97歳 恋花

モリナガ チヨコ

第1話 とてもいい人

あれから、もう1年になるんですね。


早いものね。

でもわたし、あの人が先に逝ってくれて良かったと思ってるんですよ。

お互いに、支えてあげられないようになってましたからね。

こんな年になるまで、一緒に生きていられるなんて思ってもいませんでした。

いい人でした。優しい、いい人でした。感謝しています。


そうでしたね。初江さんのご主人、いつも穏やかに挨拶してくださって。よく、こちらの席に座って、晩酌をされていましたね。


そう。あの人は、必ずコップ一杯だけね。

私が用意した酒の肴を少しずつ、、。

私はからっきしダメで、お酒に付き合う事はできませんでしたけど、ここに座ってね。

あの人は、必ず一杯飲み終わると私に「ありがとう。ごちそうさま」と言ってくれたんですよ。 毎日。

だから、あの人が飲めなくなって、私も台所に立たなくなって。

これでこのまま、お終いなんだと思ったの。


そう。

そうだったんですか…。

それで、、、。


でも、私だけ、生き残っちゃった。

女は図々しいのかしらね。

今では独りでも1日3食食べてるし、すぐに後を追うつもりでいたくせに、あれから1年も、こうやって生きているんですもん。


お一人で、心細いですか。


いいえ。

もう慣れました。

それに、そうは言ってもじきに、私の番も来ますから。

だって、私の友達も兄妹も、もう皆死んじゃったんですよ。

へたすりゃ、息子たちが先に逝くかもしれないですもの。

あと、3年で100歳ですよ。

長生きなんて望んでなかったのに。


息子さんは時々来られるんですか?


ええ、長男と次男と、かわりばんこに来てね。でもまあ、男の子ってあっさりしてますから、病院、買い物、って用事か済んだらさっさと帰っちゃいますよ。

お茶も飲まずに、座りもしないで、忙しいって帰っちゃいますよ。


男の人って、そんなもんなんじゃないでしょうかね。ふふふ。

ご主人も、静かな方でしたでしょ。


主人はああ見えて、頑固なところもありましたよ。でもね、いい主人でした。一緒の職場で出会って、私の父がすすめた結婚でした。

あの頃は今と違ってね、親の言うとおりに従ったものです。私もその頃はね、結婚なんてそんなもんかなと思って。そいで父がそう言うならと、決めたんですよ。


職場で出会って、恋愛結婚だった。という事ですか?


いやぁ、深澤さんは顔見知りぐらいなもんだったんです。

私はね、好きな人がいたんですよ。

すごく素敵な人でね。

俳優さんみたいに素敵な人で、その人がドアから入って来ただけで、ドキドキしてね、憧れの人でしたよ。

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