第9話 光溢れる世界へ

 俺はエルラウラとの騒動にケリをつけて川の水面亭へと戻った。

 あー、この気配だと起きてるな、レイラ。

 階段を上がって部屋へと向かい、鍵を開けて静かに中へと入る。


「おかえり。叔母様、どうだった?」


 何も身に着けていないレイラがベッドの縁に座り、こちらを見上げていた。

 窓の隙間から差し込む細い月の光がレイラの裸身を薄っすらと浮かびあがらせる。

 "芸術品のような"とは、正にこの事を言い表す言葉だな。 

 どうやらレイラも、俺がエルラウラに呼び出された事は分かっていたようだ。

 まぁ、俺が感じ取れるなら、レイラだって感じ取れていた筈。自分の想いを肯定してくれた叔母の事は、少なからず気になっていただろう。

 もっとも、そういう事をおくびにも出さずに、俺と致してた訳だが。

 流石というか何というか。


「ケリはつけた。それと、行った先でメルキアニアに会ったから、4日後に二人で挨拶に出向くと伝えておいた。盛大におもてなしするとか言ってたぞ?」


 俺は服を脱いでレイラの隣に腰を下ろす。すかさずレイラが俺の身体にもたれ掛かってくる。


「あー、いきなり披露宴とか言われそうー ところで、何故4日後なの? ワタシならもう大丈夫よ?」


 下から見上げるように俺へ視線を送りながら、自分の胸へと俺の手を押し当てる。俺はレイラを膝の上に抱き上げると、その身体を優しく撫で回す。


「折角だから、こっちの結婚衣装で乗り込んで、驚かせてやろうと思ってな」

「あは♪ それ、いいかも♪ たまにはお母様にも驚いてもらわないとね♪」

「それに、気持ち的にももう少し落ち着いてからの方がいいだろ? 弄られるの、分かりきっているんだからな」

「確かに♪ じゃあ、気持ちが落ち着くまでたっぷりとワタシを愛してね、レック♡」


夜はまだまだ長い。


◇◇◇


 ワタシが目を覚ましてから一週間。今の身体の扱いにも随分慣れてきた。

 本当なら療養リハビリが何年も必要らしいんだけど、レックが色々頑張ってくれているお蔭で、特におかしな違和感もなく過ごせている。

 レックいわく、"致している"時が一番神経が敏感になっていて、かつ、気持ちも高揚しているから、精神こころと身体を整合させるにはもっともいいのだとか。

 うん♪ 療養リハビリの為にも、レックとたくさん致さないとね♡

 それはともかく、今、ワタシ達はお母様への挨拶に向かう為、旅の準備をしていたところだ。

 旅と言っても、ワタシの実家のある鉱山都市マイノスの近くまでグラウンドリープで転移するとぶのだけど。

 実家に直接転移する事は出来ない。転移除けの結界魔法が施されているから。実家だけでなく、街の重要施設には全て結界魔法が施されている。

 逆に言うと、重要施設でない場所なら転移出来るけど、門で手続きしてないと、何かあった時に不法侵入で罰せられてしまう。ここは素直に街の外へ転移して、正規の手続きで入る方が無難ね。

 そういう事で、ワタシ達は旅装束に着替え、背負う荷物を用意していたところだ。


「ねぇ、レック? ワタシ、こんなに荷物少なくていいの?」


 ワタシの身体に合わせた箱付きの背負子しょいこ。ワタシはこの手のモノを背負った事はない。商会の行商では馬車やそれに準じたものを使っていたから、ワタシが持っていたのは、上着の懐に入れた財布くらいなもの。なので、初めて荷物を背負うのを少し楽しみにしていた。

 なのに、背負子の中にはあまり物が入っていない。入っているのはお土産にするお酒や酒の肴、替えの衣服くらい。箱の3分の1くらいしか入っていない。

 だから、レックに聞いてみた。


「前より重心が高くなったその身体でいきなり重い荷物を背負うと、背中からひっくり返るぞ? まずは荷物を背負う事に身体を慣らさないとな」


 ちゃんと考えがあった事だったわ。うん、旅に関してはレックに従っていこう。

 レックの荷物は相変わらす大きい。歩いて旅するのだから、野営の道具や食料、替えの衣服があるのはもちろんだけど、レックの場合は治療や薬の調合の道具、薬の材料もあるから、大荷物になるのは致し方ないのだろう。この大荷物が、たくさんの人達を救ってきたのだから。

