【二人の高校生活の幕開け・そろそろ主導権を握りたい俺と主導権を渡したくない早苗】



 俺が『好き』ではなく『大好き』に拘るのにはちゃんとした理由がある。


 そう思うようになったのは小学6年生の年明けの日だった。今思い出せばバカバカ過ぎて恥ずかしい気持ちでいっぱいになりそこに壁があればヘッドロックをして記憶を飛ばしたい過去でもある。だがそんな事を言ってもそうゆう記憶程忘れられなくて、いつまで経っても頭の中にハッキリと残っているものである。


 そうそれは。

 年越しを同じベッドの上で過ごしておはようのキスで起こされた日でもある。その日は朝から雪が降り続いたせいで、外の気温が最高温度三℃でとても寒かった。


 生まれて初めて好きな女の子と一緒のお布団の上で寝る、これはモテない男子にはかなり刺激が強くハードルが高かった。しかも相手は初恋の相手で可愛いとくればそれはもう興奮しないわけがないというか。


 夜中だと言うのにテンションが上がり、寝なくていけない時間になっても目の前にある早苗の寝顔をずっと見ていたり、意味もなく頬っぺたを指先でツンツンと突いてみたりとバカなことをしていたら部屋が徐々に明るくなっており、気が付いたら夜が明けていたというベタな展開になってしまった。


 ようやくエネルギーが切れた俺は夢の世界に旅立ったのだが、それから三時間ほどすると早苗が起きて、おはようのキスをしてくれたのだ。




 頬を真っ赤に染めて唇と唇を上からピッタリとくっつけるようにして。そのまま数秒? 数十秒? が経過した時、口で息が出来ない事から生(せい)を得る為に目覚めることとなってしまった。




 慌てて酸素を鼻と口から取り入れると、ここで身体が重たいことに気が付いた。


 俺の身体の上には掛け布団ではなく早苗の身体があり、その上に掛け布団があったのだ。



「おはよう」


「う、うん。おはよう」



 半強制的に寝不足でありながら、嬉しい気持ち半分とまだ寝たい気持ち半分で目覚める事となった。そこに不快感は一切なかった。

 今日は寒いなと思っていると布団の中でモゾモゾと動いて俺の隣に来て今度は頬っぺたにキスをしてくれた。



「あぁ~顔真っ赤になった~。そんなに私の事好きなんだ~」


「そ、それは……」


「照れて可愛いね。でもそんな照れた達也が大好きだよ!」



 目を大きくして笑みを向けてそんな事を言われたら朝からドキドキしてしまう。

 顔を動かしてキスしたいなと思い唇を見つめていると「私はもう満足したよ」と言ってヒョイと上半身を起き上がらせて逃げた。


 その為、俺からのアタックは不発で消化不良となってしまった。

 だが不覚にもこれがまた可愛いと思ってしまったせいで怒る気にもなれなかった。


 悔しい……。


 掛け布団をめくって起き上がる早苗に続く形で、服の袖で目をゴシゴシしながら一緒に起きて、一緒に面台に行き、顔を洗って、歯を磨いて、寝ぐせを直してもらった。

 ふらふらする俺の身体を支えながら寝癖を直してくれる早苗。

 たまたま通りかかった母親と早苗の両親はそれを見て微笑みながら言った。


「あらあら、早苗がお姉ちゃんしてるわね」


「あらホント」


「あはは、達也君は朝が苦手なんだな」


「達也良かったじゃない。将来は早苗ちゃんみたいに気遣いができる女の子と結婚できるといいわね」


「ふふっ。仲が良くて結構。なら二人共全部終わったらリビングに来なさい。おせち用意待ってるからね」


「はーい!」


 寝ぼけている俺はコクりと頷き、早苗は元気よく返事をした。


 これは夜一人興奮して寝むれなかった哀れな男が全て悪いのだろうが、ここで一つ言っておきたい。


 なんで俺だけこんなにドキドキさせられて、貴重な睡眠時間を奪われたあげく、お世話されないといけないんだ! と。


 これでは完全に早苗のペースで物事が進行しているではないか。。。



「ちなみに知ってる、達也?」


「ん~なにを」


 髪の毛を櫛で溶いてもらっている分際ではあるが、俺は少し不機嫌な振りをして朝のお返しをしてみることにする。

 いやマジで先に言っておくとさ、



 マジで! 恋愛は好きになった方が負け! 


