clumsiness/another《中編》

tony.k

side-涼

「 楓って、夜に外へ出る時は必ずマスクしてるよね。理由でもあるの? 」

「 …なんか、つい癖で 」

「 癖? 」

「 中学に入った頃から葵に言われてるんだ。夜の外出時は必ずマスクしろって 」

「 …葵に? 」

「 うん…よく分かんないんだけど、変な虫がつかないようにって言ってた 」

 涼の疑問に対する楓の返答だった。

 12月を過ぎ、寒さが益々厳しさを増す夜、図書館を後にした2人は、街中を歩いていた。

 楓の試験勉強はいよいよ佳境を迎え始めていた。週末に会う事を控え、時間の許す限り放課後は2人で図書館へ通っていた。楓は今日もマスクをしている。

「 よく分かんないのに続けてるの? 」

「 …うん 」

 涼から見れば、その意味は明らかだった。楓の傍にいない時の葵による防衛線としか考えられなかった。対象は恐らく、女と男、どちらもだろう。

 幼なじみという立ち位置を保っているにも関わらず、言い付ける葵の気持ちも、理由も分からず守り続ける楓の気持ちも、涼には理解が出来なかった。

 理解出来ない事は他にもたくさんあった。頬に触れ、頭を撫でて、耳元で囁く。一見、恋人同士のスキンシップに見えるこの行為も、楓と葵にとっては日常だった。

 葵は楓に特別優しかった。楓が葵を見る目も他人とは違っていた。楓と付き合い始めた頃から改めて意識していた涼は、2人の親密度の濃さを目の当たりにする度、心がザワついていた。

