5 単独探索開始

何度目になるか分からない鼓舞を自分にして、割り当てられた広い道に辿り着く。

歩いている最中では広い道の中が暗くて見通せなかったので、側にある壁に張り付いてそっと中を伺う。


ダンジョン内は全て暗いが、広い部屋よりも狭い通路の方が暗いという、暗い濃淡がある。

近くで中を見ても、目が慣れないと厳しく殆ど見えない……



一度先に視覚以外で最低限の危険チェックを行う。

まず、内部から伝わってくる振動や音を確認する。



異常はなさそうなので、顔だけをそっと通路内に向ける。

目は光源となるので黒闇の中でも目立つ部位となる。

まだ慣れてない目でも発見しやすい為、目立つ色がないか探す。


注意深く見たが、光るような部分は見当たらない為、一旦の危険はないだろう。

俺はそう結論付けて、現状の姿勢のまま目が慣れてくるのを待つ。


念の為、通路内の上部を中心として視覚的にチェックする。

目が慣れ切ってない状態でも、意識的に見ている中で動きがあれば気づきやすくなる。


振動でチェックができない飛行タイプがいないかの警戒である。




通路内に突っ込む間でも、少し待つだけがとても長く感じた。

体感で30分くらいだろうと感じていた。


目が慣れた後に時計を確認すると1分程度の時間しか経過していなかった。


緊張状態の時間間隔は全く役に立たないモノだ……



単独とはいえ、崎村1曹がいる広間でこの状態となっているのは、これからの突入に対して不安しかこみ上げてこない……


この後、モンスターに遭遇でもしたら自分の体がまともに動くか心配でならない。

いくら警戒してもモンスターを見て体が動かなければただやられるだけだ。



再度深呼吸して、目が慣れた道に足を踏み入れていく。




これまでと同様に整地でもされているような気持ち悪さのある道だった。

この広い道に対してだけ言うと、横壁も綺麗な状態となっている。


逆に言うとお互いに体を隠すような部分は、ほぼ無いという事になる。


これだけ整地されていると、マジで何か奥にいそうなんだけど……




最も注意するべきポイントは視界が見通せなくなる曲がり角、それと慣れた目でも見通せない程の長い通路の二つである。



頭で事前に想定したように、曲がり角では歩を止めて確認を入念にする。

崎村1曹の後ろについて観察させてもらっているので、見様見真似になるが姿勢に注意をしながら視点移動を行う。




一つ目の曲がり角を過ぎて慎重に周囲を警戒しながら歩を進めていると、問題は直ぐに発生した。


広い道に足を踏み入れてからの二つ目の曲がり角の先が見通せない程度の暗さになっている。


俺が見通せるというのも50m程度の視野確保なので、見えない場所があっても仕方がない……


少しの間、曲がり角の影から見通せない道を窺う。

……色の変化や動くようなものはないか。


少し視力に注力をしていても認知可能距離は広がらなかったが、見る限り異常は無さそうなので進むことにする。



これまでよりも歩法と呼吸法に重きを置くように意識転換をすると、曲がり角より足を踏み出していく。



少しづつ歩を進めていくと壁際にボコッとした物体が目に入った。

視認可能距離ギリギリだったので、断定はできないだろうが色から考えて岩だと思われる。


まずは身を隠したいので岩に向かって走り出したかったが、身を隠す前に何かが襲ってきては意味がなくなる。



はやる気持ちを抑えながら、これまでと同じペースで歩を進める


後45m……


40m…………


ほんの少しの距離なのにたった数mが心臓に悪い。



35m………………


まだ半分も来てないのに、心臓のバクバクという音が耳に響いて、余計に神経を消耗してくる。



30m……………………


俺の不安と焦燥心が限界まできているのか、岩が大きくなったように錯覚してくる。


限界状態では幻覚を見る話を耳にした事がある。

俺は一度目を閉じて、数旬で頭を無にした後に再度目を開く。




目を開けると思考が止まった。


岩から手足が生えていたのだから。


ゲンカクッテオソロシイネ



そんな現実逃避的な思考とは別に視覚的な確認は続けていくと、おかしなものが目に入ってくる。

体毛である……


いくら何でも岩に毛なんかない。

50m圏内は見えているつもりだったけれども、実際は認識を間違えていたと……


えっと、なんだ……

つまりあれかな?


目の前におわしますのは、モンスターさんですか?




そんな脳内会議をしていると、ゆっくりとモンスターは体を回してこちらを向いた。

認識、クマさんだった。



森の中で出会うと優しいクマさんでも、ここはダンジョン。

幼い子が見たらトラウマ物の凶悪な顔をしていて、視線は俺をロックオン状態。



完全に俺を認識してるな……

直ぐ襲い掛かっては来ないのは相手側が様子を伺っているからだろう。


こういう時に動くと逆に危険なので、相手の状況や出方を観察する。



よくよく見て見れば、お腹は白いので最初からこちらを向いていればすぐ気づけた……

丸まって寝てた様子が岩に見えたと思われる。




クマとしてもまだこちらを窺っている状態だ。

今のうちに俺の行動指針を検討する。


・戦う

・防御

・仲間を呼ぶ

・逃げる


取れる行動はこの4択だろう……


ちなみに死んだふりはリアルクマさんにもモグモグされるので、検討するつもりもない。




『逃げる』


陸自推奨の選択肢。

さて、これをクマ相手に可能かというと無理だ。


そもそもクマに限らず、4本足で行動するタイプの速度に人間が勝てるはずがない。


短距離と言えども追いつかれる。

ゲームのように回り込まれるという表記は出ず、無防備な所にベアクローを叩きこまれる事間違いなし。



食料があれば気を引けたかもしれないが、残念ながら持っていない。





『仲間を呼ぶ』


現在地だとライトで合図をする事も出来ないので、大声で呼ぶしかない。

しかし、この手法も様々な観点からリスクの方が高い。


まず、崎村1曹が来てくれるかどうかだ。

他の招集者が全員探索を終えているなら来てくれる可能性もある。

(但し、来るまでの生存は単体で行う必要がある)


逆にまだ調査中の招集者がいれば、こちらに来ずに広間で待つのが崎村1曹の正しい対応だろう。



クマ側としては大声という刺激的な行動を起こせば、突発的に攻撃を行ってくる可能性は低くない。


もし、奥に他のモンスターがいる場合には相手の戦力を増やす可能性がある。


これなら、他の選択のがマシだと思われる。




『防御』


ゲームではよくある選択肢だ。

しかし、現実では論外!


ベアクローに対して俺の防御力(ジャージ+自衛隊の上着)が上回っているか?

考えるまでもなく負けている!


いや、ダンジョン外の野生のクマでさえ俺の防御をやすやすと破ってくるだろう。

ダンジョン内にいるクマが外のクマより弱いという事はないだろう。


つまりありえない選択肢となる。




『戦う』


タタカウ?


……


…………


論外って言いたいけど、これしか残ってない。


自衛隊、非推奨選択肢。


しかし、一番生存確率が高いと思われる選択肢。

例え、0コンマ数パーセントの差だとしても高い選択肢を取った方がいい。




行動指針は決まった。

眼前のクマが積極的な攻勢に出る前にこちらから仕掛けたい。




なんとか俺がしゃぶしゃぶになる未来は避けたい……

弱者である人間が勝つには常に先手を取り続けるしかない。



そう心に決めて、俺は姿勢を低くしながらも足を滑らせる形でクマに向かって駆けていく。

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