 荷物を背負うと、ワタシ達は部屋を出、階段を降りて宿の出入口の受付カウンターへと向かった。


「おかみさ~ん! 世話になった~! そろそろ行くな~!」

「あいよ~!」


 レックが声を掛けると、厨房から宿の女将がやって来た。食事の仕込みでもやっていたのだろう。


「おかみさん、ご迷惑をお掛けしました」


 ワタシが頭を下げると、女将は笑いながら手をひらひらと振った。


「いいって事さね! さすがに血まみれで担ぎ込まれた時には驚いたけど、すっかりきれいに治してもらってよかったね!」

「はい! レックは最高の治療士で、最高の旦那様です!」

「うんうん! 子供が産まれたら見せにきておくれよ? 楽しみにしてるからね!」

「はい、必ず! ね? レック?」

「二人とも気が早い…… それじゃ、おかみさん、また」

「あいよ! 気を付けてな!」


 笑顔で川の水面亭を後にするワタシ達。荷物を背負ったままでの歩き方などのレクチャーをレックにしてもらいつつ、ワタシ達はリバイドの街の外へと出て、人目につかない場所でグラウンドリープを使って転移した。


◆◆◆


 切り替わった風景に目を慣らすべく辺りを見回す。眼前には、途轍もなく大きなすり鉢状の窪地。背後には、上が見えない程大きな岩山。


「ここは……マイノスの旧市街か? なるほど、お前さんの実家に行くなら、こっちからの方が近いな」

「さすがレック♪ すぐに分かっちゃったわね♪」


 マイノスは露天掘りの鉱山で働く者が寝泊まりをする為に作ったのが始まりだ。しかし、露天掘りは悪天候に弱い。排水路を整備しないと水が溜まるし、採掘中の場所は風雨で崩落しやすいから危険だ。

 だから、隣の岩山を、市街の造成前提で計画的に掘削し、岩山内に出来上がったのが新市街、今のマイノスという訳だ。

 鉱山都市マイノス。またの名を岩窟都市マイノス。

 魔族領内でも屈指の観光都市。

 ちゃんと市街に万遍なく風が通るように設計されているから、外縁部以外は常に日陰なこの都市は、夏の避暑にももってこいだったりする。

 で、マイノスに入る為には2つのルートがある。

 1つは岩山の麓の街門。そっちがいわゆる正門で、ほとんどの者はそっちを通る。

 そしてもう1つが、俺達が今いる、旧市街とを繋ぐ街門。露天掘りは岩山の中腹から広がる台地で行われていた。だから、こちらの門は岩山の中腹にある。

 そして、目的地のノスフェラウ邸はマイノスの最上部にある。なので、こちらから入った方が近いという訳だ。

 それと、正門は人出がある為、入門に時間が掛かるが、こっちなら人通りも少ない為、速やかに入門出来るというのもあるな。

 俺達は街門に向けて歩きながら、懐から鎖の付いたメダリオンを取り出した。これは魔族領での身分証明に使うもので、レイラのはノスフェラウ家の直接の縁者を示すもの。俺のは現魔王グラムゼラーを治療した時に彼から直接与えられたものだ。彼から貰う前はメルキアニアを治療した時に貰ったものを使っていた。そのメダリオンは今は大切に仕舞ってある。

 俺達が門に近付くと、2人の衛士が竿状武器ポールウェポンで行く手を阻んだ。


「人族ごときが我らの街に何用だ?」


 魔地民の男は背が低いが決してひ弱などではない。筋肉の詰まったがっしり体型だ。魔地民は魔法を巧みに操るが、それは女の方が多く、男は寧ろ白兵戦を好む者が多い。敏捷性では劣るが、膂力は脳筋種族の魔水民にも劣らず、自分の身の丈以上の武器を軽々と扱うし、頑丈だが重い防具も着られる。こういう衛士のような仕事にはうってつけだろう。

 もちろん、男でも魔法が得意な者もいるし、女でも白兵戦が得意な者もいる。個性に合わせて努力、修練するのは誰でも、どんな種族でも同じだ。


「魔族領での身分証だ。確認してくれ」

「早く手続きしてくれると助かるのだけど?」


 俺はメダリオンを衛士の1人に見せる。レイラはもう1人の方に見せていた。どちらの衛士も、メダリオンを確認した瞬間、動きが固まっていた。


「こここ、これは、魔王様のメダリオン?!」「こここ、これは、ノスフェラウ家直縁者のメダリオン?!」


 同時に別の事叫ばれると煩いよな。


「人族の癖にこのような物を持つお前は!?」「人族と思しき男に同行するノスフェラウ家直縁者な貴女様は!?」


 いいからさっさと通してくれんかな?


