第8話 アルチストオンライン

 雪は午前中にある講義を受けた後、学食で昼食を取り、いつものように保健棟へ向かった。携帯端末にインストールした、テラメールへ葉月からメールが入っていた。今日はアルチストオンラインをしようという誘いのメールだった。葉月とは仮想世界だけで会って連絡を取っていたのだが、現実世界の端末にメールが届くと幻ではなくて現実のことなのだなと実感が湧いてきた。「テラ」にログインしているときの出来事も現実世界の出来事と全く変わらずに感じ取ることができるのだが、「テラ」へのログイン時間がまだ短い雪にとってはまだ、どこか夢を見ているような錯覚を覚えていたのだった。


 葉月からのメールでは、はじまりの街の大神殿前で待っているとのことだったので、雪はすぐにアルチストオンラインの世界へ向かうことにした。雪は「テラ」の世界にまだ自分の部屋を持っていないので、「テラ」へログインすると通常は前回ログアウトしたところへ戻るようになる。鮎里の家の近くに復帰したあと、メニューを操作してアルチストオンラインのアプリを立ち上げると、ゲームの入り口にあたる小部屋に入ることになった。そこでゲームの環境設定などを変更したりできるのだが、雪は前回の設定のままゲーム開始のボタンを押してゲーム世界にログインした。


 瞬間移動のエフェクトに似た演出を体感した後、雪は別世界に降り立った。「テラ」に居た時とは服装も持っている荷物も違っている。こちらの世界では街や城の外では危害を加えてくるモンスターが居たりするので雪は軽装とはいえ布製の服の上に簡単な防具をまとっているし、武器も携帯している。アルチストオンラインでは職業によって身につけるスキルが変わっていくのではなく、目指す職業に必要なスキルを選択して習得していくというシステムが採用されている。雪はまだ駆け出しなので大したスキルは持っていないが、アバターを作成するときのボーナスで初級の魔法を習得したので、簡単な魔法なら使うことができる。中学時代からの友人の千尋は最初、剣技を習得したそうだ。その後魔法のスキルも覚えたらしいがごく初歩的なもののみで、その後は地図作成など冒険に必要なスキルを磨いていったらしい。人によれば街の外にはあまり出歩かず、街の市場で材料を買って、様々なものを作り出す職人になったり、街から街へ商品を売り歩く商人的なプレイをしたり遊び方の幅は広い。自由度の高さが人気の理由で、特に職人のスキルの多様さが特徴的だ。武器職人や薬剤師は需要が多いので人気の職業であり、職人スキルと同時に魔法付与のスキルを得ることで、魔法の効力を持った武器や薬を作り出すこともできる。ほかに洋服を作ったり家具を作ったり、工芸品やアクセサリーを作るスキルも実装されている。絵を描こうと思えば現実世界以上に多様な画材が存在し様々な技法を駆使して絵画を生み出すことが可能だ。音楽についても多種多様な楽器が実装されていて、オーケストラを編成することもできるといった凝りようである。こういうわけでアルチストオンラインでは職人や芸術家を目指す人の割合が多いのだ。雪もそういったスキルに関心を持っているが、今は街の外へ出て冒険し、モンスターと戦って生計を立てようと思っているので、後回しになっている。千尋が攻撃魔法や支援魔法を使えるパートナーが欲しいと言っているのも大きな理由のひとつだ。千尋は冒険に必要なスキルのほかにも職人のスキルを磨いていて、材料を集めるのに腐心している。街の市場で普通に売られている材料での作成なら少しの元手で出来るが出来上がったものも市場で売る分には高値はつきにくい。市場で材料を仕入れ、出来上がったものも市場で売却することでもスキルアップすることは出来るが、あまり大きなお金にはならないそうだ。市場では売っていない材料を集めるには大金を積んで買取りの募集をかけるか、自分で取りに冒険へ出かける必要がある。前者の方法だと出来上がったアイテムの原価も高額なものとなるため売れたとしてもあまり利益は出ない。後者の方法だと、希少な材料は一人ではなかなか採りに行けないようなモンスターの巣窟の奥にあったりするので、千尋は難儀しているのだ。援護してくれるパートナーが居れば冒険に行ける範囲もぐっと広がり、材料も揃えやすくなる。希少な材料を元にアイテムを作成すると職人スキルもさらに上がっていき、より高度なアイテムを作成できるようになっていく。職人としてレベルアップしていくのだ。現実世界で職人を目指している千尋は、ゲームの世界での職人スキルを磨くのも怠らない。