 幼なじみだから-そんなはずはなかった。優しい涼にとって、嫉妬心を露わにしない事で精一杯だった。

 2月中旬にある大学試験が近づくにつれ、楓を応援する気持ちと、離れることへの寂しさや焦りの間で気持ちは激しく揺れ動き、葛藤する日々を過ごしていた。

 受からなければいいのに-最低だと分かっていても、そう思う瞬間さえあった。

「 それ、守らなきゃ駄目なの? 」

「 え? 」

 涼は珍しく苛ついていた。葵への嫉妬心によるものだった。

「 虫ならもうついてるよ 」

 涼は楓の腕を掴み、歩き出す。

「 どうしたの? 」

 困惑する楓に一切構わず、路地裏の奥へと入り、歩みを止めた。そこは周りがよく見えない程、暗い空間だった。

「 涼?どうしたの? 」

 問いかける声と同時に、楓を建物の壁に押さえ付け、貪るようにキスをした。戸惑いと息苦しさに、楓は涼の肩をぎゅっと握り締めていた。

「 …っ、誰か来ちゃうよ 」

 涼は楓の制服を下ろし始めていた。

「 大丈夫、誰も来ないよ 」

 楓の身体を強引に反転させ、自分の唾液で指を湿らせる。荒々しく中へ入れると、広がるよう暫く掻き回し、十分に解さないまま楓の中へ涼のそれを無理矢理挿入した。

「 いっ……いた…い…っ 」

 今の涼には楓の言葉も届いていない。楓の身体を反らせるよう背中を押さえ付け、漏れる吐息以外は何も発さず、腰だけが動き続けていた。

「 っ…やだ…りょ…う…… 」

 楓はぎゅっと目を瞑り、唇を噛み締めながら痛みに耐えていた。何が涼をそうさせているのか、分からなかった。

 果てる寸前、それを外に出し、涼は自らの手で絶頂へと到達させていた。いつも優しい涼からは、とても想像し得ない行為だった。

 楓を離し、ふらふらと後ろへ座り込んだ涼は、俯きながら肩で息をしている。そして、小さく呟いた。

「 ごめん、楓……ごめん……… 」

 こんな事をしたいんじゃない、可愛い楓を傷付けたい訳でも無い-今更悔いたところで遅い事は分かっていた。

「 嫌いにならないで 」

 頭を抱えて蹲り、涼の身体は震えている。楓は息を整えた後、足を引き摺りながら近づいた。

「 大丈夫だよ、涼…大丈夫だから 」

 楓は涼をそっと優しく抱き締め、囁いた。酷い事をしている筈なのに、楓の優しさに心が締め付けられ、苦しかった。

「 嫌いになんかならないよ 」

 この日を最後に、涼が楓を抱く事は無くなった。

 *

「 なぁ、涼…どうしたんだよ 」 

 沈む表情で黙ったままの涼の顔を伺い、賢二が問い掛ける。涼はベッドに膝を立てて座り、何も答えようとしない。

 高校の卒業式以降、涼と連絡が取れなくなっている事を案じた賢二が、自宅を訪ねて来ていた。

「 …もしかして、楓と何かあった? 」

 思わぬその言葉に涼の身体が反応し、顔を上げてようやく口を開いた。

「 …なんで?…楓のこと、賢二に話してたっけ? 」

 涼がバイである事を賢二は知ってはいる。自分の言葉がいきなり確信をついてしまったという戸惑いを隠せない表情の賢二は、言葉を選びながら話し続けた。

「 あ…いや、話してないよ。2人を夜の街で見掛けた事があってさ。その時…涼が…あの…楓にキスしてたから…あ、おでこにね、おでこ。なんて言うか、そうなのかなって思って 」

 その場を目撃しても、今まで何も言わなかったのは、自分の事をあまり話したがらない涼への気遣いだったのだろう。賢二もまた、優しい男だった。

「 そっか 」

 涼は楓を可愛いと感じると、周りの目も気にせずキスをする癖がついていた。その度に照れた反応を見せる楓が、涼には可愛くて堪らなかった。

「 うまくいってないの? 」

 恐る恐る問い掛ける賢二に対し、涼は首を2回振った。

「 もう、別れたんだ 」

「 えっ… 」

「 合格発表の日に別れた 」

 賢二は、掛ける言葉を見失い、黙ってしまった。

 大学受験の合格発表の日、楓から合格の連絡を受けた後、涼は楓を呼び出し、一方的に別れを告げていた。

 楓と葵は上京後、2人暮しを始める。涼にはその状況に耐えられる自信も、葵を忘れさせる自信も無かった。

「 …なんで?楓が遠くに行っちゃうから? 」

 賢二の言葉に、涼はもう1度首を振る。

「 結局、最後まで好きだと1回も言えなかった。葵に挑もうともせずに、最初から白旗を上げてたんだよ、俺は 」

「 そんな… 」

 楓と葵の他とは違う雰囲気を、高校生活を共にした賢二には、敢えて言わずとも分かっていた筈だった。

「 楓は、絶対に俺を拒否しなかったよ。付き合おうって言った時もそうだった。けど、楓から求める事も1度も無かった。連絡も、会う約束も…キスやセックスも 」

 路地裏で楓を抱いた次の日も、楓は涼を決して責めなかった。その事には一切触れず、いつもと変わらない様子で接する楓を見ていると、自分のした事の愚かさに、後悔の念ばかりだった。

 楓を好きになればなる程、広がる自分の独占欲に恐怖すら感じていた。

 自分の目頭が熱くなり、溢れ出す涙を隠そうと、立てた膝に顔を埋める。涼は楓を想い、初めて泣いていた。

「 好きだって、だから別れたくないって、正直に伝えて拒否されるのが怖くて逃げたんだ…臆病者なんだよ 」

 溢れ出す涙に、涼の声は掠れていた。臆病な自分を自覚しながらも、他にどうすれば良かったのか分からなかった。

 季節は春-寒さが厳しい涼の地元もすっかり暖かくなり、穏やかな風が吹くようになっていた。

 そんな季節とは反して、涼の心は冷たく、寂しさを残したままだった。

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