「レック・セラータ!?」「レミアレイラ様!?」


 レイラがこっちに転移したとんだのは正解かもしれん。正門だと大騒ぎになっていたな……

 レイラが人族の俺と結婚を望んでいる事はレイラの宣言直後から物議を醸し、一部の困った奴らが過激な行動を起こそうとした事もあった。

 たが、俺がグラムゼラーを治療した事と、レイラが家督相続放棄をした事もあり、現在では比較的好意的に受け止められている。

 なので、人族と共にいるノスフェラウ家の娘となるとレミアレイラだというのが魔地民の認識だ。


「分かったなら通してくれ。族長殿に用事があるんでな」


 いつもなら"メルキアニア"と呼び捨てにするが、これ以上揉めるのも面倒なので、少し丁寧な呼び方にしておく。


「お勤めご苦労様♪ ちゃんと仕事してくれているようで何よりだわ♪ お母様に報告しておくから、名前、教えてちょうだい?」


 巧いなレイラ。流石は支配人。下の者の扱い方を心得ている。いい意味で上に名前を覚えてもらえるのは、下の者にとっては誉れだ。

 それにしてもこの衛士達、この仕事に就いて日が浅いな? レイラの姿が変わっているのに突っ込みが来ないところをみると、レイラ自身を初めて見たのだろうな。レイラの顔見知りがいて、変にトラブらないで済んだのはありがたい。


「じ、自分はドルム、この者はグルフと申します。知らぬ事とはいえ、大変失礼しました!」

「大丈夫よ♪ さっきも言ったけど、アナタ達はちゃんと仕事をしただけだものね♪ それじゃ、通るわね♪」

「はっ! どうぞお通り下さい!」


 まぁ、俺が魔族領の街に寄るとよくある事だからな。

 裏門から街に入ると、いきなり新市街の第3層に出る。マイノスは下から第1層、第2層となっていて、第7層まである。第4層までが一般人の立ち入る事の出来る層。第5層は魔法や魔道具の研究施設や鉱山から産出された物の中でも真銀ミスリルなどの特殊な金属を加工する施設があり、第6層は研究者や作業者、魔地民の重鎮とその家族の住まう場所、そして第7層はノスフェラウの家系の者のみ住まう事の出来るエリアだ。

 そして、第1層から第4層では、階層が上がるほど格式も上がる。今いる第3層は魔族でも中流階級以上が訪れる場所だ。店や宿も品があり、当然、それに見合うだけの価格になっている。


「レイラ、何処かの店で着替えてから実家に向かおう。この階層以上は旅装束だと逆に目立つ」

「そうね。専用トラムで行けばそんなに汗もかかないし、上層に上がる時に旅装束だと面倒そうだから、それがいいと思うわ」


 裏門付近には、更衣室を貸すサービスをしている服飾屋も多い。そして、街中は魔道具技術で作られた軽量軌道交通トラム網が敷かれている。なので、そこで整った服、リバイドで買った結婚衣装に着替えて、値段は張るが店から専用トラムを手配して向かうのが楽だろう。上層、第5層以上は層を上がる度に検問があるが、専用トラムなら乗車時、先に身分を証明しておく事で検問をフリーパス出来る。

 手頃な店に入り、着替えてから専用トラムを手配する時、俺達のメダリオンを見た店員が裏門の衛士と同じ状態になっていたが、手配自体は速やかに行われ、店の前の軌道まで高級な造りの小型車両がやってきた。

 運転手にメダリオンを見せつつ、車両に乗り込む俺達。この運転手は俺達のメダリオンを見ても欠片も動じず、恭しく礼をしながら扉を開けてくれた。

 4層、5層、6層と上がり、程なくして第7層はノスフェラウ邸の正門前へと到着した。


「相変わらずデカイよな、この屋敷」

「それはそうよ。なんてったってノスフェラウ家の本家ですもの。さぁ、レック、覚悟はいいかしら?」

「覚悟なんてとっくに出来てるさ。お前を受け入れた時からな」

「ウフフ、頼もしいわ♪ ワタシは少し緊張してるわよ? さぁ、行きましょうか♪」


 レイラが門扉に手をかざすと、門が大きな音を立てて開いた。この門には識別の魔道具が仕込まれていて、予め登録された魔力反応を持つ者が手をかざすと開く。登録されていない者が手をかざすと、門は開かず、中の使用人に来客を知らせるようになっていて、使用人に開けてもらわないと入れない。