 だし、


 気持ちが大きくなり過ぎた方が圧倒的に不利だ! と。



「私が欲しいのは『好き』じゃなくて『大好き』だからそこ間違わないでね」


「ん……?」


 好きの上位互換が大好きだろ。

 こいつ朝から寝ぼけているのか、この時申し訳ないがそう思ってしまった。

 なので、ついこれは好機かと思い口が動いてしまった。


「はぁ~。とうとう頭のネジ緩んだんだな。お疲れ様」


 とかため息をついて口走ってしまった。

 主導権はそう簡単にわたさんぞ! と思っていると鏡の中の早苗が急に微笑み出したかと思いきや、右手を大きく上に上げてきた。


「ま、まて!」


 大きく目を見開いて一瞬で眠気がぶっ飛んだ俺は両手を前に突き出して鏡の中の早苗を止める。右手にはさっきまで俺の髪を溶いていた大きめの櫛がある。溶くといっても寝ぐせで変になったトサカ部分の髪を元に戻すだけだったが、それが今急降下を始めたのだ。


「いてぇえぇえぇええええええ!!!!!」


 俺の悲鳴が霧島家に響き渡った。

 頭部の天辺付近を両手で抑えて痛がる俺は正に男でありながら同い年の女の子にすら勝てない情けない男だと身をもって知った。


「いい! 英語で好きはlike、大好きはloveなの。でもねlikeはよく色々な事に使われやすくて言葉の重みがloveに比べると軽いの。本当の愛はloveなの! わかった、ネジが緩んだおバカさん」


「は、はい……わかりましたよ。おバカお姉さま」


 反撃の狼煙はマジであげるタイミングを考えろ俺。


 今となってはもう後の祭りだが。


 ほら見ろ。

 鏡の中の早苗を。

 こうなったら真剣白刃取りしかないな……目覚めろ、俺の武士の血!

 先祖が武士だと勝手に思い、身構え――ちょ、さっきと軌道が違う気が――。


「もう、大嫌い!」


 そう言ってもう一発今度は俺の背中に会心の一撃がはいった。

 知ってた。大嫌いって言う前に鏡の中の幼馴染がね……手を振り上げてたことぐらい。

 そして頭に防御が集中した俺の裏をかいてか今度は早苗が重心を低くしてテニスラケットを振り抜くようにしてスイングを始めたことぐらい。


「いてててぇぇぇぇぇぇぇええええええええ!!!!!!!!」


 さっきの倍は痛い、良い眠気覚ましがお見舞いされた。


「文句ある!?」


 ご立腹になられた幼馴染である霧島早苗。

 これ以上は俺の身体が身を持たないと白旗を上げる事にした。


「……ぁ、ありません」



 その後、俺の悲鳴を聞きつけた両親三人が走って助けに来てくれたが、誰一人として俺の味方はいなかった。


 それどころか最後は大笑いのネタにされてしまった。


 それから怒ったというよりも母さんたちに笑われた恥ずかしさから、全員に対して一切口を聞かなくなった俺に対して早苗が泣きながら謝ってきてくれた。


「早苗ちゃんは達也の事が好きだから、意地悪したくなったのよね?」


「……うん」


「だってよ。いい加減機嫌直しなさい。このまま早苗ちゃんと気まずくなるのは達也も嫌なら尚更」


 俺の母親はあくまで泣いて頷く早苗の味方だったが、このまま気まずい関係も嫌だったので一時間程度ですぐに仲直りすることとなった。


 ――そうか早苗は大好きと言って欲しいのか。


 しっかりと忘れないように、覚えておこう。


 ――なら俺もこれからは大好きって言われたいな。


 だって大好きってそれだけ本気ってことだろ?

