。


 フィリーネ様が持っていた手紙は、レーネ様の娘が嫁いだ後に一度だけマインラートへ送ったものを偽造したものだったらしい。


 使用人の一人が手紙を写したと白状していた。ちょっとした小遣い稼ぎのつもりでフィリーネ様に協力したそうだ。


 だけど、そのツケは大きかった。雇い主の秘密を漏らしたことや、フィリーネ様の共犯になったことで、彼女は職を追われる上に、二度と他家でも働けないような処遇になってしまった。


 最後までそんなつもりではなかったと泣いて訴えていたけれど、彼女がしたことはシュトラウスだけでなく、クラルヴァインにまで累が及んだ。それにまた同じことをしかねないとマインラートは判断した。


 一方で、クラルヴァイン家はカイとフィリーネ様を持て余していたそうだ。贅沢で派手好きなフィリーネ様を娶ったカイは、家のお金を使い込んでまで彼女に尽くしていた。


 ただ、フィリーネ様はカイの財力では満足していないようだった。そこでわたくしに目をつけた。


 何故わたくしだったのかというと、知り合った当時、シュトラウスは落ち目だったとはいえ、わたくしは子爵夫人という立場におさまって、後継を産んだ。そんな時にマインラートが家や家族のためにと身売りを受け入れたことで、当主自ら努力しているのに、妻であるわたくしは何もしていない、その上わたくしの実家は動かないのにマインラートに捨てられないのはおかしいと思うようになったそうだ。


 フィリーネ様は家のために犠牲になったのに、子どもができないというだけで一方的に離縁を突きつけられた過去があった。


 そのせいで彼女は少しずつ鬱屈した怒りを抱えていたのだろう。


 グヴィナー卿に離縁されたことで、怒りの矛先がそうして妬んでいたわたくしに向いた。それで時間をかけてわたくしの、引いてはシュトラウスの弱みを探っていたそうだ。お金も奪える上に、わたくしを苦しめることができるからと。


 彼女もまた、家の犠牲になった被害者なのかもしれない。そう言うと、マインラートに人が良すぎると呆れられたのだけど。


 結局二人はクラルヴァインから勘当され、裁かれることになったそうだ。二人が行なったのはわたくしに対する暴行未遂、恐喝だけなので、命に関わるような罪にはならないだろう。だけど、これまで貴族として享楽に耽って生きてきた二人が、今度は平民として地道に働きながら生きていくと考えると、そちらの方が彼らにとっては重い罰に思える。


 そして、気になっていたレーネ様の娘からの手紙はその一通だけだった。彼女はクライスラーの娘でいたいからとマインラートとの繋がりを絶った。レーネ様もそれを望んでいるそうだ。きっと彼女はクライスラー家で幸せに暮らしているのだろう。それがわかってわたくしも彼女に対する申し訳なさは薄らいだ。


 ◇


「コンラートに当主を譲るよ」


 宿での一件から数日後、二人でベッドに入ると唐突にマインラートが言う。


 体を重ねてからは同じベッドで眠るようになった。それも一つの変化だった。それまで何故マインラートが別のベッドで寝ていたかというと、マインラートもまだ働き盛りで、体力もそういった欲もあり、同じベッドで寝ているとそういう気分になるから離れていたと本人に言われてしまった。


 手を出してもよかったのにと言うと、愛しているから簡単にはできないとわかって欲しかったことや、これまでのことを反省しているからしてはいけないと禁じていたそうだ。


 これも話してみないとわからなかった。だけど、お互いにもう我慢することはない。したくなったらどちらからともなく雪崩れ込む。年齢的に落ち着いてもよさそうだけど、本当に愛する人との触れ合いは特別なのか、ついついそうなってしまうのだった。