 玄関までのアプローチをレイラと腕を組んで歩く。レイラをちらりと見ると、若干顔が強ばっているように見える。


「大丈夫だ、レイラ。何を言われても、俺がお前を娶る事に変わりはない。もし反対されても、お前を抱いて逃げてやる。だから、安心しろ」

「レック…… うん、分かったわ♡ ありがと、レック♡」


 そして、玄関に辿り着いた俺達は、2人で一緒に取っ手を握り、扉を開いた。

 その向こうに広がった光景は……


「「「お帰りなさいませ! 旦那様! 奥様!」」」


 そう来たか……


◇◇◇


「「「お帰りなさいませ! 旦那様! 奥様!」」」


 玄関を開けると、そこには使用人達がズラリと整列していた。

 て言うか、奥様!? あ、いえ、間違ってはない。間違ってはないけど! それにレックを旦那様!? これも間違ってはないけど、ワタシ、家督は放棄したから!! 家なんて継がされたら、定住出来ないレックと離ればなれになっちゃうじゃないの!!

 お母様めぇ~~!!


「お帰りなさい、レック、レイラ♪ って、あら? あらあらあらあら!?」


 使用人の列の奥から現れたお母様が、目を丸くしてこちらにやってきた。

 そのままワタシの目の前に来ると、手のひらをこちらに向けるようにして右手を突き出してきた。ワタシも思わず左手を突き出し、お母様と指を合わせる。

 そして、まるで窓を拭くように動かす。


「「なぁ~~んだ! カガミか!!」」

「お約束過ぎるわ!!」


 レックからの鋭い突っ込みが炸裂した。


「レイラ、少し見ない間に大きくなって……」

「まぁ、色々あってな。主にエルラウラとの事で」


 ワタシの代わりにレックが答えてくれる。あの時、ワタシは意識がなかったから、答えようもないのだけれど。


「これだけ体型が変わっているという事は、レックが治療術で再生してくれたのよね? 巨大屍人ギガントコープスコアにでもされたのかしら?」


 さすがお母様。伊達に魔地民の長はやってない。


「その通りだ。で、レイラが前に、お前さんのような体型になりたいと言ってたんで、再生させるついでに、アンタの血を強めに出したらこうなった」

「なるほどね……ちょっとラウラとOHANASHIしてくるわね……」


 瞳に剣呑な光を湛え始めたお母様。マズイわ! 止めないと!


「いいのよお母様! このお蔭で結果的にはレックに受け入れてもらえたの! 叔母様には感謝しているから!」

「俺も後から思ったが、エルラウラなりのお節介だったのだと思うぞ? 焦っていたのもあるだろうが、攻撃が結構ぬるかったからな。姪っ子の為を思っての事だ。許してやれよ?」

「まぁ、2人がそう言うなら…… ところでレック。ノスフェラウうちの娘を食べ食べしちゃったという事は、ノスフェラウ家うち入籍してはいってくれるという事で良いのよね?」


 目を細めたお母様がレックに尋ねる。さっきの使用人達の挨拶といい、これがお母様の"おもてなし"だった訳ね。

 でも、レックはここには留まれない。ワタシだって留まるつもりはない。

 純魔法の事はお母様も知っているとレックが言っていた。だから、それはお母様も分かってる筈なのに……


「メルキアニア、分かってて言ってるよな? 俺がここに留まったら、お前さんの大事なしろが崩れっちまうぞ?」

「あら、私が期待しているのはレイラの子供よ? 2人の子供なら優秀に違いないもの。種だけ付けてくれれば、貴方は何処となりと行ってくれて構わないわ。後は私がきちんと育てますから。ノスフェラウの後継者としてね」

「お母様!! ワタシは家督を放棄すると言った筈です!!」

「そうね。だから、貴女の子供に継がせるのよ。子供については、貴女は何も言わなかったでしょう? 貴女も、子供を産んだらさっさと出て行っていいわよ?」

「なっ?! お母様、もしかして最初から!?」


 ほとんどの者が反対する中で、お母様と叔母様だけはワタシの気持ちを分かってくれたのだと思っていたのに……


「この世界最強とはいえ人族よ? 近くに居させる訳ないじゃないの。さぁ、レイラ、私の傀儡術で精神こころを封じてあげるから、ゆっくり眠りなさい。次に起きたら、貴女はお母さんになってるわよ?」

