~第二話~ カスミとマユコ

 病室に案内されたカスミは、深呼吸して扉を開いた。

 部屋は四人部屋で奥の左側のカーテンの奥に母親はいる。

「ママ、大丈夫? 」

 中学に入ってからは、母さんと呼んでいたはずなのに、口から出たのは小さい頃の呼び名だった。

 カーテンをそっと開くと窓の外を眺めながら横たわる母親の姿が見えた。


「カスミごめんね、しばらく帰れそうにないかも」

 慌てて身体を起こそうとする母親の背中にそっと手を添えてベッドを起こした。

「あの子は……」

 母親の目線はある一点に注がれていた。


 部屋の隅に何かがうごめいているのは気がついていたカスミはずっと気が付かない振りをしていた。

 それなのに、母さんはカスミに聞いて来た。


「あの子は誰なの? 部屋の隅にいる女の子……」


 母親には霊感なんてあるはずは無い、カスミはタクマにそっと目配せした。


 タクマもカタヤマも、さっきからじっとその部屋の隅をにらみつけている。


「ママ、誰もいないし、幻でもみてるんちゃうの? 」


 カスミは母親の目線の先にいる女の子を横目で見ながら母親を安心させるように言った。


 高学年位の女の子で髪の毛は肩まで、ランドセルは赤く古びた物で、表情は寂しそうな顔でずっと下を向いている。

 病室の中には悲しみのオーラが渦巻いている気がした。


 熱が高く、原因不明だが、元々持病もある事から、数日の入院が必要だと担当医から聞かされ。父親にそれを報告して、母親が眠るのを確認してから病院を後にした。



 カスミは部屋を出る時に、その女の子に声をかけた。

 キッパリとした声で「成仏したいならついてきなさい」


 一番後ろからとぼとぼとついて来る姿を確認しながら家路を急いだ。


「カスミちゃん、なんでこの子を連れて来るんだよ、僕を連れて行った張本人なのに……」


 さっきから、ブツブツと文句を言うタクマを無視しながらカスミは誰もいない家の鍵を開けた。


「タクマ、ちょっと黙っててくれへん? 私がちゃんと聞いてみるから!とにかく私眠たいねん、明日や明日!」


 帰宅してから風呂にも入らず、ベッドに倒れ込んでまもなくカスミは眠りに落ちた。


 ※※※※※

「カスミ起きろ!朝やで」

 父親の声に朝だと気がついた、母さんの入院を聞いて慌てて帰って来たらしい。

 部屋を見渡すとカスミの部屋の隅に体育座りしている女の子がいる。


 そうだった、あの子を連れて来たんだと寝ぼけた頭で考えた。


 服を着たまま寝ていたことに気づき、これから学校に行くのに、とりあえずシャワーを浴びようと思った。

 リビングに行くと父親が新聞を読んでいた。


 単身赴任をしてから覚えたという父親は朝ごはんを用意してくれていた。

 目玉焼きとお味噌汁そしてそれは、

 母親が作るものと変わらないくらい美味しかった。


 シャワーを浴びて部屋に戻り制服にスチームアイロンをかけていると、部屋の隅にいる女の子が、初めて声を出した。

「お父さんもお母さんも優しそうで羨ましい……」


 そちらを見ずにカスミは返事をした。

「辛かったね、ずっと一人で頑張ったんやね、寂しかったね」

 その優しい言葉を聞いていた女の子の嗚咽おえつする声が聞こえてくる。


 小さな身体で、耐えて来たんだ。何も聞かなくてもカスミには気がつくし、経験した事が映像として流れて来る。

 夫婦仲も悪く、ちゃんと食事も与えられずに病気が悪化して死んだ。

 本当は死なずに済んだはずの命。


 この子をちゃんと成仏させてあげなくてはと思った。


 定員オーバーだけど、それが私にできることなんだ。


 タクマに向かってカスミは声をかけた。


「タクマ、そういうことやからしばらく仲良くしてや」


「僕は何年も待ってやっと背後霊になれたのに……ずるいな、でもあの時なんで僕を連れて行ったんだよ」

 タクマは女の子をにらみながら言った。


「タクマ、仲良くしてあげへんのやったらあんたをメンバーから外すで……」


 その言葉が一番効くことをカスミは知っている。


 タクマが黙るのを確認した。

 とにかく、学校に行かなきゃ。


「ほんで、あんたの名前は? なんて呼ばれてたん」


 返事を渋る女の子を見ていたら頭に名前が浮かんできた、(真由子……)「マユコちゃんやね、またゆっくり話を聞くからな」


 初めて少しだけ、笑ったマユコは大きくうつむいた。


 三つ又の呪いだと既に感じていた、あの病院の場所がきっと三叉路

「三つ又」古くから特別な場所だと言われる場所に建てられた病院。

 道が分かれる場所、そしてその道とは現世とあの世をつなぐ、という意味合いもある。だから、愛犬や愛猫が死んだら、あの世まで迷わないように行き着くように三つ又に埋めるようになった。

 そこに吸い寄せられたたくさんの浮遊霊、行き場を失った悲しい場所。


 そこから逃げ出せなくなっている、たくさん呪縛霊や浮遊霊


 そして、割と自分達の近くにそんな場所があることを誰も気付いていない。


 小学校や中学校などの多くがそんな場所に建てられていることを。


 マユコは寂しくてタクマを連れて来たのだろう、勝手なことではあるけれどあの場所に長くいるだけで、そんな力が身についてしまう。




※つづく

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