 そう思うとニヤニヤが止まらなくなってしまった。

 だって昨日早苗がハッキリ『大好き』と言ってくれたんだからな!




 

※※※





 今日は入学式とあって、今まで三年間使ってすっかり年季が入りボロボロ寸前の学ランではなく、桜ヶ丘高等学校の新品でピカピカの黒い学ランに袖を通す。当然下も新品でピカピカと言う事もあり、なんか今日から高校生だなと思ってか朝から気分が高揚している。


 間違えた。……今日から高校生だ!!!


 ――ガチャ


 扉が開く音が聞こえたので試しに振り返ってみると、早苗が立っていた。


 臙脂(えんじ)色の襟と純白のブラウス、紺色のスカートの桜ヶ丘高等学校のセーラ服を身に着けた早苗は私服姿とは違って可愛いかった。


「…………ど、どうかな?」


 うぅ……両手をおへその下あたりでモジモジする仕草は反則だろう。俺に感想を求めているのか。さっき思い出したけど、いい加減に主導権を取り返したいところではある。

 なんと言われようと――俺だってな、たまには男として頼られたり、ドキッとさせてやりたかったり、意地悪して嫉妬して欲しかったりとな色々と思うことがあるんだ。


 さて……何て答えるが正解なんだ。


 嘘をつくのはよくないだろうし、かと言って正直に可愛い等を言ってしまえばそれこそ俺が早苗に対して好意があるみたいで恥ずかしいし……困ったな。


「……よく、似合ってるとおもう」


 俺は早苗から目をそらして、頬っぺたを指先でかきながら言った。


「うん、ありがとう。達也もよく似合ってるよ」


「ありがとう」


「今日からまた一緒に同じ学校で私嬉しい」


「そっかぁ」


「昔は付き合ってないのに手を繋いで登下校してたよね」


「……そう言えばそんな事もあったな」


「うん。達也が望むならお姉ちゃんまたしてあげてもいいよ?」


 頭の中で想像してしまった俺の顔が真っ赤になった。

 なんで高校生になってまで恋人でもなんでもないただの幼馴染と手を繋いで一緒に登校をしないといけないんだ。そんな事をしたら間違いなく周りから誤解しかされない。入学初日からそれはそれで面倒な事になりそうなのですぐに否定した。すると早苗が「なんで素直になってくれないのよ!」と言って怒ったので、俺は「周りの目を少しは気にしろ」と反論したがすぐに母親が部屋にやって来た為に俺と早苗が熱くなる前に終わらされた。


「二人共朝からうるさいわよ! 高校生になったんだから少しは落ち着きをもちなさい!」


「「はい……」」


 朝から二人仲良く横並びに立たされては謝罪することになった。


「反省しているならもういいわ。とりあえずそこに二人仲良く並んでちょうだい」


「なんで?」


「なんでって早苗ちゃんのご両親に写真送るからよ?」


「なら俺いらなくない?」


 俺は疑問に思った事をそのまま口にした。早苗のご両親に早苗の写真を送るのはなんとなくわかる。娘の高校デビューを近くでは見れないとは言え、せめて写真や動画でもいいから見たいという気持ちはすぐに理解した。


 こんな冴えない男と一緒に映った写真より、愛おしい娘だけが映っている写真の方が個人的には需要があるんじゃないかと思ったけど、射抜くような母親の視線に俺は思わず一歩後ろに踏み込んでしまった。


 ――文句あるの?


