流星雨

宵闇(ヨイヤミ)

第1話

『………で発生した台風は今週末にも本州に上陸する見込みで……』

 液晶画面から台風の情報が流れてくる。この予報通りなら明後日にはここに到達することだろう。実際に暴風域に入るか、それとも強風域に入るかが問題だ。

 どうやら今回は勢力が強いものらしく、十分に注意をするように、とどの報道番組でも言っていた。それ程に今回は強いものということなのだろう。

「明人、夕飯出来たから早くリビングに来なさいね」

「あぁ、わかった。すぐに行くよ」

 母に言われ、俺は足早に階段を降りる。少し高さのある段からあを踏み外さないよう、注意しつつ降りて行く。

 リビングの戸を開けると、台所からは調理器具を洗う音と、石鹸の香りが微かに漂ってくる。蛇口を捻り、出した水が泡を流す。それは風に吹かれて飛んでいく葉のようにさらさらと。

「お父さんね、仕事で少し遅くなるそうだから。先に食べちゃいましょうか」

「そう、だね……いただきます」

「いただきます」

 “仕事で遅くなる”か……普通に聞いてれば何も疑問に思う点は無いだろう。だが俺は知っている。親父が母に隠れて『不倫』しているということを……………

 

 夜十時半頃、親父が帰宅した。そして、母は就寝しており、俺は部屋に篭っていた。

 


 〜翌朝〜

 


 いつも通り目覚まし時計の音で目が覚め、朝食を取り、学校へ行く支度をして七時半頃に家を出た。すると目の前には幼馴染の優香が立っていた。

「明人、おはよっ!」

「あぁ、おはよう。今日も元気だな」

「私は元気なのが取り柄だからね!そんな明人は今日も暗いというか……静かそうだね」

「これが平常運転なんだよ」

「まぁ知ってるけどさ。何年一緒に居ると思ってんのよ」

 優香は餌を詰め込み過ぎたハムスターのように頬を膨らましてこちらを見ていた。その姿は何とも可愛らしいものだった。

「あ、そうだ。明日暇?空いてる?どうせ空いてるよね?」

「俺の意見聞く気ある?まぁ空いてる訳ですが……どうしたの?」

「プラネタリウム行かない!?[#「!?」は縦中横]割引券貰ったんだけど明日までなんだよねぇ」

 明日といえば、予報では台風が来る日だ。

 それもあって今日は朝から雲行きが悪い。

 朝から空は暗く、日など差してはいなかった。このままいくと予報通り夕方か夜中辺りから豪雨になることだろう。そんなんでプラネタリウムなんて、行けるわけがない。

 それに行くには電車を乗り継ぐわけだが、その駅に行くのすらまず大変だし、電車が止まる可能性だってある。

「明日台風来るんだよ?行けるわけないだろ……」

「安心してよ!プラネタリウムは、私の家でやるから!」

「は?」

 え、この子は何を言ってるんだ?こいつの家がプラネタリウム?あぁ、そういえば前に機械を買ったって言ってたな。確かそれを使うと星空を映し出せるとかなんとか……

 とにかく優香は俺にそれを見せたいということなのだろうか。だが明日は台風で天候が荒れる。そんな中彼女の家に行くのは少々難しいだろう。確かに家同士はそんなに離れて居ないが、着くまでに服が濡れてしまう気がする。もしそうなったら床を濡らしてしまう。

「じゃあ明日朝十時くらいにうちに来てね!またお菓子か何か用意しておくからね!」

「いや、俺はまだなんとも………」

 俺の意見など最初から聞いていなかったらしい。俺が明日行くことを何故か確定とし、俺が有無を言う前に去っていってしまった。

 


 〜翌日〜

 


 朝から外では土砂降りの雨と、木々を揺らす強風が吹き荒れていた。スマホを見ると、優香から『いつでも来ていいからね!』というメッセージと共に、『おはよう』というスタンプが添えられていた。

 

 渋々俺は優香の家へ向かう用意をする。傘だけでは心細くなる程の酷い雨だったので、カッパを着ることにした。

 

