最終話「未来はそれをアイと呼ぶんだぜ」

 あのあとは、色々バタバタと大変だった。

 なにより、ソウジに死ぬほど怒られた。殺してきそうな勢いで泣かれたりもした。あれやこれやで、アンドロイドたちの第二の革命は未然に防がれたのだった。

 なお、チユリはメリアとの新しい新居を物色中である。

 この冬の休暇が終わって、年を越したら本格的に探すつもりだ。

 そう、季節はいよいよ師走しわすを迎えていたのだった。


「はあ、手頃な物件ってないもんだなあ」

「一戸建ての借家もいいですけど、ならいっそって手もありますよねっ」

「住宅ローンかあ。むしろ、土地を買って新築いっちゃう?」

「チユリは絶対、アニメに出てきそうな家にするから、とりあえず保留で」


 ガタゴトと揺れる電車に、並んで座ってネットサーフィン。北国のローカル線はこの時間、年末なのもあって閑散かんさんとしている。

 リニア新幹線から乗り換えて、レトロなワンマン列車に揺られること小一時間。

 チユリはメリアを連れて、久々の帰省きせいを果たそうとしていた。

 携帯電話オプティフォンが並べる住宅事情を睨みつつ、うれし恥ずかし新婚気分である。


「あっ、この家カワイイ! トトロの家みたいじゃん」

「築70年ですから、戦前の建物ですね。……なんですか、この和洋折衷わようせっちゅうの悪い見本みたいな設計。チユリはこういうのがいいんですか?」

「えー、いかすじゃん」

「わたしなら、こっちの方がいいですっ。立地ヨシ、値段も妥当で……その上にお風呂が広いですから」

「お風呂が広い」

「はい、お風呂が広いんです」


 次々と物件が、昼下がりの午後に浮かんでは消える。

 電車のシートは妙にポカポカしてて、ほんのりと眠くなってきた。だが、もうすぐ実家の最寄り駅である。

 ランダムでゆっくり周囲を回るウィンドウも、こころなしか光が柔らかい。

 この中のどれかが、新居になるかもしれない。

 そこでまた、チユリはメリアと生きてゆく。

 その後のことはわからないが、もう御一人様オヒトリサマは卒業なのだ。


「一応、マッケイ君の部屋も考慮しとくかあ。そういう意味でも、おっ? これかなあ」

「それでしたら、このマンションですねっ! ……あっ」


 互いの手と手が、同じデータの上で触れ合った。

 思わずチユリは、今更いまさらながら固まってしまう。

 メリアもほおを桜色に紅潮させ、照れ臭そうにはにかんでいた。

 そして、どちらからともなく指を絡めて手を握る。

 二人以外に客は存在せず、周囲の景色も雪化粧した野山が二人きりを演出していた。


「……メリア。いっ、い、いい?」

「なにがですか、もぉ……今更聞かないでくださいっ」

「デヘヘ、そのぉ……おねーさん、久々の長期休暇で、色々と」

「チユリはいつもそんな感じですっ! はぁ、もう……ふふ、しょうがない人ですね。そういう、がっついてるとこもでも、嫌いじゃないですけど?」


 我が世の春が来た。

 押し寄せて来たのだ。

 気付けばチユリは、メリアに首ったけだった。人生の中で、こんなにも他者にリソースをもってかれることなんてなかった。幼少期は弟にその大半を突っ込んでたし、それがいらなくなってからは自分で自給自足していたのだ。

 自分のために生きてたチユリが今、あらゆる優先順位で自分の上に他者を頂いている。そしてそれは、自分の都合と好みで生まれたアンドロイドではなく、複雑怪奇なえにしで結ばれた同性の少女なのだ。


