第3話:特別講習

 門の中はまるでトンネルのようになっているが、その通路の左右には白い建物が建っており、それでも圧迫感を感じないほどにその通路は広い。


 見れば探索者向けの道具屋や修理工房、休憩所やら酒場が並んでおり、どこも盛況だ。


 そんな店先を興味深そうに見ながらティルマリアは通路を通り過ぎていき、イグリスが言っていた黒い建物の中へと入っていく。その建物には、【探索者協会本部認定講習所】という看板が掲げてあった。


 受付を済ませたティルマリアが案内された部屋には、先客として二人の若者がいた。見たところ二十代の男女で、なんだかそわそわしている様子で会話をしている。


「特別講習ってどんなんだろ?」


 緊張気味な緑髪の青年が横に座る、青髪ショートカットの女性に話し掛ける。


「厳しいらしいよ。まあ、そこで諦めさせてくれるのも優しさだって酒場にいた探索者が言ってた」


 余裕そうな表情を浮かべた青髪の女性が答えた。どうやら二人は知り合い同士のようだ。


「嫌だなあ……俺、痛いの苦手だよ」

「自分から言いだしたことなんだから文句言わないの」

「いやでもさ……あっ」


 部屋に入ってきたティルマリアに、ようやく気付いた二人が会話を止める。


「ん? 私の事は気にせず会話してくれ」


 それを見たティルマリアは、そう二人に告げると部屋の端にある椅子に姿勢良く座った。


「あ、いや、えーっと」


 青年が何を言おうか迷っていると、横の女性が立ち上がってティルマリアへと向かった。彼女はにっこりと笑いながらティルマリアに声を掛ける。


「こんにちは。貴女も特別講習を? あ、私はシキリで、あっちのうだつの上がらなさそうな奴がカロック。二人とも北区の【貧者に口無しデッドストリート】出身なの」

「私の名はティルマリア。私も特別講習を受けに来た」

「誰がうだつの上がらない奴だよ! や、やあ! 僕がカロックだ」


 慌ててやってきた緑髪の青年――カロックにティルマリアは笑いかけた。その笑みを見て、カロックはだらしなく表情を崩すが、すぐに全力で視線を泳がせる。見れば、横で青髪の女性――シキリが彼を睨んでいた。


「初対面の女性に対してデレデレするな、バカ」

「そんな怒るなって……シキリ」

「私は構わないぞ。男性には笑顔を向けるようにと言われていたからな。そちらの方が都合良くことが進むと教わった」


 ティルマリアはいたって真面目そう答えるが、シキリは思わず苦笑してしまう。


「あー、それはそうかもだけど、相手を選んだ方が良いというかなんというか……」

「ティルマリアちゃんの言う通りだぞシキリ! お前はもちっと愛想をだな」

「うるさいっ」

「ぐえ」


 シキリの蹴りがカロックに当たる。カロックが涙目になっていると、部屋の扉が開いた。


「ふむ……今日の講習生は三人か」


 そこには衛兵達と同じ白い鎧を纏い、使い込まれた魔導剣を腰にぶら下げた黒髪の女性が立っていた。白い鎧の左胸部分には、探索者協会のシンボルである水晶と星のシンボルが刻まれている。


 鋭い視線がティルマリア達に注がれた。その女性は軍人のような雰囲気を出しており、どう見ても手取り足取り優しく教えてくれる感じではない事を、シキリとカロックは察した。


「探索者協会教育部講習科のジズだ。本日の特別講習の教官を務める」

「シキリです。今日はよろしくお願いします」


 シキリが真っ先にそう言って頭を下げる。孤児だったシキリは、相手が従うべき人間か否かを判断するのが早かった。それが人生を左右するということを良く理解しているからだ。


