第12話 相性診断

「ねえ、面白そうなのがあるよ。」


 葉月がこぢんまりとした建物の入り口にある看板を指さして言った。そこには「恋人同士にはご注意!究極の相性診断はいかが?」と掲げられていた。


「私たち、恋人同士じゃないから大丈夫だよね。」


 葉月に言われて雪は、まあ、そうだよなと少し残念に思いつつ答えた。


「じゃあ、試してみようか。」


 入り口から入ると小部屋があり、自動的に受付されて次の扉が現れた。それぞれの名が記された次の扉に別々に入って行くと真っ暗な部屋の中にディスプレイが置かれていて、質問項目が表示されていた。表示されている質問が音声で読み上げられ、それに答えていくというものだ。多くの人とかかわるのが好きか一人でいる方が好きかとか、休日には遠くへ出かけたいか家で過ごしたいかといった質問に答えていく。タッチパネルのイエスやノー、一~五番までの番号を押していくのに飽きてきた頃、シチュエーションテストを始めます、とアナウンスがあったと思えば明るい屋外の情景が三百六十度に映し出され、目がくらんだ。目が明るさに慣れてきたら周囲の状況が分かった。長い坂道の途中で坂の一番上も下も遠くに見える場所だった。


「ああっ、止めて!」


 叫び声のあとからベビーカーが坂を猛スピードで下ってきたのが見えた。雪は赤ちゃんが乗っているのかと思い、これは大変だとベビーカーの進行方向を塞ぐように移動しその進行を止めようと試みたが止めることができず、ベビーカーの勢いに負けて後ろにのけぞってしまった。これはまずいことになったのでは、と慌てた瞬間、尻餅をついたのは坂ではなくクッションの効いた平らなマットの上だった。ほっと胸をなでおろし立ち上がると次のシチュエーションテストが始まるようで、また情景が切り替わっていった。

 いくつかのシチュエーションテストを体験した後、最初のディスプレイが置かれただけの部屋に戻ってきた。ディスプレイには「診断中」との文字が書かれていたがすぐに「結果判定・・・あなたがなりたいのは・・・」と表示され、部屋が明るくなったと思うと一人のボーイスカウト風の格好をした人物が目の前に現れた。


 僕は少年に戻りたいのかな、と一瞬思ったが少年の顔は診断テストの前まで行動を共にしていた人物にそっくりだ。髪型と服装が違うので別人かと思ったが葉月ではないか。


「優しそうなおねえさん?えっ、雪なの!?」


 雪は葉月と思われる人物の言葉に戸惑い、自分の服装を見てみると女性もののブラウスの袖やスカートが見えた。


「!?」


 雪は言葉を失いどうしたものかと周囲を見回してみると、部屋の片隅に大きな姿見と思われる鏡があるのを見つけたのでそちらに向かい自分の容姿を確認してみた。そこには薄化粧を施された一人の女性が立っていた。しかし、雪は自分の動きと全く同じ動きをするので間違いなく、雪自身の姿が映し出されているのだと理解できた。隣には少年の格好をした葉月が同じように戸惑った表情で立っており、二人とも状況が呑み込めないままでいるところ、流れてきたアナウンスを聞くことになった。


「葉月さん、あなたは優しいおねえさんが欲しかったのですね。雪さんは弟が欲しかったのではありませんか?葉月さん、あなたは異性になるならターコイズブルーの似合う少年がぴったりです。雪さんは異性になるなら薄化粧の似合うおねえさんがぴったりです。お二人は互いが互いを求めあうベストカップルです。お二人の将来を祝福いたします。なお、服装や髪型などは保存されていますので当遊園地にご来場されましたら何時でも今の格好になれますし、そのまま園内を散策することもできます。いかがいたしますか?」


 先ほどのタッチパネルに「今の格好のまま園内に出る/元の格好に戻る」と選択肢が現れたので、今の格好が恥ずかしくなった二人は「元の格好に戻る」を選択して相性診断の建物を出ることにした。異性へのコスプレを体験した二人は共に、自分にこんな願望があったのかな、と自問自答し互いを意識するようになった。今まで友達感覚だったのがベストカップルなどと言われると、たとえプログラムされたコンピュータのセリフだとしても若い二人はその言葉に影響を受けることになったのだった。


 気恥ずかしさを振り払うように葉月は言った。


「今日はいろんな体験ができたね。面白かったでしょ。来て良かったね。」


 雪も緊張しながら相槌を打つ。


「うん。今日はログアウトがもうすぐだから終わりだけど、こんな遊園地なら毎週遊びに来てもいいね。」


 その後しばらく二人とも何をしゃべろうか迷いつつ沈黙したまま、園の出口に向かって歩いた。雪はここ最近気になっていたことを話題にして切り出すことで、沈黙から抜け出すことにした。


「鮎里さんの件だけど、放っておくのも良くないし、真白博士に難しいって相談に行きたいんだけど。」


「ママに?じゃあ、いつが都合いいか聞いてみるね。あとでまた連絡する。」


 園を出る前にお土産のショップを通る造りになっており、二人は記念にと色違いのキーホルダーをペアで買うことにした。買った品は仮想世界だけのものかと思ったら、現実世界のコンビニに設置が進んでいる、3Dプリンターで実体化できるそうだ。現実世界のSNSに実体化の案内やパスコードを送れるとのことだったので二人とも申し込みし、現実世界でも携帯しようということになった。

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