クチナシ様は照れ屋さん

四条藍

百物語

 授業が終わって放課後の教室に最後まで残っているのはいつも私たち2人だった。他に誰もいないこの空間はおしゃべりをするのには最適である。


「それでは百物語の記念すべき100回目を始めます」


 小学校からの親友である幽香ゆうかが教室の電気を消してカーテンを閉めた。暗くなった教室の中央にセットした2つの机に向かい合って座る。


 毎日1話。放課後にこうして幽香と百物語をしてきた。百物語とは言うが、私は聞いているだけである。別にオカルトを信じているわけではないし。ただ、放課後に親友から知らない話を聞いているこの時間は別に嫌いではなかった。


 ずっと幽香のターンであったが、それも先日でちょうど99回を達成した。ずっと聞いてきた私もだが、99回も一人でやってきた幽香はもっとすごいと思う。オカルト好きだからと言って頭の中に100個もネタがあるものかと始めは疑っていたが、ここまでやりとげたのだから素直に関心である。ネタ切れになりそうなときに学校の七不思議で7話使ったのは今でもどうかと思うけど。


 とは言え、それも今回で100回を迎える。この時間が今日で終わると思うとなんだか寂しくなりそうだ。


「記念すべき100回目なので今回はいつもと違ったすごい話だよ」

「それ、ほとんど毎回言ってるじゃない」


 100回近く聞いたその言葉を聞き流し、机の上にスマホを置いてライトで照らす。本来使用するろうそくがないのでこれまでずっとこれで代用してきた。私は勝手にジェネリック百物語と呼んでいる。


「今日の話はこれ。クチナシ様っていう怨霊の話」


 静かになった教室で幽香がしっとりと話し始める。


「誰から聞いたかは忘れちゃったんだけどね、クチナシ様っていう全身が大きな口みたいな怨霊が存在するって話」

「口が大きいのにクチナシって名前なの?変じゃない?」

「まあそれにはちゃんと理由があるのよ。また後で話すけど」


 スマホを自分の真下に移動して無駄に雰囲気を出そうとした幽香がそのまま続けていく。


「隣町に廃校になってずっとそのままの学校があるでしょ。あの学校、不思議なことに誰が登校してたか一人も分かってないんだって」


 そんなことがあり得るのだろうか。さすがに一人くらい覚えていそうだし、調べたら一発で分かりそうなものだけど。


「それがね、本当にないらしいの。これがクチナシ様による呪いだって言われてるわけ」


 そもそもクチナシ様とはなんなのか。一番大事なことを幽香に尋ねる。


「クチナシ様はね、とっても照れ屋な怨霊らしいの。普段は特に害はないんだけど、人に噂されるのがとにかく嫌いでね。言った人は全員呪われるって話。だから、この話も絶対誰にも言っちゃだめだよ。消されてしまうからね」

「いや、あんた私に言っちゃってるじゃない」


 一瞬で矛盾を見つけた私は思わず突っ込まずにはいられなかった。


「でも、言うなって言われたらなんとなく言いたくならない?」


 その気持ちは分からなくもなかった。他人の噂話ってすぐに広まっていくもんね。


「消されるってのは殺されてしまうってこと?」

「そうじゃなくてね、存在をなかったことにされるの。初めからこの世にいなかったかのように」

「名前もなくなるってこと?」

「うん、誰からも忘れ去られてその人が生きているうちに残した形跡が全て無くなるんだって。まるで世界が変わってつじつまが無理やり合わされるかのように」


 そう考えると殺されるよりも恐ろしい気がした。


「大きな口で背後から丸呑みされて存在がなかったことにされる。だからクチナシ様って呼ばれてるんだって」

「背後から、しかも丸呑みなんだ」

「照れ屋さんだからね、できるだけ姿をばれないようにしたいんじゃない?」


 そんなところでお茶目さを出さないでほしい。頭の中で想像したクチナシ様が大きな口をした照れ笑いのかわいい妖怪みたいになってる。もしかしたら美人なのかもしれない。


「それがさっき言ってた隣町の廃校とどう関係があるのさ」


 私の疑問に幽香がすらすらと答えていく。


「だからさ、きっとどこかで誰かがクチナシ様の噂を聞いたの。それを聞いた誰かがまた別の誰かに言う。その人もまた別の誰かに……。そうして噂は伝染していってそれを言ってしまった人はみんなクチナシ様に存在ごと消されたってわけよ」

「言ったら消されるって分かってるのに、みんな言ったってこと?」


 そんなことあり得るのだろうか。


「みんな信じてなかったんじゃない?誰かいなくなっても存在ごと消えたんだから気づかないし。それに言ってはいけないことって、不思議なことに案外言いたくなるもんだよ」


 皮肉なことに今言ってるのだからとても説得力のある言葉だった。


「じゃあ、初めにクチナシ様の噂をした人は誰なんだろうね」

「さあね、これは私の考えなんだけど、もしかしたらクチナシ様自身だったんじゃない?自分の噂を自分で流しといて他人に絶対言ってはいけないって言う。それで自分の秘密をばらしていった人を消していったとか?」