「か、カロックです!」


 慌ててカロックがそれに続く。


「私の名はティルマリア。今日はよろしく頼む」


 無表情でそう言って立ち上がったティルマリアを教官――ジズが凝視する。


「ふむ……。まあいい、ついてこい。まずはアーティファクト選びからだ」


 ジズはそれだけを告げると、くるりとターンし、部屋から出て行く。


「へ? もう貰えるのか?」

「バカ! 黙ってなさい!」


 カロックの口から滑り出た言葉に、シキリが小さな声で怒鳴るという器用なやり方で返す。


 先を行くジズの後を三人が追う。何度か協会職員や衛兵とすれ違いながら進み、地下へと続く階段を下りる。その終着点には、鉄の扉があり前には二人の衛兵が立っていた。


「お疲れ様です、ジズ教官」


 衛兵達はジズの姿を見ると敬礼をする。


「今日は三人だ」

「はっ!」


 敬礼を返すジズに小気味良い返事をすると衛兵達が、扉の左右へと移動した。

 ジズは魔晶でできた、複雑な機巧を宿した鍵のような物を扉の鍵穴へと差した。


 すると機械音が鳴り響き、扉が左右へひとりでに開いていく。


「おお! すげえ!」

「だから、あんたは黙ってなさいって」


 カロックが歓声を上げるのをシキリが窘めた。ティルマリアはあいかわらず無表情のままだ。


「君らも入れ」


 ジズがそう言って扉の中へと入っていく。それにティルマリア達も続いた。


 中はさながら武器庫と表現するに相応しい場所で、棚には様々な武具が並べてあり、奥には少し広いスペースがあった。どうやらあちらで実際に武器を振ったり試射できたりするようだ。


「す、すげええええ!! これ全部アーティファクトだぜ!!」

「……凄い」


 はしゃぐカロックを注意する事も忘れ、シキリもその武器の山に圧倒されていた。


「まずは奥で説明をする。それらの武器には勝手に触れるな」

「はい!」


 ジズの後をワクワクしながらついていくカロックを先頭に、シキリもキョロキョロしながらその後ろを歩く。ティルマリアは興味ないとばかりにまっすぐ前を見つめている。


 奥のスペースに到達すると、そこには一通りの武器が並べてあった。


「さて……まずは基礎的な事を教える。その後実際にアーティファクトを振ってもらう」


 そう言って、ジズが腰の魔導剣を抜いた。それは両刃剣で刀身には回路のような紋様が刻まれている。柄には機巧と魔晶クリスタルが融合したような物が付属されていて、握りにはトリガーがついていた。


「これは、魔導剣と呼ばれるアーティファクトだ。見て分かる通り、柄の機関部に魔晶クリスタルが埋めこまれている。これは魔晶機関と呼ばれ、持ち主のエーテルを動力にして作動し、様々な効果を武具や使用者自身の肉体に付与する。例えば――【火晶蜥蜴ザラマンダ】」


 ジズの手にある魔導剣の機関部が静かな音を響かせ、魔晶が怪しく輝く。彼女がトリガーを引くと、機関部から刀身へと走る回路へと赤い光が通っていき――刃が火を纏った。


「おお! かっこいい!!」


 カロックがパチパチと拍手する。ジズは無表情のまま剣を振り払うと、火が消えた。


「このように、刀身に火を纏わせる、火球を飛ばすなど様々なことが可能になる。これらをひとくくりに魔導術と呼ぶ。魔導術にもそれぞれ大まかな系統があるが、今は割愛する。この魔導術を使うには、魔晶機関が必須であり、この魔晶機関がある武具や道具をアーティファクトと呼ぶ。残念ながら現在の技術でこの魔晶機関を一から作り上げるのは不可能だ。よって、この【天晶塔】で見付かった物を修理また改造することでしかアーティファクトは入手できない」


 ジズは魔導剣を腰の鞘にしまった。その後、並んでいる武器を一つずつ手に取り、説明していく。


「探索者の間では魔導剣が最も多く使われている。理由は様々だが、汎用性に優れているという点が大きいのは確かだ。次に多いのが魔導槍。これに関しては扱いやすい上にリーチに優れているのがその理由だな。ただし閉所では使いづらいので、サブに魔導剣を持つ者も多い。次に魔導斧だが……」