 こうゆう時の母親の言葉って聞かなくてもわかると言うか察しがつく。両親が離婚してからはずっと二人で住んでいるのだ。大抵の事は何も言わなくても通じ合うと言うかこれが俺と母親の親子の縁と言うかなんというか。


「やっぱり一緒に撮ろうかな……」


「それなら話しが早くて助かるわ。なら二人共並んで、並んで」


 母親の表情に笑みが戻ってくれて本当に良かった。早苗は隣で小首を傾げていたがすぐに「あぁ~」と言って理解してくれた。少なくとも過去六年間に限って早苗もまた母親の事を見て来たから俺と母さんのやり取りに察しがつくのだろう。


 俺は少し恥ずかしかったので部屋で突っ立ている早苗の隣に移動する。距離にして約五十センチぐらいの感覚を意識して立っていると、あろうことか早苗が俺の身体の方に半歩移動して肩と肩が触れ合うか触れ合わなかの距離まで近づいてきた。


「ヒュ~」


 母親は口笛を吹いてから、スマートフォンのカメラでパシャリと戸惑う俺と笑顔の早苗を写真に収めた。

 あれは反則……だってドキッとしてしまったから等と俺が心の中で思っていると早苗が母親から撮影したばかりの写真をLINE経由で送ってもらっていた。こうしてみると母親と早苗の方がよっぽど親子に見えるのはそれだけ早苗のコミュニケーション能力が高いと言う事だろう。こうしてみると、なんか本当のお姉ちゃんって感じがして妙な親近感が湧いた。



 それから三人仲良く、桜ヶ丘高校に行くこととなった。



 学校に着くと同時に校門の前で写真撮影、その近くにある白い大きなボードで自分のクラスの確認を終わらせていく。母さんはこの後行われる入学式の会場となっている体育館で俺と早苗は仲良く一年二組の教室にそれぞれ向かう。黒板で座席表確認して座る。


「隣だねー」


 嬉しそうに俺の隣の席になった早苗が言ってくる。


「そうだな」


 これは何かの悪戯なんじゃないかと思いながら、周りをチラッと見渡しながら素っ気ない返事をした。


「どうしたの」


「別になんでもないけど」


「緊張してる?」


「まぁ……少しは」


「あの頃と変わってないんだね。可愛い」


「う、うるさい」


 教室にはもう沢山の新入生がいたが、俺が中学の時に仲良かった人間は誰一人もいない。わかっていたが友達が少ないと進学に合わせてまた一から友達作りをしないといけないとなると正直面倒だった。

 友達と言っても困った時に助けて貰える程度でいいので個人的には関わりやすい三~五人程度でいい。あまり多いと友好関係を築いていくのが面倒だったりするからだ。俺はそれを中学校で学んだ。


 持っていたほぼ空の鞄を机の横にかけていると早苗がこちらをジッ―と見つめていた。


「早苗?」


「あっ、ごめん」


「どうしたの?」


「なんか嬉しいなって思って。またこうして同じ学校で同じクラスになれて。それも期間限定とは席替えまでは隣通しだったから」


 一体何を言っているんだ。

 同じ家に住んでいる以上毎日顔を見合わせる事になる。それでいて学校でも席が隣だと正直心臓に悪いと言えよう。ふつうに考えて常に好きな人が恋人や夫婦でもないのに近くにいる事とか普通は絶対にあり得ないのだ。それなのに早苗は……この状況を本当に喜んでいるように見える。俺の心臓は一体いつ落ち着けばいいんだろう。


 早苗は心がもう冷めていてあの時みたく俺の事を大好きではなくなった。ただ同居する以上と俺に気を遣って昔の関係に近づけてくれているのだろうか。急に不安になってきた俺は悟られないように話題を変える事にした。


「友達探しに行かないの?」


「う~ん、達也が友達じゃダメなの?」


 天然なのか。

 と一瞬思ったがどうやら杞憂に終わった。よく見れば目が笑っているではないか。

 言いたい事はなんとなくわかる。人に言う前に自分はどうなの? と言いたいのであろう。俺は小学生の時もどちらかと言うと受け身で話しかけられて仲良くなっていくタイプで話しかけてくれない人とは六年と言う長い時間が合っても一切話そうとすら思わない人間なのだ。知らない人に話しかけるってのは本当に勇気がいるし緊張するのだ。陰キャならではかもしれないが、陽キャには一生理解できないであろう境界線とも言えよう。


