第4話

 

 まず、冴子の携帯に非通知でかけたが、何度かけても話し中。つまり、非通知拒否の設定にしていた。次に固定電話にかけたが、出なかった。留守か、手が離せないのか、故意に出ないのか……。公衆電話から携帯に電話するという手もあるが、近所にないので、明日試してみよう。


 時間をずらして固定電話に電話したが、やはり出なかった。もし、留守が本当なら、この時間に居ないということは水商売という可能性もある。結局、明日の午後に電話することにした。



 そして、その時が来た。午後1時ジャスト、固定電話にかけた。――2回の呼び出し音で出た。


「はい」


「……」


「もしもし?」


「……」


「どなた?」


「……」


「もしもし、どなたですか?」


「! ……」


 黙っていると、電話が切れた。


 間違いなかった。マスクをしてないからか若く聞こえたが、特徴のあるアクセントとイントネーションは間違いなくXだった。つまり、Xは大城冴子であることが証明された。早速、切手のない脅迫状を冴子の郵便受けに投函した。



 ――果たして、記した日時に、オオシロサエコの名義で100万円が振り込まれていた。この瞬間ときの高揚感と達成感をどのように表現しようか。言葉では上手に言い表せないが、「絵に描いた餅を食べてみたらめちゃくちゃ美味しくて、その上、棚からぼた餅がわんさかわんさか落ちてきた」って感じかな。うむ……、ちょっと違うけど、それに近い感じ。


 こんな大胆なことをしていながら、脅迫状を投函してから、ATMで残高を確認するまでの間、神経が高ぶって眠れなかった。サイレンの音におびえ、警官が踏み込んでくるのではないかとハラハラした。


 美智からのメールに返信する気にもなれず、廊下の靴音やひそひそ話にもビクビクして、執行の時を待つ死刑囚のように戦々恐々せんせんきょうきょうとしていた。


 その金からまず、家賃、光熱費、電話料金を差し引き、残りは食費や日用品などの生活費に充てようと思った。使い果たしたらまた、冴子の負担にならない程度に、5万とか10万とか頂けばいい。


 懐をポカポカにした私は、久しぶりに美智と呑むことにした。いつもの店で待ってる旨のメールをすると、身支度を始めた。何を着ようかと迷っているその時だった。ノックが聞こえた。それが隣なのか、向かいなのか、判断に迷う木造アパート。耳をそばだてていると、またノックが聞こえた。今度は確実に叩かれたドアが分かった。


 ……まさか。


 そして、そのまさかは的中した。恐る恐るドアを開けると、炯眼けいがんを向けた男が、私の名字を言った。この時一瞬、泣いている父の顔が浮かび、三面記事の自分の顔写真と、【恐喝の容疑で逮捕!!】の活字が鮮明に見えた。――



「はい、電話しました。募集で」


「で、誰が居たんだね?」


 50半ばだろうか、取り調べをしている目の前の刑事は、たらこ唇をしていた。


「髪の長い、サングラスとマスクをした女の人です」


「何歳ぐらいの?」


「……30前後の」


 私は嘘をついた。別の女に目を向けさせるために、冴子の年齢を若く偽った。金の湧く泉をれさせたくなかった。冴子が逮捕されたら、金が入らなくなる。


「うむ……。で、どんな仕事を言われたの?」


 刑事は鼻息を吐くと、腕組みをした。


「茶封筒を4通渡されて、宛名の人に直接届けるようにと」


「で、届けたの?」


「いえ、宛先の住所は存在しませんでした。書き間違えたのかと思い、確認するために電話をしましたが、電話に出なくて。仕方なく、帰宅しました」


「被害者の家に戻ろうとは思わなかったの?」


「……電話に出なかったので留守だと思い、いつ帰るか分からないのに行っても無駄足になると思って」


「それからは?」


「……5時過ぎにまた電話しました。そしたら、男の人が出て、今、それどころじゃないと電話を切られました」


 私はこの時、椎名に会いに行ったことを話すべきか迷った。だが、もし、椎名が私と会ったことを刑事に伏せていたとしたら、辻褄が合わなくて、逆に椎名が疑われてしまう。そうなると、椎名は問い詰められて、結果、冴子に行き着いてしまう可能性がある。余計なことは言うまいと思った。


 私は最初、恐喝がバレて刑事が来たのかと思ったが、そうではなかった。椎名の固定電話の着信履歴で、私に漕ぎ着いたまでで、単なる参考人だった。余計なことを喋らなくてよかったと、胸を撫で下ろした。



 帰された私はホッとした。が、マナーモードに設定した携帯には、美智からの絶交を匂わすメールが2件と、烈火のごとく怒った伝言メモが3件あった。そう。キャンセルの返信もできぬままに警察に連れて行かれたのだった。まさか、警察で取り調べられていたとは言えない。


 結局、突然の腹痛で動けなかったと、仮病のメールをした。――間もなく、絶交を取り消す内容のメールと、心配そうに声を和らげた美智からの電話が来た。私はいかにも具合悪そうに小さな声で、「ごめんね」を連発した。すると、美智は姉のように、母のように、「おかゆを食べてゆっくり休みなさい。無理しちゃ駄目よ」と、看病する時の、あのお馴染みの言葉を言ってくれた。……ありがとう。



 これで、私の生活も安泰かと、気を緩めていると、突然、雷鳴が轟いた。――冴子が逮捕されたのだ。それも、私の証言によって。冴子の年齢は31歳だった。マスクをしたこもった声は10歳も老けて聞こえていたのだ。冴子を逮捕させないために、故意に年齢を若く言った私の嘘が、逆に冴子を挙げる結果になってしまった。



 テレビに映ったショートカットの冴子は、キリッとした顔立ちの、クールな印象を受ける美人だった。

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