 ジズが武器を手に取り一つずつ説明をしていくのを三人は黙って聞いていた。彼女が一通りの説明を終えると、ティルマリア達へと視線を投げた。


「何か、質問があれば受け付ける」


 その言葉に対し、シキリがまっすぐに手を上げた


「見たところ、ここにあるのは全て近接武器のようですが、例えば弓とかボーガンといった遠距離武器のようなアーティファクトはないのでしょうか?」

「良い質問だ。見ていろ」


 ジズが目にも止まらぬ速さで魔導剣を抜刀しつつ後ろへと振り返って、剣先を奥にある試射場の的へと向けた。


「【鴉刺スピアクロウ】」


 剣のトリガーが引かれると同時に流線型で先が尖った鴉のような形の鉄矢が剣先に生成され、放たれた。それは空気を切り裂く音を響かせながら的へと命中、轟音と共に的が粉微塵に砕け散った。


「魔導術による遠距離攻撃が可能となった今、遠距離武器を使う必要性は薄い。それが理由だ」

「なるほど。納得がいきました」

「俺らでも教官みたいな魔導術は使えるんですか!?」


 カロックが興奮気味にジズへと質問する。


「それは、君ら次第だ。魔導術は、個人の資質によるところが大きいからな。生まれ持った体内エーテル生成量や、生成されるエーテルの特性、エーテル操作技量によって様々だ。例えば、遠距離攻撃型魔導術を得意とする代わりに肉体強化型魔導術を苦手とする者もいれば、治療魔導術は得意だがそれ以外は一切使えない者もいる。こればっかりは色々と試してみるしかない」

「ありがとうございます!」

 

 頭を下げるカロックの横で突っ立っている、ティルマリアへとジズが視線を向けた。


「君は……質問はないのか? ないなら次に移るが」

「ないぞ。強いて言えば……なぜその魔導術とやらは必要なのだ? アーティファクトがないと、つまり魔導術が使えないと戦力に数えられないと聞いたが……」


 ティルマリアの疑問に、ジズが目を細めた。


「ふむ。面白い質問だ。なぜ、必要なのか。それに単純に答えるならば、別に必須ではないと答えよう。この【天晶塔】には生まれながら魔晶機関と似た生体機関を体内に持って、容赦なく魔導術を放ってくるモンスター共がひしめいている。それらに対し、君が徒手空拳で対抗できると言うのなら、不要だ」

「なるほど。魔導術でないと殺せないとかそういうわけではないのだな」

「相手も同じ生物だ。頭を潰せば死ぬし、心臓を射貫けば絶命する。まあもちろん例外もあるが」

「理解した。感謝する」


 ジズにはなぜか、ティルマリアが安心した、という表情を浮かべているように見えた。


「では、実際に振ってもらおう。それぞれの適性については私が見て判断する。その後は実地講習を行う」

「実地?」


 カロックがその言葉に反応する。


「ああ。実際に第一階層でモンスターを討伐してもらう」

「まじっすか……」


 ここまで興奮しっぱなしだったカロックが急に怯えたような表情を浮かべる。


「心配するな。いざとなったら私が助けてやろう。なに、命だけは保証してやる。まあ、腕や足の一本は無くなっているかもしれんが……」

「ひいいい」

「では、まずは気に入った物を手に取ってみろ。好きに振っていいが、周囲に人がいないことを確認してからだ。全ての武器にセーフティを掛けているから、魔導術の暴発の心配はない」


 ジズの言葉を聞いてカロックとシキリがそれぞれ武器を手に取った。


「やっぱ剣だろ! 俺も【断閃のゲール】みたいな魔導剣士になるぜ!」

「……遠距離攻撃が使える前提だと、リーチはさほど気にしなくていいから……やっぱり短剣かな?」


 しかしティルマリアは微動だにしかった。


「どうした? 気に入った物がないのか?」


 ジズがティルマリアに声を掛けた。


「いや……どれもしっくりこなくてな」


 自分でもなぜそう思うのか分からない様子で、ティルマリアが答えた。彼女は何か違和感を覚えていたのだ。武器とは本当にこういう物なのか? そんな疑問が頭の中をよぎる。


「そういうのは握ってから言え」

「……それもそうか。まあ軽くて邪魔にならない物ならなんでもいいんだが」

「なら、魔導短剣にすると良い。ただし遠距離攻撃や肉体強化が使えない場合はやめといた方が良い。モンスター相手に超近距離戦を挑むのは自殺行為だ」

「なら、それで良い」


 カロックとシキリはそれぞれの武器を試しに振り、それを見たジズのアドバイスを受け、ようやくそれぞれの武器を決めた。ティルマリアは最初から短剣と決めており、ジズはそれを了承した。