 俺が早苗に惹かれている理由の一つは友達の多さであり、コミュニケーション能力が高く誰とも仲良くなれることだ。恋愛ではよく言うだろう。自分が持っていない物、欲しい物を相手に求めると。ニュアンスは人それぞれ違うかもしれないが俺もその例外ではないと言うことだ。


「別にそれはいいけど、ほら」


 俺はクラスから飛んでくる視線の一つに指を向ける。


「あぁ~なるほど」


「皆さっきからチラチラと早苗の事見てるから行ってあげたらって思って」


「わかった、ならあっちの女の子達の所に行ってくる」


 そう言って早苗が席を立ち上がり、俺が指をさした男女の五人グループではなく別の女子三人グループの方に歩いて行った。


「う~ん、意思疎通って難しいな……」


 早くも楽しそうに笑って三人の女子と仲良くなり始めた早苗を見て、俺はため息をついてしまった。いや、なにがって、いくらなんでも仲良くなるの早すぎるだろう。人には向き不向きがあるが、これに関しては神様能力値のパラメーター振り過ぎだろうと思わずにはいられなかった。小学校の頃から誰とも数分で仲良くなれる早苗。そんな早苗に俺はずっと惹かれているし、やっぱり羨ましいとも思ってしまった。


 学校に漫画を持ち込んでは怒られるので、俺は読書用の小説を取り出して読み始めた。


 これは俺に友達が出来るまでのお決まりのパターンであり、一人の時間を有意義に過ごす為の手段の一つ。




「早苗ちゃんって可愛いし彼氏とかやっぱりいるのー?」


「いないよー」


「好きな人のタイプはー?」


「う~んと、優しくて我儘な私を受け入れてくれる人かな」


「ん、我儘なの?」


「まぁね、ほら人間甘えたい時もあれば甘えられたいときもあるじゃん。後私嫉妬しやすいから意地悪しちゃうことがよくあるんだよね……」


「それ、わかる!!!」


 隣から聞こえてくる楽しそうな声に苦笑いをしてしまった。


 まさに昔の俺と早苗だなと思って。


 それにしても早苗ってあの時(小学6年生の時)は全然気が付かなかったけど嫉妬してくれていたんだなと思うと少し嬉しかった。

 でもそれはもう終わった過去だと割り切って入学式も終わったので、今日配布された入学式のしおりや貰ったプリント類を一緒に鞄に直して帰る準備を終わらせていく。

 母親も入学式が終わると同時に先に家に帰っているので行きこそ三人で来たが帰りは別々で帰る事となっている。

 もし早苗と一緒に帰っている事がばれて、そのまま同居している事がクラスの皆にバレたら今もチラチラと早苗を見ている男子達と仲良くする機会を永遠に失う事になるかもしれない。でもやっぱり早苗と帰りたいとも思う。はぁ……。


 心の中で一回ため息をついてから鞄を手に持ち立ち上がる。


「あっ、待って!」


「ん?」


「私も一緒に帰る。いいよね?」


 俺の気持ちを一瞬で踏みにじってくれた早苗を静かに待ち、一緒に教室をでた。

 ほら、見ろ。クラス中、驚きの声と男子の嫉妬の声で溢れかえったじゃないか。

 そりゃ恋愛も大事だけど、友情も……もういいや、なんとなくなるよきっと……。


 入学1日目から俺は心の中でこれからの高校生活大丈夫かなと不安を抱きながら早苗と一緒に下校した。






 帰宅すると母親は今日撮影した写真のプリントアウトとアルバムを購入の為にリビングにメモ書きを置いて外出していた。恥ずかしいからいい加減写真とデータの両方で俺の写真を手元に残すのは止めて欲しいのだがそれを止めようものなら恐ろしいことになるので諦める事にしている。簡単に言うと手が飛んでくると言った所である。親バカとも言えるが。


