VOL.4

『華蔵寺という寺をご存じか?』

 吉良のおっさん・・・・また間違えた・・・・もとい、左近氏は書状をふし拝み、懐にしまって重々しい口調で述べた。

『いや、知りません』

『拙者の家、三州吉良家の菩提寺じゃ。拙者を是非そこに連れて行って頂きたい』

 三州というのは、愛知県の三河地方の地名の事だというのは、何となく察しがついた。

 でも『吉良』という地名については本当に良く解らん。

『少しお待ちください』

 俺はポケットを探り、先日買ったばかりのスマートフォンを取り出した。

 デジタル全盛の世の中にすっかり乗り遅れた俺も、少しは世の中の事を知っておこうと、手に入れたこいつが役に立つとは思わなかった。


 吉良・・・・現在は西尾市という・・・・は、確かに愛知県の三河にある町の名前で、そこには確かに臨済宗の華蔵寺という寺があり、華蔵寺は吉良家代々の墓所であることも分かった。


『その書付を届けて、後はどうなさいますか?』

 左近氏は、暫く腕組みをし、何事か考え込んでいた。

『分からぬ』

『自分がどうやってここに来たのかも分らぬのだから、どうやって元の世界に戻れるかも分からぬのも道理・・・・しかし、やるだけのことはやっておきたい。』

 

 俺はここで少し迷った。

 しかし、史実は伝えておかなければならない。

『貴方はこの先のご自分の運命をご存じですか?』

『うむ、殺されるのだろう。』

 左近氏は自然な口調で答えた。

『拙者が赤穂の浪人に命をとられるという事なのだろう?おおよその見当はついておる』

『それでも戻られるおつもりですか?』

『拙者は生まれてこの方、刀など抜いたことはない。無論武芸も全く習ったことはない。それでも武士の端くれである。だとすればこの先、たとえどのような運命さだめが待っていようと、潔く彼らに討たれるのも、また武士であると思う。』

 見栄や体裁で言っている言葉でないのは、俺にも理解が出来た。

『分かりました』

 俺は答え、マスミの方を見る。

『済まないが、東京駅のチケットセンターに電話して、名古屋までの新幹線を予約してほしい』

 俺はそう言ってから、窓に近づき、カーテンをめくって通りを見下ろした。

 案の定だ。

 如何にも、

『俺達は怪しい人物でござい』と全身で表現しているような二人組の男が、胡散臭げにこちらの窓を見上げていた。

 俺は懐のホルスターからM1917を抜く。

 弾倉レンコンを振り出し、弾丸を確かめる。

 予備も確認した。

 虫の知らせというのはこういう時の事を言うんだろうな。

 最初にマスミから連絡があった時に、何となく予感がしたんだ。


 マスミが受話器を置き、俺に言う。

『チケットが取れたわ、3人分。出発は明日の朝9時30分、下り大阪行きの”ひかり”よ』

『おいおい、まさか君も行くつもりなのか?』

『そうよ、いけない?こう見えても私が依頼人なんですからね。物事を全部見届ける権利があるわ』

『危険な目に遭うかもしれないぜ』

『覚悟の上よ。私だってこう見えて、先祖は侍なのよ』

『でも店の方はどうするね。』

『大丈夫よ。お店は今改装中なの。3日間はお休みってわけよ』

 マスミは胸を張ってみせた。

 やれやれ、とんだキャバ嬢だ。まあ仕方がない。

『それじゃ、もう一つ頼まれてくれ。帽子と・・・ニット帽がいいな、男物のジャケットにサングラス、それからズボンにセーターを調達してきてくれ。このままじゃ目立ってかなわん』



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