 荷物もカッパの中へ入れ、腕を通す。傘を差し、視界が悪い中を歩く。

 歩いて十分程が経った頃だろうか。やっと彼女の家に着いた。門灯がついていて、暗がりの中を照らしていた。

 《ピンポーン》

 インターホンを鳴らすと、向こう側から『はーい』と言う優香の明るい声が聞こえてきた。『俺だ。言われた通り来たぞ』と応えると、『本当に来てくれたんだ!待ってて、今開けるね!』と言われた。

 《ガチャリ》

 音を立て玄関が開けられる。

「明人早く!」

 門を開け、俺は玄関から中へと駆け込む。

「お邪魔します」

 家の中へ入ったあとは、優香が『早く部屋に来て!』と言われ急いで部屋に入り『飲み物持ってくるからくつろいでて』『何か食べたいものある?』などと質問責めをされ、着いたはいいものの全然落ち着かなかった。

「それで?プラネタリウムって言ってたけど、それってこの前言ってた機械の事か?」

「そうそう!よく分かったねぇ」

「お前昔から星好きだったしな。それにその機械前から欲しがってたろ?」

「やっと買ってもらえたんだぁ〜」

 そう言いながら彼女は機械をいじり始めていた。そして部屋の電気を消す。するとどうだ。その瞬間、部屋の天井一面が満天の星空へと変わった。

「それは……」

「この機械使うとね、プラネタリウムみたいに綺麗な星空を家でも見れるんだよ。ね?これ、綺麗でしょ?」

 それは、普段見ることの出来ない様な星空だった。プラネタリウムに行った時に見れる空ではある。確かにそうだ。だけど、何故だろうか。まるで山の中で実際に星空を見ているような気分になってきた。

「綺麗だな」

「でしょ、でしょ!?[#「!?」は縦中横]これ早く見せたかったんだぁ〜」

 そう語る彼女の顔はとても嬉しそうだった。

「ねぇ、明人」

「何?」

「実は私ね、これだけじゃなくて、明人に伝えたいこともあったんだ」

「改まってどうしたんだよ」

 正座をし、もじもじと何かを躊躇うかのようにして彼女はこちらを向く。暗がりではっきりと見えない彼女の顔は、俯いている。

「わ、私ね…ずっと前から、明人の、ことが……その、す、好きだったの…!」

「ん…?え、俺?何、ドッキリ?」

「違うよ、本気」

 ん?んん?んんん?これは夢か?ドッキリなら早くそう言ってくれ。現実のはずがないんだ。優香は俺の幼馴染で、ずっとそのままの関係で、そんな、恋愛とか……そうなるなんて、思ってもみなかった。それに、そんな事を考えてはいけないと思っていた。

「優香」

「な、何…?」

「本当に本気、なんだな…?」

「も、もちろん…!」

「……そうか」

「嫌、だった…?」

「いや、嬉しいよ。ありがとう。俺も、好きだよ。優香のこと」

「え、嘘…… 本当に?」

 そう、俺は考えないようにしていた。ずっと、ずっと前から優香のことを異性として、恋愛対象として見てしまっていた自分から目を背けていたんだ。

 彼女はそんな風に俺の事を見てくれてはいない。見ているはずがない。そう自分に言い聞かせていた。

 だが今、こうやって彼女は俺のことを好きだと言ってくれた。これが俺にとってどれ程嬉しいことか。

 俺がこれを断る理由なんて存在するはずがない。寧ろ了承する以外にないだろ。俺は優香の方を見つめ、暗がりの中で確かに揺れていた目を見る。それはどこまでも真っ直ぐに想いを伝えたと、そう言っているような気がした。

 

「こんな俺でいいなら、これから、いや、これからもよろしくな。優香」

「……っ!はい!」

 



 もしこの台風の中、俺がプラネタリウムを見ようと誘われ、それを了解し、ここに来ていなかったら、きっとこの出来事は起こらなかったんだろうな。

 最初は正直後悔しそうだった今日が、今、幸福の瞬間へと変わった気がした。

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流星雨 宵闇(ヨイヤミ) @zero1121

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