家族

「アイリーン、大丈夫か?」

「大丈夫です……と言いたいところですが、腰が少し……」


 盛り上がったせいか一人で歩くのは辛くて、わたくしはマインラートに支えられて馬車に乗り込んだ。もちろん隣同士に座った。


 宿に来たのは昼過ぎだったのに、今はもう夕食の時間を過ぎている。きっとコンラートやユーリも心配しているだろう。


「だから泊まって行こうと言ったのに」


 マインラートは苦笑するけれど、それには頷けない。


 恥ずかしいのだ。

 二人揃って外泊なんてしたら何事かと勘ぐられそうで。


 以前は全てがどうでもよくなっていて、コンラートにそういった行為を匂わせるようなこともしていた。それがどれだけあの子を傷つけていたかもわからずに。


 今回は実の父親であるマインラートだから傷つくことはないだろうけれど、両親がそういうことをしていたと知られるのはいたたまれない。


「あの子たちには知られたくありません。帰ったらいつも通りにしてくださいね」

「別に気にすることはないだろう。コンラートだってそうやって産まれたんだし」

「そういう問題ではありません」


 飄々とするマインラートをきっと睨む。だけど、マインラートは笑いを堪えて口に手を当てる。


「何ですか?」

「いや、こういう時は強気になるのかと思って。余程嫌なんだな」

「当たり前でしょう。わたくしはそうやってコンラートを傷つけてきたのですから。もうあの時のような過ちは繰り返したくありません……」


 苦い過去を思い出して目を伏せる。マインラートはそんなわたくしの腰を抱き寄せた。


「……もう繰り返さないだろう。私も君も。間違えそうになったらお互いが注意し合おう」

「ええ……」


 しんみりとした空気になりかけたところで馬車はシュトラウス邸に到着した。


 座っていて少しは楽になったかと思ったけれど、変わらず歩き方がぎこちない。マインラートが腰に手を回して支えてくれる。


 玄関ホールに入ると、使用人たちが一斉に出迎えてくれた。その後ろからコンラートが早歩きでこちらへやってくる。


「父上、母上、どこへ行っていたんですか! こんなに遅くまで。連絡を入れてくださらないと心配するでしょう! 特に母上は病み上がりなんですから……」


 ぶつぶつと文句を言うコンラートの後ろで、ウィルフリードを抱いたユーリが苦笑している。


 マインラートが呆れたように言う。


「お前、もしかしてここで待っていたのか? 先に食べていてもよかったのに」

「帰ったらお二人がいないから心配したんです。執事に聞いても、心配ありませんの一点張りで」


 執事を見ると、彼は頷いた。わたくしとマインラートが出かけた理由は言わなかったらしい。きっとマインラートが口止めしたのだろう。


 よかった。知ればコンラートが気に病む。それに、時間の大半はマインラートと睦みあっていたとは口が避けても言えない。


 だけど、わたくしの腰に手を回しているマインラートに気づいたコンラートは突っ込む。


「母上? どうして父上に支えられているのですか? もしかしてお加減が……」

「い、いえ。大丈夫。大したことはないのよ」


 しどろもどろで答えるわたくしにマインラートは吹き出す。


「マインラート!」


 思わずわたくしがマインラートを怒鳴ると、コンラートがきょとんとする。


「母上、どうかなさったのですか? 急に父上の名前を呼んで」

「いえ、何でもないのよ」


 きっとマインラートを睨み付けるとマインラートはとうとう声を上げて笑い出す。


「父上、どうなさったのですか?」


 わけがわからずコンラートは首を傾げている。そこで笑いをおさめたマインラートがしみじみと言う。


「いや、何でもない。それにしてもお前たちはそっくりだな。アイリーンも出かけていても、コンラート、コンラートだったからな。心配性なところは母親譲りらしい」

「僕がですか? 僕はどちらかというと父上に似ていると言われますが」

「外見はな。中身はアイリーンだよ」

「そうでしょうか?」


 わたくしにもわからず首を傾げると、コンラートも同じように首を傾げていた。それを見たユーリまでもが笑う。


「本当にそっくり。コンラートもお二人が帰ってくるまで、落ち着かなかったんですよ。何かあったんじゃないか、迎えに行った方がいいんじゃないかとか。ですが、そっちの方がお二人が困るかもしれないから大人しく待ちましょうと言って、せめてもの妥協点で玄関で待つことにしたんです」

「ありがとう、ユーリ。コンラートを止めてくれて」


 宿に乗り込まれていたら、目も当てられなかった。しみじみとお礼を言うと、コンラートとユーリは顔を見合わせ、マインラートは再び笑う。


 少しずつ家族らしくなっていく光景に目を細めつつ、幸せなひと時を思い出して、一人でこっそりと思い出し笑いをするのだった。

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