突きつけられる過去

 そしてコンラートは一連の出来事について話し始めた。


 クライスラー男爵は何故か娘であるニーナ嬢の相談をするためにコンラートに商談という名目で呼び出したらしい。


 そして、コンラートはわたくしに、クライスラー男爵夫人であるレーネ様の実家であるハーバー準男爵について確認する。


 その瞬間、わたくしの意識はあの頃に戻ったような気がした。準男爵の元にマインラートが通い始め、レーネ様と関係を持ったと聞いて、何も言えずに黙って耐えていた日々。当時の悔しさまで蘇って、動かなくなっていた感情が揺さぶられる。


 レーネ様は、妻子がいるのをわかっていて、マインラートを好きになった。それも仕方ないのかもしれない。好きになってはいけないと言われて止まれるようなものでもないことを、わたくしも知っている。


 そして、結果的に二人は関係を持ってしまった。そこにどういう経緯があったのかも、当時のマインラートの気持ちもわからない。


 だけど、コンラートは誤解している。マインラートが遊び慣れていて、貴族としての常識を知らないレーネ様に付け入ったと思っているようだけれど、そうではない。


 マインラートはグヴィナー伯爵夫人と関係を持つことを嫌がっていたけれど、他に誰も助けてくれなかったからその道を選ぶしかなかった。そんな時だったからこそ、マインラートは寄り添ってくれるレーネ様に惹かれたのかもしれない。わたくしにはできなかったから──。


 実父であるマインラートを軽蔑しているコンラートを見ることが辛かった。家族関係を修復しようとしなかったわたくしのせいなのか。


 更にコンラートはわたくしを責める。そんなマインラートを止めなかったわたくしにも問題があると言いたいのだ。


 未婚の貴族女性は醜聞が広がった時点で傷物になったと見なされて縁談がこなくなる。生まれてきた子どもが本当に当主の子どもなのかと疑われるためだ。家は血統によって続いていくから、そこに異分子を混ぜるわけにはいかない。


 それをレーネ様が知らなかったとは思わなかった。わたくしは承知の上で関係を持ったのだと思っていたのだ。


 黙って目を伏せるわたくしにコンラートは声を荒げる。


「わかっていたならどうして! 夫人は父上と別れて初めて事の重大さに気づき、自分が家族の迷惑になってしまうと思って、自殺を考えるまでに追い詰められたんですよ? それが恩人の娘にすることですか!」


 わたくしはそんなこと考えていなかった。あの頃はグヴィナー伯爵夫人からの嫌がらせや、コンラートのこと、家のことで頭がいっぱいだった。


 自殺を考えるまで思いつめられていたとは思わず、自分が何もしなかったことに罪悪感を覚えた。血の気が引くとはこういうことなのかもしれない。


 そんなわたくしに構わずコンラートは話を続ける。そして出てきた言葉にわたくしは戦慄した。


「ニーナは父上とクライスラー男爵夫人との間にできた娘。私の異母妹ですよ」


 嘘だと思いたかった。彼女がマインラートと関係を持っていても、わたくしにはマインラートの子どもを産んだという自信があった。だから耐えられたのだ。


 認めたくない一心で、わたくしはコンラートに言う。


「……そんなわけはないわ。それだと産み月が合わないもの。あの方がクライスラー男爵と結婚して、十月十日で生まれたはず」


 あの頃、急に結婚したのはレーネ様がクライスラー男爵と既成事実を作ったからだという噂があった。だからクライスラー男爵の子だ。そう言って欲しかった。


 だけど現実は無情だった。


「そういうことにしたんですよ。月足らずで生まれたら怪しまれると思って。クライスラー男爵が夫人を助けるために婚約と結婚を急いで、体調が安定するなり男爵領へ篭って秘密裏に産んだそうです。関わった人も最小限にして誕生日を偽ってまで隠し通したそうですよ。どれだけ大変だったかわかるでしょう?」


