第7話 デザイナー
そこは閑静な住宅街風の街並みの中だった。見回すと比較的大きな家が立ち並んでいて、一軒当たりの敷地はかなり広いようだった。目の前にはしっかりとした門構えの建物があり、入り口の周辺には色とりどりの花が咲いている。門の前に微笑みながら立っている人物が居た。
「初めまして、真白葉月です。」
「こんにちは、花咲雪といいます。」
「いらっしゃいませ、池場鮎里です。中へどうぞ。」
門から玄関まで煉瓦づくりの小道がひかれていて、両側には薔薇の花が咲き誇っていた。現実世界ならかなりの豪邸といったところだ。「テラ」では空間的な広さは価格に連動しないので、どこへ行ってもゆったりとした作りの場所が多い。価格は置かれている物のデータ量に比例する。情報の複雑さによってデータ量が増えるとデータを保存する占有領域が増えて、その分価格が上がっていくことになる。今入ろうとしている建物の周りには様々な造形物や花が置かれていてデータ量が多そうだ。現実世界の同様のものと同じく、お金や手間をかけているのが感じ取れた。
案内された応接間はアンティークな古時計や高級そうな応接セット、豪奢な照明器具などが設置されていて、一目で住人の生活レベルが感じ取れるものだった。この家はベーシックインカムだけではとても維持できる気がしなかった。
「真白博士のお嬢さんね。お会いできて光栄です。」
「こちらこそ突然なのに、ありがとうございます。」
「ちょうど、家の模様替えをしているところだったの。花咲さんも、待たせてごめんなさいね。」
「いえいえ、ほんの少しでしたよ。それにしても凄い家ですね。」
「豪華に見えるけど、それほどたいしたものではないのよ。「テラ」ではなんでも実現できちゃうもの。」
「僕は「テラ」の経験もまだ浅いし、自分の部屋もこっちには持っていないです。」
「なんでも好きなことをすればいいわ。「テラ」ほど、自由なところは無いわよ。」
「私はやりたいことを探しているところなの。いろいろ活動している人って凄いと思います。」
「ちょっとした真似事からでも始めてみたら面白くなることもあるの。いろいろ試してみるといいと思うわ。」
なかなかにフランクな人柄で話が弾んだ。誰かに恨まれたりするような人ではなさそうだ。雪は恨みを持った人に陥れられているという可能性も考えてはいたが、外れている気がした。
「そろそろ、本題に入りますね。鮎里さんのデザインしたカップ、コピー品が出回っているのはご存知ですか?」
「私にも、連絡はありました。心当たりは無いかってね。でも私には、分らないわ。」
鮎里は先ほどとは打って変わって曇った表情をし、迷ったような言葉の選び方をしながらゆっくりと答えた。
「私は困ったりしていないから、そのことはもういいのよ。他の話をしましょう。」
楽しく談笑できたものの、コピー品については何も手掛かりは得られなかった。もう時間だからと、鮎里の家を後にした二人は今後どうしようかと途方に暮れることになった。
「分らなくなっちゃったね。」
「また今度だね。次はAOでもしようよ。」
「了解。じゃあ、またね。」
雪はログアウトすると、いつものように大学の保健棟のベッドで目覚めることになる。今日は図書館には寄らずに帰ることにした。先日借りた本をまだ最後まで読んでいなかった。いつもならログアウトの催促のサインを見ながら仮想の図書館に向かうが今日はすぐにログアウトしたのだ。それに仮想世界から予約をしなくても、現実世界の図書館で直接借りることもできるので、今日はそれでも良いかなとも思っていた。仮想世界の図書館ほど便利な検索は出来ないが、現実世界の図書館でも蔵書検索は出来るし、たくさん並んだ実体のある現実の本に触れると、新たな発見があるかも知れない。雪にとっては仮想世界の図書館だけでなく、現実世界の図書館も好みの場所なのだった。
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