「嫌よ!! ワタシは自分の意思で、心で、レックに愛して貰うの!! いくらお母様であっても、ワタシの想いの邪魔はさせない!! 【コンフュージョン・ストライク】!!」


◆◆◆


「嫌よ!! ワタシは自分の意思で、心で、レックに愛して貰うの!! いくらお母様であっても、ワタシの想いの邪魔はさせない!! 【コンフュージョン・ストライク】!!」


 【コンフュージョン・ストライク】は被弾した相手の精神を混乱に陥れる闇属性の魔法。精神が混乱させられると、魔法が使えなくなったり、弱点を狙う等の理知的な行動が取れなくなる。

 効けば相手を一時的に無力化出来るが、相手の魔法能力が高いと全く効かない。本来は格下の相手を無傷で無力化する為に使う魔法だ。普通はメルキアニアに効くものじゃないが……


「う……あ……まさか……レイラごときが私の魔法防御を突破してくるなんて……」


 溢れ出た激情が後押ししたのか、メルキアニアが前後不覚に陥っている。


「レイラ! 行くぞ!」

「ええ!! お母様、さようなら! ワタシはワタシ自身の能力ちから精神こころでレックと幸せになります!!」


 そう言って俺の首に飛び付いてきたレイラを横抱きに抱えて走り出す。


「お前達、追いなさい! 私が行くまで2人の動きを止めるのよ! レック・セラータに触れられている間、レイラは魔法を使えない! 街の者を巻き込んでもいいわ!」


 おいおい、割と本気だな? 順路通りに降りていくと街に迷惑が掛かるな。なら!!


「ふんっ!」


ドオオォォン!!


 俺はレイラを片手で抱いたまま、玄関の扉をぶち破る。


「おりゃっ!」


ドオオォォン!!


「「「うわああぁぁっ!?」」」


 そして、身体を半回転させつつ、今度は襲い来る使用人達をまとめて吹き飛ばす。一応、死なない程度に手加減はしてやった。

 アプローチに飛び出し、門へと疾走する。門や館を取り囲む高い塀には、この街で産出した最高強度の素材と、メルキアニア自ら施した最高強度の防護魔法が付与されている。

 だが、そんな事は関係ない!!


「レック!!」

「俺とレイラの行く手を阻むものは、どんなものだろうと、俺が打ち砕く!! はぁぁぁあああっ!!」


ドッゴオオオォォォン!!


 門を突破し、そのまま光を取り入れる為の開口部へと全力疾走する。


「ちょっとレック?! まさか!?」

「そのまさか、だっ!!」


 俺達は光に向かって飛び出した。


◇◇◇


 レックはワタシを抱き締めたまま、光に向かって走る!


「ちょっとレック?! まさか!?」

「そのまさか、だっ!!」


 ここ、第7層なのよ!?


「きゃあああぁぁぁーー!!」


 目を瞑り、全力でレックの首にしがみつく。

 浮遊感、そして………


ドンッ!


 あれ? 思ったより衝撃は強くない。


ドンッ! ドンッ! ドンッ!


 一定のリズムで軽い衝撃と、何かが破裂したような音が鳴り響く。


「レイラ、見てみろよ。綺麗だぞ?」


 レックの言葉に、恐る恐る目を開けて前を見る。

 そしてワタシは目を大きく見開いた。

 目に映るは陽光煌めく青い空と何処までも続く大地。

 眼下にはマイノスの地下から流れ出た川がきらきらと輝いている。


 世界は、なんて綺麗なのだろう……


 下を見た事で気付いた。レックは、まるで見えない足場に跳び移るかのように降りていっている。一定のリズムで聞こえている破裂音は、レックが見えない足場を蹴った時に鳴っていた。


「レック、これも純魔法なの?」

「まあ、そうだな。空気を任意の場所に押し縮める。風船って知ってるな? あんな感じだ。で、それを踏んだ瞬間に破裂させて、その勢いで俺達を上向きに吹き飛ばしてやれば、落ちる速度を緩められるって訳だ。但し、破裂した空気は下に向かって拡がる。だから、下に誰かいると危ないし、建物とかも壊れちまう。こういう広い場所でしか使えないチョイ技だな」