「それでさっきから何をしているんだ?」


「読書」


「それはわかるがなんでここで?」


「特に理由はないかな。まぁ強いて言えば落ち着くからかな」


「てか何で俺の背中の上に仰向けになって不安定な態勢で読んでるんだよ!」


 ベッドの上に寝転んで漫画を読む俺の背中にまた器用に自分の背中を乗せて寝転んで同じく漫画を読む早苗。

 これは新たての嫌がらせなのだろうか。


「よいしょっと」


 クルッと横に一回転して俺の隣に落ちるようにしてやって来た早苗。


「なんで学校で私に意地悪したの?」


「意地悪?」


「うん。一人で帰ろうとしたじゃん」


「あれは……友達と話してたから邪魔しちゃ悪いと思ってだけど」


「そっかぁ……」


 唇を尖らせて早苗が起き上がる。

 これはチャンスと思い、俺はニヤリと笑ってから。


「もしかして冷めたとか言いつつ本当は俺の事まだ好きなのか? だから一人置いて行かれる事が嫌だったんだろう?」


「……ぅぅううう/////」


「おっ、顔が赤くなったって事は、やっぱり俺の事が……」


「大好きよ、それも死ぬほどね!」


 すると早苗が俺の目の前に来て顔を近づけて来る。


「だからキスしていいかな?」


 目がトロ~んとして、指を絡め、甘い吐息が俺の顔にかかる距離の早苗は顔を真っ赤にしていた。


「おねがい、私を女にして?」


「……早苗」


「ぅう~恥ずかしいから目瞑ってよ」


 俺は抵抗をすることを止めて、静かに目を瞑る。

 すると。


「いてっ!?」


 頭突きされた。


「ばーかぁ。なに本気にしてるの? 本当に素直で可愛いね」


 満足したと言わんばかりの笑みで早苗が言った。


 ……はぁ。どうしてこんなに振り回されないといけないんだ。


「大好きって本気で言ってくれたら真面目に考えてあげる。それで私の事大好き?」


 ここで上目遣いってズルいだろう。


「好き」


「大好きじゃないの?」


「……うん」


「ホント肝心な所はいつもいじわるだよね。ならキスはしてあげない」


「して欲しいのはそっちの間違いでは?」


「もうとっくの昔に冷めたもん! 恥ずかしくなるから何回も言わせないで!」


 早苗は俺の部屋を出て行った。

 去り際、扉を出た所で舌を出されてべっーってされた。


 一体なんだって言うんだ。


 過去の恋愛を持ちだしたのが悪かったのか。

 やっぱり俺にはそこら辺の女心がよくわからん。

 だがこれで早苗に反撃の狼煙をあげていけることがわかった。


 高校では俺が主導権を握ってやるからな。







 と、思った翌日の朝。

 玄関の前に制服を着てそわそわした早苗の姿があった。


「おはよう、達也!」


「おはよう、早苗」


「さて質問です。私はここでどれくらい待っていたでしょうか?」


 これはなんだ……また俺がからかわれるパターンの奴なのか。

 直感でそう思ってしまったが、タイミングが悪いことに母親も仕事に行く為に、今まさに俺の後を追いかけるようにして、廊下を歩きこちらに向かって来ている。

 はぐらかそうとすれば怒られるのは間違いなく俺だろう。


「五分ぐらいかな?」


「ぶっー。正解は十分ぐらいかな」


「……お待たせして、すみませんでした」


 俺が謝ると同時に母親がヒールを履いて「女の子を待たせない」と呟いて俺の頭をポンと叩き早苗に手を振って家を出て行った。


 だが母親さえいなければこっちの番だ。


「つまり十分待つ程俺の事が好きで、一緒に行きたいって事でOK?」