「うーん、ちなみにメリア……公共のモラルやマナーに反しない範囲でだと、どこまでOKだと思う?」

「わたし、こうして寄り添い合って手を繋いでるだけでもう満足なんですけどぉ、その……」

「ま、それもそっか! でも……」

「わ、わかってますー! もぉ、こゆ車両にもカメラとかあるんですからね?」


 そうは言いつつも、間近に見上げてくるメリアが目をつぶる。

 やばい、死ぬほどいとしい。

 狂おしいまでに愛らしい。

 それだけではない。

 守りたいし、幸せにしたい。なんていうか、自分のセクシャリティがどうこういう話じゃなくて、ずっと一緒にいたい。チユリは初めて、純粋に自分の外に大切さを感じていた。

 両親や弟のような、持って生まれた家族とも違う。

 自由に全てを肯定できる、創作物の中のキャラクターでもない。

 メリアは今、ここにいる。

 手違いであっても、彼女に確かにチユリは出会ったのだ。


「メリア、あたし結構それなりに頑張って、その、適度に? いい感じに? し、しっ、幸せにするよね」

「これ以上、ですか? ふふ、それは楽しみですねっ! ……ほ、ほらっ、待ってるんですよ?」

「は、はいぃ! エヘヘ、じゃあちょっと失礼して」


 艶めく薔薇色ばらいろくちびるだけを見て、その感触と温度とだけが脳裏に思い出される。

 そうしてくちづけを交わそうとした、その時だった。

 突然、車内に電子音声で次の駅がアナウンスされる。

 それは、チユリが生まれて育った片田舎かたいなかの小さな町の名前だった。


「……着いちゃいました、ね」

「ぐぬぬ……まあ、よしっ! 年末年始を実家で嫁とイチャコラするっ! だから、よし!」

「えっ、わたしの方が嫁なんですか?」

「あっ、そこ? いやでも、ええと……こういう場合は」

勿論もちろん、嫁同士です。わたしにはチユリが唯一のお嫁さんですから。……えっ、ちょ、ちょっと、なんでそこで泣くんです!? 人間、やっぱりわからないこと多過ぎ問題!」


 電車が減速する中、思わずチユリはうるっときてしまった。

 なんか、かわいい恋人と怠惰たいだ自堕落じだらく蜜月みつげつばかり考えてた自分が、ちょっと情けないって思ったのもある。

 でも、チユリはもう知ってしまった。

 望んで求めた、欲した恋人では決してない。

 そんなメリアが、大好きだ。

 だから、まあ、とりあえず家までは我慢する。ここでおっぱじめるのはやめにする。ただ、彼女が側にいてくれるだけでずっと、きっといつもチユリはひとりではいられないと思えるのだ。


「荷物持つよ、メリア。ささ、ここがあたしの生まれ育った町だよー?」

「無人駅、ですね」

「そりゃもう、最新鋭の改札システムが導入されてるから」

「っていうか、清々しいまでに田舎ですねっ。牧歌的というか、こう、映画の中の世界というか」

「ネットワーク周りのインフラが整備されたら、逆にハード面が時間止まっちゃったやつなんだよねえ。ま、でもメリアに見せたかったんだ。あたしの故郷をさ」


 静かに電車のドアが開くと、数年前と変わらぬ景色が広がっていた。

 改札それ自体がロボットで、彼は今日も寒空の下で一日数人程度の乗客を整理している。チユリが携帯電話をかざせば、個人情報に紐付けられたクレジットから運賃が自動的に引き落とされた。

 少し大げさなボストンバックをかつぎつつ、メリアと一緒にド田舎な町に降り立つ。

 凱旋、という言葉が脳裏を過ぎった。

 でも、人に誇ることじゃないし、喧伝してたたえられることでもない。

 チユリは、人生をこれからやってきたいパートナーを家族に紹介したいのだ。

 だが、駅を出て迎えの父親を探したが、姿がない。


「ありゃ? 迎えに来てくれるって……ちょっと電話してみるかあ」

「あ、いえ、チユリ。高速で近付く車両が」


 大自然の中にぽつんと、駅舎だけがある風景。人で賑わう商店街はもっと山を下らないとないし、周囲に民家は勿論、自動販売機すらない。

 そんな山中の静けさを、ターボエンジンの咆哮ほうこうが切り裂く。

 程なくして、見事なドリフト走行で一台のセダンが姿を現した。

 大昔のヤオイ漫画(と勝手にチユリが思って読んでた走り屋同士がとうげしのぎを削る自動車漫画)で見たことがある、あれはすで嗜好品しこうひんとしてしか残ってない内燃機関のスポーツカーだ。なんだか厳つい顔のそれは、スキール音を響かせ目の前に停車する。