 あり得そうな話だ。オカルト好きなだけあってこの手のことに対する考察力がすごい。


「でも、何で自分で広めるのさ。クチナシ様は照れ屋さんじゃなかったの?」


 私もどちらかというと人見知りするタイプなのでクチナシ様の気持ちが分かる。そんなに分かりたくもないんだけどね。


「さあね?案外寂しがり屋なだけだったのかもしれないよ。自分の秘密を洩らさない素敵な友達が欲しかっただけかもしれないし」


 頭の中のクチナシ様のイメージがどんどんかわいらしくなっていく。気が合いそうなので私が友達になってあげたい気分だ。いや、さすがにそれはないか。


「なるほどね。でも、それなら学校一つだけじゃなくてもっといろんな人が消えてそうじゃない?」

「まあ消えても分からないしねぇ。あとはほら、人の噂も75日っていうじゃない?みんなすぐ飽きちゃってそんなに広まらなかったのかもしれないね」


 そんな感じでそれっぽいオチがついたところでこの話は終わりになった。


「というわけで、これが百物語の100個目、クチナシ様の噂でした」

「おー、やったね。ついに100個やりきったんだ」


 パチパチパチと拍手をして教室の電気を付けてカーテンを開く。黄昏色に染まった夕日はそんな私たちを歓迎しているかのようだった。


 達成感もあるが、それ以上に喪失感も大きかった。明日からこの話を聞けなくなると考えるとなんとなく寂しくなってしまう。


「あ、ちなみに続きは明日もやるからよろしくね」

「おい」


 決められた回数を勝手に超えないでほしい。そう思いながら私は微笑んだ。もう毎日の日課と化していたので終わらなくてよかったと思っている。


「まだストックがいくつか残ってるからね。目標は200回だよ」

「200回かー。その頃には私たちも中学3年生になってるね」


 つまりあと半年近くはこの時間を過ごせるわけだ。そう考えると悪いものではなかった。


「とりあえず今日はもう帰ろうよ。また明日以降のやつまとめとかなきゃ」

「はいはい、相変わらず好きなことには一直線なんだから」


 下駄箱で靴を履き替えながら、今まで聞いてなかった大事なことを幽香に伝える。


「そういやこれ、100回やったら何かあるんだっけ?」

「知らずに聞いてたの!?」


 幽香が驚愕した表情でこちらを見つめる。普通に毎日楽しくおしゃべりしてるような感覚だったので、詳しいことは聞いてこなかったのだ。


「なんと、100回目の話を終えると本物の幽霊が現れるんだよ!」

「おー、すごーい」


 全く感情のこもってない声で幽香をからかう。幽香も完全には信じていないようで、そうだったらいいねと笑った。


「そうだ、今日の夜、宿題終わったら一緒にゲームしようよ」

「いいよ、終わったら連絡するね」


 幽香はあんまりゲームをやらないタイプだったけれど、ホラーゲームをおすすめしたら急にはまるようになった。私は怖いのが得意ではないので一人ではなく幽香と一緒にやるようにしている。


 帰り道の通学路で記念にこれまで100回の振り返りをしていく。私が好きなのは折り返しの50回目の河童の話だった。一度くらい見てみたいと思ったけれど、その機会はまだない。何なら今後一生なさそうだ。


「私が好きなのは学校の七不思議の3つ目かな」

「あの尺稼ぎの?」

「あれがなかったら今の私はないと思うよ。お礼を言いたいくらい」


 学校の七不思議にそんな理由で感謝してるのは幽香くらいだろう。


「あ、ごめん。靴紐ほどけちゃったから先行ってて」

「おーけー」


 歩くスピードを落として幽香を待つ。私は紐靴じゃないからほどける心配がないので安心だ。


 ゆっくりと進んでいき横断歩道の赤信号の前まで来た。信号が青になるまでのわずかな時間でスマホを確認する。特に通知はないか。


 しばらくして信号が青になってもはやってこない。


 振り返ってみても、そこには誰もいなかった。


「あれ?私、誰か待ってたんだっけ?」


 さっきまで誰かといたような気がしたのだが。いや、気のせいか。


 何か大切なことを忘れている気がする。そんな私を急かすかのように信号は青く点滅し始めた。


「おっと、危ない危ない」


 ここの信号は青の時間が短いことで有名だ。わざわざ逃す理由がない。


「何だったかな?あ!そうだ。クチナシ様の話」


 今日耳にした怪談話を思い出す。確か誰にも絶対に言ってはいけない話だったような……。


「うん、ちゃんと覚えてるね」


 先ほどまで忘れかけていた何かを思い出して安心した私はそのまま家へと向かっていった。


「でも、誰から聞いたんだっけ?」


 まあいいや、さっさと帰って宿題済ませちゃおう。今日はあの子とゲームする約束なんだから。


「……あの子って誰?」


 やっぱり何かが抜けているような。その時、電話が鳴った。同じクラスの相川さんからだ。


「もしもし、今日の夜ゲームする話覚えてる?あれ、ちょっとだけ遅くなりそうだから。ごめんね」

「あー、いいよいいよ。準備できたらまた連絡して」


 そうだそうだ、相川さんとゲームする約束してたんだった。


「じゃ、またあとで。おっとそうだ、相川さん、こんな話知ってる?」


 私はクチナシ様の話を相川さんに話した。絶対に人には言ってはいけないと言われたあの話を。秘密を人に話したいという好奇心が私の恐怖心を超えていったのかもしれない。


「ふーん、それ私に言っちゃダメなやつなんじゃないの?」

「ごめんごめん、つい言いたくなっちゃって」

「まあ、いいや。また夜にね」

「うん、ばいばい」


 スマホの電源を切りポケットに入れる。


 その瞬間に感じた不気味な気配に私は振り向いた。


 その先には大きな口。


 私の予想した姿とは全く異なる、かわいさの欠片もない全身が巨大な口の真っ黒な怨霊。


「言ったなぁぁぁぁぁああああああああああ」


 その異形の姿は言葉と言えるかも定かでない叫びを上げながら私を喰らった。


 薄れ行く意識の中でこれだけは肝に銘じようと心に誓う。


 人の噂話なんてするべきじゃないな。











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