6 [Side: 崎村1曹] 陸自隊員の苦悩

広間から全員が割り当てられた道へと入っていった所で、少し肩の力を抜く。

ここまで何もなかったので、道の先で遭遇しない限りは俺の方にトラブル原因が来ない為だ。


緊張しっぱなしでいざという時に力を出せないのでは待機している意味がない。



視覚と聴覚での周囲の警戒はしつつも、少し今迄の事を思い返す。



ダンジョンの広間に残ったのは、陸自隊員の俺だけになる。

送り出す側としては思ってはいけないのだが、毎日ダンジョンからモンスターが出てきている状況から、モンスターに誰も遭遇しないというのはあり得ないと思っている。


できるだけ生きて戻って来て欲しいと思うが、調査という名目上モンスターに会わないか、気づかれない状況でモンスターを発見できるかという運の要素が大きいと思っている。




集められている冒険者は気づいていないと思うが、現在キャンプしている陸自側の面々も組織からは不要とされる人間である。


S市だけでなく全国的に不要とされている人間が現在各地のダンジョン担当となっている。



非常事態だった当初はともかく、長期化すると判断された時点ですぐに死んでも影響が薄い人物の選定がされていた。


簡単に言うと表面的にトラブルを犯した陸自の隊員が集められている。




俺個人で言うと不倫という事になっているけれど、事実は大きく違う。

当時結婚していたが、実際には妻が俺の上官と不倫していたのが事実だ。


不倫した理由は側にいてくれないという事らしいが、今度の相手も陸自の人間なので同じことの繰り返しになると思っている。


そもそも自衛隊とはあちこちに飛んでいったり、訓練で頻繁に家を空ける事は結婚前に伝えていたのだが……



元妻は自然災害の被災地で救助した人物の一人だった。

被災地が安定した後にプライベートで観光に行った時に、たまたま再会した縁で結婚まで繋がった。


とはいえ、キッカケがつり橋効果的な事だったからか、あっけなく不倫で俺の結婚生活は終わりを告げた。


これだけなら少なくない話だが、そこに上官が関わっていたのと生まれたての子どもも相手に奪われるという事が普通とは違うポイントだ。


つい頭に血が上って上官を殴ったのが、ダンジョンへのキャンプ組に回された理由だろう。



日にちが浅いので他の隊員とは詳しくは話しをしてないが、皆それぞれ組織から疎まれることをしている事をほのめかしている。



ちなみにキャンプ地に姉崎という女性隊員がいるが、俺の不倫相手にされた縁からキャンプ地に来る前から仲良くしていた。


そのため、姉崎だけは詳しい事情も知っているし、ダンジョンのキャンプ組に回されたのも当然だという感じだ。




内情としては集められた冒険者と俺たちの立場はあまり変わらないので、なるべく冒険者を生還させたいというのが俺たちの総意だ。



ただ、こういうのも何だが悪い意味で「スゴイヤツ」まで守るべきかというのは隊の中で意見が割れる話だった。


俺個人としては他の人の命を脅かす存在を守るよりも、他の人間や自分の身を優先すべきだと考えている。



結論としては集めた時点での様子を全員でチェックをして、最終的に内部に入る俺に一任されることになった。


予想外だったのが、全員一致で木崎茶楽 (スーツを着ているホスト風の男)にチェックを入れたことだ。

名前と態度からチャラとかのあだ名付けられてそうだな……


ダンジョン内での対応からも改善する対応がないので、いざとなったら俺の見捨てるリストに入っていた。



逆に本部で冒険者内でも切捨て要員として回されたのが和田明彦という男だ。

渡されているデータによるとキャンプ地で一番高い年齢になる。


長年無職ということもあるが、過去に小学生とその親に暴行をしたことが切捨て要員に抜擢された大きな要因となっている。

但し、警察の訴え等はなく聞き込みで判明した事柄らしい


子どもが大人の男に殴られたのに訴えを出さないというのは、違和感がある。

中村3尉からは見極めるように言われている。


俺たち自身が何かある人間の集まりなので、違和感がある場合には周囲から伝わってくる話と異なる事実が隠れている可能性を忘れない。



ここまでの行動からすると、一番まともな行動をしている人物と言える。

そう、こちらが想定していたよりも何倍も……




和田さんにはなるべく生還して欲しいというのが俺の個人的な思いだった。

的確な反応もできると思う為、今回の分かれ道には二人組にして生還できる人数を増やしたかったが木崎に邪魔をされた……


本人としては単独行動の方が気楽でいいと思っている節があるので、逆に喜んでいるかもしれないが、普通に考えたら何かある可能性が高い道を選ばされている。


無事に戻ってきてくれるか不安だ……




暫くすると、少しづつ小道から戻ってくる冒険者が出てきた。

モンスターと遭遇しなかったかだけ聞き取って、詳細報告は外にいる中村3尉にするように促す。


俺がここを生きて出れるかも不明なので、俺に情報を集めても意味がない。


モンスターとの遭遇もしない場所があるのは運が良かったと思う。




小道組の最後の組である、件の木崎が意気揚々と戻ってきた。

今までの言動を考えると感情的な人間なので、モンスターと遭遇していたら泣き喚いているはずだ。


結果はなんとなく分かっていたが、一応話を聞く姿勢を……


グゥオオオオ!!!



取ろうしたところに、どこからか獣の叫びが響いてきた。

態度からモンスターと遭遇はないと判断して、木崎達の対応を辞める。


「報告は外の隊員に伝えろ!!」


そう言い捨てて、意識を戦闘状態に切り替えて和田さんが入った広い道に向かう。



冒険者が戻ってきていない道は広い道だけなので、後顧の憂いなく突っ込むことができる。


広い道にこのまま突っ込もうとしたが、暗く現在の目のままではまともに行動ができない。


しかし、何かが起こっているのは間違いない。

少しの逡巡の後に、ライトを取り出して駆けつける事を優先した。



走っている間にも何かを壁にたたきつけたような音が響く。

音が発生し続けているという事は戦闘が継続している事を表しているのでまだ耐えているはずだ。


音の具合から一つ目の曲がり角を曲がった先に何かあるわけじゃないと判断し、無警戒で駆け抜ける。


2つ目の曲がり角迄の道の半ばで音が止んだ。

どちらが勝ったのかは分からないが、駆け付けるよりも自分の安全の比重を上げる事に意識をシフトさせる。


点灯していたライトを消してジャケットのポケットに収納する。

二つ目の曲がり角までの道はライトで確認できているので、左側の壁伝いに進んでいく。



目が慣れるまでは壁が曲がる迄はこのまま進むことにする。


今一番信頼できるのは聴覚なので耳に集中しながら早足で進んでいく。

奥からは物を漁るような音が聞こえてくる。


何かを口に入れているような音は聞こえてこないが、和田さんが生き残っている可能性は殆どない。


良くて瀕死でなんとか命はある状態だろう。

モンスターが遠くに移動したならいいが、近くにいた場合にも想定して小銃をすぐに発砲できるように構えながら歩いていく。


死んだと判断して見捨てるべきなのだろう。

だが俺は命があるのなら、救助を検討したい!



曲がり角に着くころには目はだいぶ慣れたが、曲がり角の先は道が長く伸びていて見通せない形になっている。


つまり、視界が確保できていないところで戦闘があったのだろう。


俺はすぐに戦闘ができるように今までと同じように小銃を構えながら近づいていく

威嚇程度でもいいので、小銃がモンスターに有効であって欲しい。



そう願いながら進んでいく先で、俺の目に入った光景は……

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