「……なんで、ランエボ? だよね、これ」

「チユリ、正確にはランサーエボリューションファイブです。うわぁ、始めてみました……マッシブで、それでいてなんていうか」


 そのランエボとやらからは、初老の紳士が降りてきた。

 数年ぶりに会う父は、少し痩せたようにチユリには見えた。


「チユリか、よく帰ったな」

「う、うす。ただいま、父さん……父さん? えっと、そのぉ」


 だが、数年ぶりの再会を果たした父親は、チユリを一瞥いちべつしただけで目を逸した。そのまま、いそいそと車のタイヤに向かって屈み込む。

 昔から頑固一徹がんこいってつ生真面目きまじめで凝り性な父親をすぐにチユリは思い出した。


「ふむ、セミレーシングのタイヤは馴染なじむ。だが、そうなると車高をもう10mmミリ落としたいが」

「あのー、父さん? パパ、父様、お父上……?」

「いやなに、見た目も大事でな。しかし、今のセッティングはかなりいい。悩ましいのう」

「ア、ハイ……ってか、なに? なんで豆腐屋とうふやのオヤジみたいなこと言ってるの?」


 ようやくのんびりと、助手席から弟が降りてきた。

 彼は手元の端末を操作しながら、いつもの呑気のんきな笑顔を浮かべている。


「おかえり、お姉ちゃん。あっ、そちらの方がメールにあった? うわー、はじめましてー」

「はじめまして、義姉様おねえさま、私は長らく弟さんとお付き合いさせて頂いてて、先日せきを入れさせて頂きました――」


 弟の端末の上に、小さな立体画像が浮かび上がっていた。あれが多分、弟の伴侶はんりょだろう。それはわかるが、父の奇行になかなか頭がついてかない。

 そして何故なぜか、メリアはランエボⅤとかいうクラシカルなスポーツカーを前に頬を赤らめている。


「あっ、えっと、これはですねえ……義父様おとうさまが私の新しい肉体に夢中でして」

「ちょ、ちょっと、言い方っ!」

「あら、確かに。でも、義父様が一番私を上手く乗りこなせるんですよねえ。やっぱり、新しいボディにしてよかったです。もっとも、何十年も前のレプリカモデルですけど」

「だから、義妹いもうとよぉぉぉぉぉ! 言い方、言い方が! ぐあーっ、愚弟ぐてい何故なぜにニッポリほがらかに笑ってるかー!」


 突っ込まずにはいられない状況だったが、どうやら家族仲は良いらしい。入念に足回りをチェックしていた父親は、そういえば昔から車好きだったような気がする。そんな簡単なことすら、チユリは忘れていたのだ。

 人の「好き」は、意外性にあふれているし、根拠も論理もない価値基準だ。

 そしてそれは、アンドロイドも同じなんだと思う。

 弟と父親、そして義妹がマニアックな車のチューニング談義に入ったところで、チユリは溜め息が溢れた。安堵と苦笑が入り交じる、とても安らげる溜め息だった。


「ねね、メリア」

「はいっ! あ、いえ! これは浮気ではないんですっ! た、ただ……こう、昔のスポーツカーって……えっち、ですよね。こう、デザインのラインが全体的に」

「あっ、そういう……え、ちょっと待って、なんで? だって、自動車だよ?」

「いえいえ、いーえっ! かなりセクシーです! ほら、あのエアダムとかリアスポイラー見てくださいよ。こう、興奮を禁じえませんよねっ?」

「……ごめん、ちょっと上級者過ぎてわからないけど……でも、わかりたいな」


 チユリはメリアの手を握って、隣に優しく微笑ほほえみかける。


「メリアってさ、博士が造ったからあたしの情報とか事前に入ってなかったんだよね?」

「そうですよ? でも、それって……割りと当たり前じゃないですか? 人間同士だって、相手を知らない状態から恋愛を初めて、知りゆく仲で関係性が深まりますよね」

「まーね。……そっか、じゃあそういうことか」

「ですですっ! 、そういう感じだと思いますよ? そして今は……ベタ惚れというか、惚れた弱みというか。……もーっ、言わせないでくださいよぉ!」


 メリアを造った老人が願った、アンドロイドの自由。

 それははからずも、意外な形で実現していたのだった。

 ここに一人、人間でもそうそうない形で恋愛を自由に謳歌おうかする乙女がいる。革命の女神ではなく、誤配送で運命に出会った普通の少女だ。彼女はその身にまだ、軍隊総動員レベルの兵器を収めて、それを永久に眠らせている。


「うし、行こうかメリア! あたしんちでさ、あたしの家族に会って……家族になってよ」

「はいっ! いささか独創性には欠けますが、最高の殺し文句ですねっ!」

「でしょー? ずっと、ずーっとねんごろにしちゃるけえなあ……ゲヘヘヘヘ」

「そういうとこですよ、チユリ? もー、本当にわたしがいないとチユリってば。あと、浮気したら半殺しですからね? それくらいっ、好きですから!」


 時は近未来、近くはないけど手が届く明日。

 AIやロボットの技術は進化の果てに、人類を孤独から救ったのかもしれない。人間だけが万物の霊長であるという、孤高を気取らざるを得ない状況をひっくり返したのだ。

 新たに生まれたその種族を、人は人として迎えるだろう。

 だから、チユリはそれをやってるだけの普通の同性婚を迎えるだけなのだった。

 

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フルメタル・リリィ ながやん @nagamono

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