 コンラートはあらかじめ聞かれることがわかっていたのか、淀みなく答える。それがより信憑性を高めていた。


「わたくしは……てっきり結婚が決まったからあの人と別れたのだと……」

「反対ですよ。子どもの存在を隠すためにクライスラー男爵との結婚を急いだんです」


 もう言葉が出てこなかった。それが紛れも無い事実だとわかったから。今度はユーリがコンラートに疑問をぶつけた。


「それでも、コンラートに相談した理由が見えないわ。だってあなたは子爵家の人間なのよ。おかしいでしょう?」

「僕が子爵家の人間だよ。もしニーナが父上の娘だとわかっても、奪わないように父上や母上を説得して欲しいこと、ニーナの縁談で他の貴族たちの脅迫材料を作りたくないことを、敢えて僕に相談したんだ。だってそうだろう? もし、ニーナの結婚相手がニーナの生い立ちを知って男爵家よりも子爵家と縁を結びたくなったら、父上を脅すなり、逆に協力するかもしれない。だから僕が信用できるかどうか前もって調べていたそうで、謝られてしまったよ。非はこちらにあるのにね」


 何故わたくしが彼女から子どもを奪わなければならないのか。わたくしがそんな人間だと思われていること、それを実の息子に糾弾されなければならない虚しさ。凍りついていた心が、少しずつひび割れていくような気がしていた。


 それからはユーリとコンラートで話が進んでいく。話の内容はこうだ。


 実父がマインラートだと知っている貴族からの脅迫で、クライスラー男爵夫妻は自分たちだけではニーナ嬢を守りきれないことを悟った。


 だけど、それをマインラートには相談できなかった。


 実父はマインラートだから、マインラートがニーナ嬢を娘だと認めればニーナ嬢は嫌でもシュトラウスの者になる。だけど、それをクライスラー男爵夫妻は望んでいなかった。


 可愛い我が子を奪われること、その子をシュトラウスの政略の道具にされたくない一心だったのだろう。


 だけど、今のシュトラウス家は子爵家の中でも勢いがあり、格下のクライスラー男爵家では太刀打ちできない。だからコンラートの人となりを見極めた上で相談したのだ。シュトラウスの醜聞を防ぐことにも繋がるからと。


 コンラートは全てを調べてそれが事実だとわかり、夫妻に協力することにした。


 そこでニーナ嬢を男爵家の娘として嫁がせることで、言葉は悪いけれどニーナ嬢の権利をクライスラー男爵から結婚相手に移そうと考えた。女性は結婚するまで父親の庇護下にいて、結婚後は配偶者もしくは当主預かりとなるからだ。


 そうなればクライスラー男爵家と婚家との政略になるので、例え実父であるマインラートが口を出そうとしても簡単には口出しできない。


 だけど、そのためにはニーナ嬢の結婚相手にふるいをかける必要があった。シュトラウスの方が魅力的だからと、結婚後にニーナ嬢をシュトラウスに売るような相手ではダメだ。


 それを見極める時間稼ぎのために、コンラートはわざとニーナ嬢との噂を放置した。事実無根でニーナ嬢は純潔なのだから、噂が立っても初夜で純潔が証明できると考えたのだろう。


 だけど、結婚後も絶対に大丈夫だという保証はない。そのために、名門ロクスフォード伯爵家の娘であるユーリとの結婚を急いだ。そしてロクスフォードの権威を取り戻すために尽力した。クライスラー男爵家の後ろ盾になってもらうためだ。シュトラウスよりも家格が上だから、マインラートやわたくしからも守れる。コンラートはそう考えたのだ。


 そこまで聞き終えて、わたくしは表情を取り繕うので必死だった。


 腹違いの妹を実母であるわたくしから守りたいなんて、わたくしはいつからコンラートの敵になったのだろうか。

 わたくしはこんな結果を望んでいたわけではない。これまでやってきたことが無駄だったような虚しさに支配される。


 そしてコンラートは言った。


「君に言えないことは本当に辛かった。だけど、血の繋がったの家族であるニーナを守りたかったんだ」

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