千尋の要請で魔法の習得を優先させたが、魔法だけだと一人になると生き延びるのが難しくなると言う失敗を踏まえて、雪は初歩的な剣技を習得し短剣を持ち歩くことにした。前回、葉月とAOで出会った時より荷物は増えている。それでも軽装な雪だが、葉月はさらに軽装だ。なにしろ、体そのものが防具であり武器である。普通にキャラクターメイクをするのでは選択できないアバターで、人間化はしているもののホワイトドラゴンなのだ。攻撃を受けたところは淡く光を放ち皮膚の表面は硬い鱗で覆われているのがわかる。簡単にはダメージを受けないため、盾や鎧は基本的に装備せず素肌で攻撃を受け止め、身軽さを生かして多数回の攻撃を仕掛ける、というスタイルだ。多数の敵に囲まれても圧倒的な手数で殲滅していくため、雪は後ろで見ているだけ、という場面も多かった。


 二人は今、月に一度のボスキャラ討伐キャンペーンの会場へと向かっている。途中で出没するモンスターを退治しながらの移動だ。


「参加費無料で成功者はもれなくお肉がもらえるんだよ。食べきれないくらいの。」


 と葉月は言うが実は普段からボスキャラを討伐すればレアアイテムが手に入るもので、毎日、誰かが肉を手に入れているはずだ。ただ、ボスキャラにはクールタイムというものがあって、討伐後次に現れるのは数十分から数時間後なので、アイテムを手に入れようと趣いても討伐後で何も居ない、という確率が実に高いものである。


「討伐キャンペーンで、炎のミノタウロスのクールタイムも一分だから、並んだら確実に挑戦できるよ。がんばって、牛肉、ゲットしよう~。」


 どうやら食べ盛りの食欲を満たすために、誘われたようだった。


「一人で倒した方が、実入りが多いんじゃないのかな」


 雪は今までの戦闘で葉月は一人でも大丈夫だと確認していたのでつい、そんなことを言ってみたのだが、一人では無理な理由があったらしい。


「炎のミノタウロスだけど、HP滅茶苦茶多くて、しかも一定時間ごとに大回復するんだよ。私の攻撃だけでは倒しきれないの。後ろから魔法で攻撃して欲しいんだ。あっと、炎の矢は駄目だよ、火属性の攻撃はほとんど効かないからね。」


 HPとは体力のことで、HPが0になることは死を意味する。モンスターだけでなく雪たちをはじめとするプレイヤー自身にも設定されていて、HPが0にならないようにプレイするものだ。ただ、ここはゲームの世界なのでHPが0になって死んでしまっても、プレイヤーは経験値の減少というペナルティはあるものの大神殿で復活できるし、モンスターは一定のクールタイムを挟んで再登場する。


 魔法だとわかりやすいのだが、攻撃には属性が乗っていることがある。おおまかには火属性、水属性、地属性、風属性だ。モンスター側にも属性があり、火属性を持っている炎のミノタウロスには火属性の炎の矢は効き目が薄いが水属性を持つ氷の矢なら効果的にダメージを与えられる。冷気の嵐とかもっと高度な水属性魔法を使えたらいいのだが、雪はまだ各属性の魔法の矢を覚えたところである。他に回復魔法や前衛の攻撃力や防御力を底上げする支援魔法も覚えないといけないので、純粋に攻撃魔法だけを覚えていけるような環境の魔法使いとは魔法の習得具合が違ってくる。単独、または少人数で行動する者は、ある程度の規模のパーティを組んでいて専門職的に特化したスキル構成を取れる者と違っていろいろな種類のスキルを取らないといけないため、高度なスキルの取得が遅れがちになってしまうのだ。雪は千尋と二人でパーティを組むことを前提に支援魔法なども含めたスキル習得を考えていたのだが、葉月と組むなら専門職的に攻撃魔法のスキルを取るのを優先しても良い気がしてきたところだ。ただ現状は炎のミノタウロスに有効な攻撃魔法は氷の矢だけなので、これで後方支援することになるだろう。

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