 ボっと俺の顔を見てぶわぁぁぁぁ。

 ――真っ赤になった。

 早苗って俺をからかうの大好きなのにからかわれると俺と一緒ですぐに顔に出るんだな。


 ニヤリと微笑みながら今までの反撃をする。


「顔赤いけど図星?」


「ぅうう/// いじわる!」


「そんな可愛い顔して反論されても……はっ!?」


 しまった。

 早苗の照れた顔から微笑みが零れてしまった。


「へぇ~私の事可愛いって認めるんだね?」


「そ、それは……」


 靴を履き終えた俺の正面から綺麗な瞳で俺の顔を下から覗き込んでくる。


「あれれ~、どうしたのかな~」


「…………」


「それでお姉ちゃんと今日登校したい? したくない?」


「……したいです」


「そんな小さい声じゃ聞こえないなぁ~」


「俺が悪かったよ。一緒に行きたいです」


「やっと素直になってくれたね。なら行こっか」


 玄関でひと悶着こそあったが、俺と早苗は二人で一緒に家を出る。




 入学式から二日目の通学路は約三年ぶりの二人で一緒に通学することとなった。

 学校が近づくにつれて同じ学校の生徒が増えて、ちょくちょく向けられる視線の数々。

 気にはなったが、正直知らない人だしと、心の中で割り切って一緒に歩いて行く。


 こう他愛もない雑談は家でも出来るけど、シチュエーションがシチュエーションだけに変にお互いに緊張してしまった。


 周りから見たら入学早々早くもお付き合いをしている恋人同士にしか見えないぐらいに手と手が何回かぶつかり合うぐらいの距離感で歩いている。俺がちょっと恥ずかしがって離れると磁石のように早苗がさり気なく近づいてくる。


 その理由は単純明快で俺の事が好きだと言う事ではなく。


「ちょっと離れないでよ!」


「だって恥ずかしいし……」


「私だって恥ずかしい……よ。でも中学の時と言い私こう見えても男の子に人気があるらしくてね、ある程度は男避けしておかないと変な人が近づいてくるの。私を入学そうそう困らせたいの?」


 そんな困った顔で言われたら断れるはずもなく、俺は「わかった」とすぐに了承した。

 小学生の時から色々とそう言った面を見て見ぬふりをしていたので特別驚く事はなかったが、その言葉を聞いた時胸の奥がチクリと痛みを覚えた。


「ちなみに胸が大きくなった辺りから変な人にもモテるようになりました」


 なんてことを最後俺にだけ聞こえる小声で言ってくるもんだからつい視線が早苗の大きい胸に釘付けになってしまった。

 制服の上からもしっかりとその膨らみが確認出来た。


「本当にエッチだね。達也って私のこと女として意識し過ぎ。でも達也なら別にいいよ。だって私の着替え小学生の時に一度まじまじと見てるもんね。何がとは言わないけど、まだ成長段階途中の時の着替えをね」


 悪魔の囁きによってあの日の光景が鮮明に思い出してしまう。

 緑と白のラインのブラジャーをしており、下着から見えた胸の膨らみを。

 俺の顔が真っ赤になってしまった。

 どうやら早苗の方が一枚上手だったらしい。

 やられたらやり返す、ではなく、やられたら倍返しなのな。


 俺は大きくため息をついた。


「お姉ちゃんをからかうと少なくとも二倍になるので今後お気を付けくださいね、達也殿」


「つまり朝の一件をまだ根にもっていると」


「そんなことないよ。私は心が広いお姉ちゃんキャラだから! でも恥ずかしくなる事を言われたりされた時はその限りではありません。でも達也とならそれはそれで楽しいから本気で怒ったりはしないから安心していいよ」


