第11話 南鳥島

 雪は葉月との待ち合わせの時刻に合わせて大学の保健棟へ赴き、「テラ」へログインすると、前回ログアウトした地点である大学のヴァーチャル図書館に戻る事になった。待ち合わせの時間まで少しあったので雪は東京まで新幹線に乗ってみようと思い立ち、最寄りのターミナル駅へ移動した。駅までバスを使っても良かったが、バスは現実世界でも時々利用するため新鮮味がないので、瞬間移動して行程を省略する事にした。現実世界の雪の住む地域には新幹線はまだ出来ていないが、「テラ」では既に開通していて、乗り換え無しで東京まで行けるようになっている。駅の改札を通って東京行きの客車に乗り込むと、乗車時間はどうするか問い合わせのメッセージが開いたので5分くらいでいいか、と適当に返答をすると発車の案内が車内に流れ、間も無く出発する事になった。車窓から見える景色が飛んでいくように流れていくのを眺めているとあっという間に5分が過ぎて東京駅に到着し下車を促すアナウンスが流れてきたので、雪はちょっと設定が短かったかなと思いつつ、ホームへと降り立った。雪は現実世界でも東京へはあまり来たことが無いので、ここから羽田まで電車などではどう行けばいいか分からない。地元の駅に来た時と同じように羽田までは瞬間移動する事にして、東京駅の改札口を抜けるのだった。


 改札口を抜けると右手をさっとかざしてメニューを出し、羽田空港を検索した。国内線ターミナルを選んで移動し、周りを見渡すと葉月が先に着いていて手を振ってきたので、「やあ」と手を振り返し合流した。


 「これからジェット機に乗るよ。ワクワクするね。」


 葉月はそういいながら南鳥島行きの便の搭乗口に向かっていったので、雪もそれに続き青と白でカラーリングされた航空機に乗り込んだ。新幹線も同じなのだが、実際に機体があって空を飛ぶ、というわけではないので一時間おきにしか出発しないというわけではなく乗客が少なくても高頻度の運行で目的地まで送り届けてくれる。雪たちが乗り込んだ便も乗客はまばらでかなり余裕があった。客席に座って窓の外を眺めているとほとんど待ち時間無しで動き出し、滑走路の端までゆっくりと移動したのち、離陸に向けて加速を始めた。ふわっと浮くような感覚を感じたと思ったら既に海の上を飛んでいた。葉月は二人の搭乗時間を十分に設定したようだ。上空に達して水平移動に移行したと思ったらまもなく、下降を開始し始めた。


 前方のモニターに目的地が映し始められると、ひときわ高いタワーが目に飛び込んできて、葉月が解説を始めた。


 「南鳥タワーだよ。高さが三千三百三十三メートルもあって南鳥ニューシティのシンボルタワーなの。隣の島にある丸いのが観覧車。小さく見えるけど三百三十三メートルあるよ。」


 南鳥タワーは中央にある、南鳥島本島と同じくらいの大きさに見えた。本島には滑走路のほかにはわずかな建物しか建っておらず、現実のものとあまり変わらない。タワーのある島は6つある人工島の第一島目で、桜区と命名されている。遊園地は第二島の桔梗区に設置されていて、タワーのある桜区の隣である。雪と葉月は空港に降り立った後、モノレールで第二島の桔梗区へ向かった。モノレールの中で葉月が提案した。


「飛行機から見たから、上から見るのはいいよね。ジェットコースター乗ろう。」


 葉月はタワーの展望台に登ったり観覧車に乗ったりした事がある。展望台の高さには感嘆したし、見える景色は空から海と雲を見下ろすようなもので新鮮だった。何も考えずぼんやりと雲を眺めるのもいいものだったので雪を誘おうかとも考えたが、雪は一日に何度もログインできないのでただのんびりとするだけなのは時間がもったいない気がしたのだ。遊園地の入場ゲートはそこから既に多重化されているらしく、人込みも長蛇の列も見当たらず、スムーズに入場すると二人はまっすぐにジェットコースター「天空」の搭乗口に向かった。搭乗口も並んでいる人は少なく、すぐに乗れそうだ。


「待っている間のドキドキ感とか無くていきなり乗れちゃうんだね」


 雪が言うと葉月が答えた。


「待つだけで二時間、三時間のリアルの遊園地よりいいよ。リアルだと一日かけても何個かしか乗れないんだもの。」


 葉月もリアルの遊園地にも行ったことはあるらしく、その混雑ぶりを察するに、大都市近郊の遊園地のことを言っているようだ。夢の国とも称されるその遊園地はヴァーチャルな遊園地が開園してからも人気は衰えず、日本中、世界中の人から今も愛されている。地方にある遊園地が相次いで閉園に追い込まれるなか、拡張工事を何度も施され盛況となっている数少ないリアルの施設だ。


 「天空」の列に並んでいると間もなく順番がやってきてジェットコースターに乗り込むと、雪は期待と不安で複雑な心境になった。ゆっくりと前進を始め、やがて斜め前方へ登っていく。頂上に達したあと歓喜と悲鳴が交錯する時間となった。何度か下降と上昇、左右への旋回を繰り返した後、「天空」はリアルのジェットコースターではありえない動きを見せた。リアルでは最初に登った地点より高い位置へコースターは行かないものだが、最高地点を超えたと思われる位置よりさらに上昇を続けているのだ。ゆっくりと回転しながら上昇の速度を上げ、周りの景色が空だけになっても上昇を続けてやっとコースターが水平になった時には地球の輪郭が見える地点に到達していた。まるで宇宙遊泳しているかのような感覚をしばし味わった後コースターは下降に転じ、今度は猛スピードで地上へと向かって行った。地面にぶつかるかと思ったころ視界が真っ暗になり速度を落として水平方向へと進路を変え、やがて気が付くと最初にコースターに乗り込んだ位置に戻っていた。コースターを降りた後、葉月は雪に感想を聞いた。


「どう?仮想世界のジェットコースターは一味違うでしょ。」


「すごい体験だよ、リアルではありえない。ジェットコースターで宇宙に行けるとは思わなかった。」


 興奮冷めやらぬ口調で雪は答えた。


「他のも凄いよ。どんどん行こう!」


 雪は葉月に連れられて次々にアトラクションを体験したがどれもリアルの遊園地とは違ったもので、次第に仮想世界の遊園地に引き込まれていった。回転木馬は本当の馬に乗っているかのような乗り心地だったし、回転するカップは水平方向だけでなく垂直方向にも回転する絶叫マシンと化していた。また、ボートに乗り込むアトラクションでは本物の急流を下るような体験ができた。どれも安全は保障されているものだったが、本当に体験しているのと変わらないようなリアルさがあり、乗った後つまらなかったと思えるようなものはひとつも無かった。

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