 そんなことは置いておいて。確かに以前から交代するとは言っていたけれど、何故このタイミングなのか。


「何故今なのです? まだ早いのではないですか?」


 まだウィルフリードも小さいし、当主と父親という二つの肩書きを背負って、コンラートが潰れないかと心配だった。そんなわたくしにマインラートは言う。


「……今だからだ。まだあいつには私たちがいる。当主という肩書きを背負ったからといって全てを背負う必要はないだろう。あいつには私のようにはなって欲しくないんだ」

「マインラート?」


 沈んだ声のマインラートにいぶかって起き上がり、彼の顔を覗き込む。


「君に話したことはなかったが、私の両親は馬車の事故で二人とも同時に亡くなってね。それで私は当主の器ではないのに子爵領を引き継がなければならなかった。両親が亡くなった途端に親戚たちがお前には任せられないからと押し寄せてきて、この家の資産価値があるものを持ち出そうとしたんだ。両親が大切に守ってきたものを土足で踏みにじられた気がしたよ」

「そう……」


 初めて聞くマインラートの過去に耳を傾ける。両親を突然失うだけでも辛いことなのに、当主になるという重責、周りからの重圧、大切な物を蹂躙される悔しさ、当時のマインラートにとってそれがどれほどのものだったのか。想像して胸が締め付けられる。


「私は両親が好きだったよ。後継だからではなく、子どもとして私を愛してくれていたと思う。だからこの家を守りたかった。二人と過ごした思い出も含めて。それが二人にできる親孝行だと思ったから」

「……あなたのご両親は素敵な方々だったのでしょうね。あなたがそこまで思い入れるのですから」

「だが、私は間違えた。力がないからとフィリーネと関係を持ち、その結果彼女は君にずっと嫌がらせをし続けた。それも君を追い詰める結果になった。そしてそれがコンラートにも影響を与えた。家のために家族を犠牲にして、それで本当に両親が喜ぶのだろうかと思うよ。二人はいつも人を大切にしていた。領地に暮らす領民を、そして家族を。大切なのは器ではなく、その中身なんだ」

「マインラート……」


 マインラートは悔いるように顔を顰める。それが今にも泣きそうに見えて堪らなくなったわたくしは、マインラートの頭を撫でる。マインラートは目を細めて笑う。


「気を遣わなくてもいいんだ。だから今のうちにコンラートにもそれを知って欲しい。当主になることで守るべきものが何なのか。私がいなくなった後だと、そんなことも考える余裕がなくなるだろう。それに、支えがあるうちに引き継ぐことであいつも仕事一辺倒ではなく、家族に目を向けることもできるようになると思うんだ」

「……ええ、そうですね。そういうことなら賛成です」


 神妙にわたくしが頷くと、マインラートはわたくしを抱き寄せる。


「それに、君にはこれまで我慢させた分だけ、一緒にいろいろしたいと思っているんだ。私たちはこれからだからな。そうなったら君はまず何がしたい?」

「え? 突然ですね。わたくしは特に思いつかないのですが……」


 何がしたいと聞かれても、全く思いつかない。そもそも二人でできることと言われても、と思ったところで顔が熱くなった。


 閨事しか思いつかないなんてどうかしている。毎晩のようにやっているのに、まだ足りないみたいだ。


 マインラートは不思議そうにわたくしの顔を覗き込んでくる。


「どうして赤くなるんだ? 二人でしたいことで赤くなる……なるほど」


 納得したマインラートはニヤリと笑い、体を入れ替えると上から見下ろす。


「気づかずにすまなかった。我慢させていたんだな。君の体のことを思って程々にしていたんだが、そういうことなら遠慮はしないよ」

「いえ、程々でいいです」


 引き攣り笑いで断ると、マインラートは首を振る。


「いやいや。私も君と同じで二人でたくさんしたいと思っていたよ」


 そう言うなりマインラートはわたくしの首筋に顔を埋め、それを始まりに、これまでになく激しく愛された。


 翌日、自室で介護されていると、心配したコンラートが乗り込んできて、いたたまれない気持ちになるのだった。

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