 しばらくこれを繰り返して、街の外へと着地。無事、マイノスから脱出出来た。

 振り返ってマイノスを見上げる。

 10年前、レックと一緒になると宣言したあの日。一族から追われる事は覚悟していた。

 そして今日がその日になった。

 胸に去来する寂しさ。覚悟はしていたとはいえ、ワタシの味方だと思っていたお母様直々に追われるのは、想像以上に心に来た。

 目に涙が溜まる。でも、泣かない。こういう未来を選んだのはワタシ自身。だから、泣くわけにはいかない。

 そのワタシの肩に大きくて優しい手が置かれ、そして、ワタシを抱き寄せてくれる。

 その手の持ち主が言葉を紡ぐ。


「んったく、娘の晴れの門出だというのに、人を嵌めなきゃ気が済まないようだな、魔地民ダクヴェルグは。普通に祝福してやればいいものを。ほら、見えるか? レイラ」

「えっ?」


 レックが示したのは第7層の開口部。人影があるようにも見えるけど、遠すぎてよく分からない。


「ああ、すまん。少し待ってくれ」


 レックが後ろから両手でワタシの目を覆い隠した。少し驚いたけど、何やらレックに考えがあるみたいだから大人しく待つ。


「よし、これでいい。いいか? 俺の力で一時的にお前の視力を強化した上で、お前の目の前に空気を押し縮めて望遠鏡のようなレンズを作った。これで遠くのものをはっきり見られるが、逆に近くのものがまともに見られない。支えててやるから、勝手に歩いたりするなよ? 転んだりして危ないからな」

「うん、分かった。手を除けてもらっていい?」


 ワタシの言葉で、目を覆っていたレックの手が除けられ、ワタシの肩にその感触が移る。後ろからしっかり支えられている感じがワタシを安心させてくれる。

 ワタシは、ゆっくり目を開けた。

 最初の感想は、"世界が狭い"。

 暗い訳じゃないけど、はっきり見える範囲が狭い。

 視線をマイノスの上層に向ける。見る先が遠くなるほどはっきり見えた。

 そして、レックの示した先、第7層の開口部。その人影は……


「お母様……」

「メルキアニアが求めたのはな、お前の覚悟の最終確認だ。そしてお前は覚悟を示した。だから、メルキアニアはお前が一番欲しいものを贈ってくれたのさ」

「ワタシの、一番欲しいもの?」

「"自由"、さ」

「!!」


 堪えていた涙が溢れた……


「お前はもう、ノスフェラウの血に縛られる必要はないんだ。ノスフェラウとの決別を使用人の前で宣言した、というか、メルキアニアにさせられたんだからな。だから、お前はもう、"自由"だ」

「お母様…… レック!! お母様にワタシの声を届ける事は出来る?!」


 止まらない心の雫。それを拭いもせずにレックに尋ねる。

 レックは頷き、まるでワタシとお母様を繋ぐように腕を伸ばすと、もう一度ワタシに頷いた。


「お母様!! ワタシは……ワタシは!! お母様の娘で!! 幸せでした!! どうか……どうかお元気で!!」


 ワタシが言葉を発してから数セクド(=数秒)後、お母様は目を閉じ、口角を上げると、踵を返して奥へと姿を消した。

 肩を震わせるワタシを、レックが優しく、でもしっかりと抱き締めてくれる。ワタシはレックの腕の中で身体を回して、レックの背中に自分の腕を回した。そのワタシの頭をレックが優しく撫でてくれる。

 しばらくしてから、ワタシはレックから身体を離した。


「ありがと。もう大丈夫よ、レック」

「そうか。それじゃ、行くか」

「ええ……あ、レック。ワタシ、行きたいとこがあるんだけど?」

「何処だ?」


 それはモチロン……


「ユキカちゃんのところ。やっぱりキチンと話しておきたいの。同じ男性ひとを愛する者同士、仲良くもなりたいしね」

「……そうだな。分かった。俺も一緒に行く。俺がお前を受け入れたんだから、まずは俺が話を通す。それが筋だろう? エント村からなら次の往診先にはギリギリ間に合う。それでいいか?」

「もちろんよ♪ それじゃ、この前会ったところに転移するとぶわね?」

「いや、出来ればナラクド川の近くがいい。1日に2度も転移リープしたら、お前がへとへとになるだろう? 一度途中で野営しよう。野営にも慣れて欲しいからな」

「分かったわ♪ それじゃ転移するとぶわね♪」


 ユキカちゃん、どんなか楽しみね♪ レックが弟子に、そして妻に迎えたなんだから、いいには違いないし♪

 ワタシは、ワタシの新たな人生への期待に胸を膨らませ、術を解き放った。

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