 ほほーお。


 つまり、なんだ。


 なんだかんだからかってもいいけど、後で覚えておけと言う事か。

 うーん。

 これは俺が主導権を完全に掌握するのはまだまだ時間がかかりそうだな。




 校舎の中に入り、外履きから中履きに履き替える。

 その後、二人で一緒に並んで歩きながら自分達のクラスに入り、席に座る。

 時計を見ると朝のHR(ホームルーム)まで少し時間があった。


 鞄の中の荷物を机の中に入れていると早くも早苗の周りには昨日お話ししていた女子の集団がやってきて盛り上がり始めていた。


 コミュニケーション能力がない俺の相手などしてくれるクラスメイトはまだいないと心の中で吐き捨てていると一人の男子生徒が俺の前の座席に座って椅子の背もたれに両腕をおいてこちらを見てきた。


 どちら様だ?


「よっ。もし良かったら俺とこれから仲良くしようぜ……上条」


 見た目からしてチャラそう。だけど悪い奴には見えなくもない、クラスメイトと思われる男子生徒。


「……別にいいけど、どちら様で?」


「おいおい。同じクラスだってのにそれはないぜ。上条さ昨日『君の膵臓をたべたい』読んでいただろう。あれさ俺も好きなんだよ。だから仲良くしようぜ。ちなみに俺の名前は渡辺一馬(みゆきかずま)」


 ツンツン頭で黒髪で身長は恐らく180センチ越えかと思われる男は自己紹介をしてきた。

 なんだよ……高身長でイケメンって世の中不平等過ぎる。

 だが趣味が似ている、好きな作品の傾向が似ていると言うなら俺としても大歓迎だ。

 初めて男友達になった渡辺に俺は心の中で文句を言いつつも「こちらこそよろしく」と返事をした。


「ちなみにどこら辺が好きなんだ?」


 コイツ最初からめっちゃフレンドリーだなと思いつつも俺は自分の意見に素直に伝えるとあろうことかめっちゃ頷きながら共感してくれた。

 おー高校生活、昨日はどうなるか心配していたが、なんだかんだいい方向に進んでいると一人喜んでしまった。


「いや、もうお前最高だわ! いいよな、あのシーン!」


「そうだよな!」


「ところでさ話し変わって二つ気になったんだけど聞いてもいいか?」


「別にいいけど?」


「なら一つ目。霧島さんとの関係は?」


「幼馴染」


「なら二つ目。霧島さんさっきから上条のことチラチラ心配するようにして見てるけど二人の関係は?」


 そう言われて横に振り向くと視線が重なった。


「……………………」


「……………………大丈夫?」



 大丈夫? ってお前は俺の母親か!


 とつい突っ込みたくなったが、よくよく考えてみたら自称ではあるが俺のお姉ちゃんキャラ? だし、まぁ深い意味はないのだろう。結構ブレブレだけど。でも昔からよく俺の面倒を見てくれていたのは事実。特に宿題関係。


 早苗とお話しをしていた女子達も疑問に思ってかこちらを見てきた。


 おぉーこうしてまじまじと女子四人から見られるなんて人生初めて? な気がする。

 やべぇ、ちょっとドキドキして嬉しい気持ちになるな、コレ!


 うん? 待てよ。


 これは朝の仕返しのチャンスではないのか。


 俺は早苗をチラッと見て、ニヤリと笑う。


「さぁ? 渡辺が俺に話しかけてそれに嫉妬でもしたんじゃないか――」


 ガゴッ


 早苗が俺の椅子の足を蹴ってきた。


「ん?」


 顔が若干赤くなって唇を噛みしめ頬を少し膨らませている姿がまた何とも可愛い。

 これは眼福だなと思いながらも、一死報わせたと大喜びの俺は素直に言ってあげることにした。



「――ではなく早苗が俺の心配をしてくれていたからだと思います、はい」


 直後、教室のチャイムが鳴り全員が自分の席へと戻った。

 急に騒がしくなった教室で「後で覚えておいてね」と聞こえた。


 早苗が朝の通学途中で言った。


 やられたら少なくとも二倍、をようやく思い出した。




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