閑話.望んだものは1(マインラート視点)

 領地にいた私に、コンラートから手紙が届いた。アイリーンが倒れて目を覚ましたものの何の反応も示さないという。


 詳しい説明がないので状況を把握することはできなかったが、何かただならないことが起こったことは理解できた。


 ──嫌な予感がする。


 私はすぐに王都のシュトラウス邸へ向かった。そこで目にしたのは、虚ろな表情で佇むアイリーンの姿だった。


 一体、何故。焦ってコンラートを問い詰めると、私のせいだと怒ったコンラートは掴みかかってきた。


「私が一体何をしたというんだ」


 私がアイリーンに何をしたというのか。考えてもわからなかった。それくらいアイリーンとは向き合ってこなかった。


 すると、コンラートはニーナ・クライスラー男爵令嬢の名前を出した。彼女が私とレーネの間にできた子どもで、そのことをアイリーンに話したそうだ。


 私はニーナが自分の子どもだということを最近になって知った。コンラートがクライスラー男爵家と関わるようになったことで、コンラートが何を考えているのかを知るために調べたからだ。


 だが、コンラートが何故クライスラー男爵家を守るために動いていたのかがわからなかった。わからないなら何を考えているのかと一言聞けば済む話だっただろう。だが、私は間違えた。向き合おうとせず、コンラートの動向を探るだけで動かなかった。向き合い方がわからなかったからだ。


「……そうか」

「それだけですか? ユーリの話では母上はあなたの浮気に心を痛めて、ご自分も愛人を作ってそれを逃げ場にしていたようです。あなたによく似た私を見るのも辛いくらいに追い詰められて」

「それは違う。彼女は政略結婚だと初めから割り切っていた。だから自由にすればいいとお互いに取り決めたはず」


 アイリーンと初夜でも話したはずだ。彼女の考えは変わらなかった。だからこそ、私はわかり合うことを諦めたのだ。それが彼女の望みならと思って。


 すると、コンラートは私に問う。


「……それで父上はどうするおつもりですか? 子爵夫人として義務を果たせない母上を離縁しますか?」

「なっ……! そんなことをするはずがないだろう! お前は一体私を何だと思っているんだ!」

「子爵家当主でしょう? 責任のためには使えないものは切り捨てる。私も母上も、クライスラー男爵夫人、ニーナだってあなたの手駒に過ぎない。利用するだけして簡単に捨てるのが、あなたという人だと思っていますよ」


 コンラートの言葉に私は絶句するしかなかった。これまでわかり合うことを放棄してきたことのツケなのだろうか。実の息子の言葉に胸を抉られる。コンラートは私を睥睨し、話を続ける。


「どうしてクライスラー男爵夫妻が私にニーナのことを打ち明けたと思いますか? あなたに大切な娘を奪われたくなかったことと、奪われて都合のいい政略の道具にされることが忍びなかったからですよ。生まれた時点で勝手に責任を負わされ、縁談も制限つき。それでも男爵家の娘として生きることを、ニーナ本人が選んだ。それもこれもあなたの無責任な行動のせいでしょう!?」


 ──ああ、そうだ。全ては私の身勝手な行動が招いたことだ。


 両親の急死でいきなりシュトラウスの当主になったものの、頼りない私では駄目だと子爵家当主の座を狙う親戚たちに心が休まる日はなかった。彼らは私がいない時に勝手に屋敷に入り込み、両親との思い出の品を物色し、金目の物を奪っていこうとさえした。


 そんなことをさせないためにも、家を守らなければならなかった。アイリーンとはそのために結婚したようなものだ。


 だが、アイリーンが何を考えているのかわからないし、領地は荒れる一方。私はどうしても両親が守ってきたものを守りたかった。


 アイリーンが私との約束を守ってくれていることをいいことに、一層仕事に没頭した。そうしなければならなかったからだ。


 アイリーンがどう思っているのかを知ることが怖かった。子爵とは名ばかりの貧乏貴族に嫁がされたと腹を立てているのではないか、子爵家当主のくせに男娼まがいのことをしている私を軽蔑しているのではないか。


 淡々とした表情の彼女にいつも責められているようで、まともに顔を見ることができなくなっていた。そんな自分が情けなかった。


 いっそ没落した方が楽なのかもしれない。そんな考えが頭を過るようになった。全てを投げ出して逃げてしまいたいとも思った。


 そんな時にレーネに出会った。素直に感情を表し、私を心配してくれる彼女に惹かれていった。それでも、私には葛藤があった。共にシュトラウスのために頑張ろうと約束してくれたアイリーンと、産まれたばかりのコンラート。二人を見捨ててレーネと一緒になることはどうしてもできなかった。そんな中途半端なことをした結果、多くの人を苦しめてしまった。


 私は当主としてだけでなく、夫としても父としても失格だ。そんな私にできることは一つしかないだろう。


「私は隠居するよ」

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