 

 三人は武器が携え、武器庫兼試射場を後にする。


 カロックは魔導剣を腰にぶら下げており、シキリは魔導短槍を手に持ち、ティルマリアは腰の後ろに魔導短剣を差していた。


「ティルマリアちゃんは短剣で良かったの?」


 シキリが心配そうにそう尋ねるが、ティルマリアは構わないと答えるだけだ。


「きっとティルマリアちゃんは魔導術が凄いんだよ。俺はでもやっぱり剣でモンスターを倒したいぜ」


 カロックが嬉しそうに自分の魔導剣を見つめる。


 ジズに導かれ、三人が向かった先は講習所の一番奥にある部屋だ。その部屋の中心には、複雑な模様を描いた線のような溝が刻まれており、そこには魔晶が埋めこまれていた。そこからは淡い光が立ちのぼっている。


「これは?」

「ワープライトだ。これで【天晶塔】の内部へと転移できる。基本的に、【天晶塔】の内部は完全なる閉鎖空間になっている。この場所も分厚い壁の内部であって、【天晶塔】内部までは貫通していないんだ。こうしないと内部のモンスター共が街にあふれ出て来てしまうからな」

「なるほど……つまりこのワープライトで完全に閉じた天晶塔内部と行き来できるって事ですね」


 シキリの言葉にジズが頷いた。


「そうだ。ちなみに内部へと繋がるワープライトは、この講習所の外の通路の奥にあるメインゲートと呼ばれる物とこの講習用の二つだけだ。どちらも利用者を厳重に管理している。例えば無許可で利用した者や、探索者登録を行っていない者が利用した場合はすぐに分かるようになっている。まあ今後はメインゲートしか使わないだろうが、普通に使う分には問題ない」


 そう言って、ジズがワープライトへと向かう。


「さあ、この上に立って」


 ジズに言われた通り、ティルマリア達がワープライトの上へと立つ。


「さて行くぞ。ここからは君ら三人で実際に塔内部でモンスターを倒してもらう」

「はい! じゃあ頑張りましょ、カロック、それにティルマリアちゃんも」

「へへへ、パーティって奴だな! というかリーダーはもしかして……俺? いや参ったねこれ」

「ん? パーティ?」


 はしゃぐ二人と、首を傾げるティルマリアの言葉と共に大量の光が床からあふれ出た。


「眩しっ!」


 一秒も経たないうちにその光は収まる。


 ワープライトの上に突っ立っているティルマリア達を襲ったのは、濃厚な土と緑の香り、そして蒸れるような湿気だった。


 頭上から何かの羽ばたきが聞こえ、ミドレスト近辺では聞いた事のない奇妙な鳴き声がどこから聞こえてくる。天井は見えないほど高く、閉ざされた空間にもかかわらず、太陽と変わらない光が天井より降り注いでいた。


 足下にはワープライトがあるが、その周囲は見た事もない植物で覆われていた。幹が細い割に、頭上を覆い尽くすほどの高さにまで枝を伸ばす木々が立ち並び、無数のツタやコケがその木々を地面と同じように覆っている。毒々しい色の巨大な花が地面から生えており、何とも言えない甘い香りを漂わせていた。


 ところどころに金属製の残骸が転がっており、良く見れば、舗装されていただろう地面が草やコケに紛れて露出している。


 木々の隙間から見えるのは、遠方に存在する緑に覆われた巨大な建造物群だ。


「これは……」


 その光景に圧倒されるカロックとシキリを見て、ジズが真顔のまま声を発した。


「ようこそ諸君、ここが【天晶塔】第一階層。通称――【都市喰らいの密林】だ」

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塔を登るティルマリア・ドール 虎戸リア @kcmoon1125

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