第24話 退院

月日は流れ、早くも十一月になった。

獅子座流星群が観測できる日も日に日に近づいてきている。

僕は事前学習のため、一番綺麗に見える場所やそこの地形などネットで調べておいた。

地形を調べた理由は急な坂や山があったりすると彼女が体調を崩しかねないからだ。

ある程度高い場所の方が見やすいことこの上なしなのであまり急ではないけれど一番綺麗に見える場所を探した。

案外その条件にヒットする場所が少なく、探すのにも一苦労したがようやく見つけたその場所は結構なパワースポットみたいだった。

僕は学校が休日の日に事前に場所確認へ行ってきた。

彼女の家から比較的近い場所にあり、急な斜面などはあまり見当たらなかったが、少し高い場所にあってこの街全体を見渡せるほどの場所だった。

彼女は獅子座流星群が極大を迎える一日前に退院するのでなるべくなら家に近い方が便利だと思った。

僕は下準備に忙しくしていたが彼女は余程退屈だったらしい。

僕が下見に行っている時に意味もないスタンプを連投してきた。

僕はそれについて何も返さなかった。


ようやく彼女が退院できる日になった。

十一月十六日。

雨が微かに降る日だった。

その日、僕が病室に退院を祝いに行くと彼女が丁度荷造りをしているところだった。

「邪魔だった?」

僕がそう聞くと彼女は全然、と言って笑った。

大きなピンク色のボストンバッグに長い入院生活で使用した物を入れていく。

彼女は服を畳みながら「来てくれてありがとう」と言った。

僕は退院祝いに持ってきた花束を彼女に渡すと彼女は花のような笑みをこちらに向けてお礼を言った。

「よし、これで大体終わった!」

早朝から荷造りをしていたらしく、彼女の支度は案外早く整った。

彼女はボストンバックをベッドの横に置くとベッドに深く腰掛け、伸びをした。

「あー!やっと退院できるー!」

彼女は解放された小鳥のようにそう言って喜んだ。

僕も嬉しかった。

僕は彼女に出会ってから入院服の彼女以外見たことがなかった、と言えば嘘になるが花火大会の日、浴衣姿を見たのと夏休みに旅行に行った時以外で他に思い当たる節はない。

「明日がついに獅子座流星群の日だねっ!本当に楽しみ!もう楽しみすぎて……どうしよう〜!気がおかしくなって早死にしちゃうかも〜!」

彼女は嬉しそうに頬を押さえながらそう言う。

「そんな早く死なないでよ」

僕が静かに独り言を呟くと彼女が顔を上げて尋ねた。

「ん?何か言った?」

彼女は聞こえなかったようでそう聞き返す。

「ううん。なんでもない」

僕がそう言うと彼女は僕に向かって言った。

「お母さんがもうすぐ荷物と私を預かりに車で迎えにきてくれるから。それまで暇潰しになんか喋って」

「嫌だ」

「えー?なんでよーつまんないー!」

彼女はせっかくセットしたのであろう、髪を振り乱してベッドの上に転がった。

「面白い話じゃないかもしれないけど、僕は十一月に入ってから下見をしてきたよ」

「なんの?」

楽しみにしていたはずの獅子座流星群のことなのに彼女は惚けた顔をして尋ねてくる。

「獅子座流星群を観測する場所」

「ああ!そういうことね。君って主語がないから本当に対応に困る」

彼女は笑いながらそう言った。

「で、どんな感じだったの?」

彼女が興味津々と言った感じで僕に詰め寄る。

「うーん。君の家には比較的近いし、街全体を見渡せるほどの高さはあるけど、急な斜面は確認したところ殆どなかった」

「へ〜。それ、全部君が一人でしてくれたんだよね?」

彼女が僕にそう尋ねる。

「うん。そうだけど?」

何故そんなことを聞くのか不思議に思って問い返すと彼女は唇を少し噛んでそして言った。

「ありがとう」

「いや、別に、それほどのことじゃないし……っ」

最後僕が言葉に詰まったのは彼女の顔が僕の近くにあったからだ。

要するに世間ではハグ、と言う名称のものだろう。

僕は彼女にきつく抱きしめられていた。

「本当に、私のために、ありがとう」

彼女はそう静かに呟くと僕の肩に顔を埋めた。

しばらくそのままの体勢だった。

不思議と僕はそれを嫌だ、とは感じなかった。

相手が彼女だから、と言えば少し違うのかもしれないけれど。

それが中断されたのは彼女の担当看護師、神崎が病室に入ってきたからだ。

「結衣ちゃんーとうとうお別れだねー寂しいなーたまには会いにきてね!お母さん、下で待ってるよ」

神崎がドアを開けながら彼女に抱きつく。

「ありがとうございます。私も寂しいです。もちろん、会いにきます!」

彼女は満面の笑みを神崎に向けた。

「それじゃ、君はまた明日!今日はありがとう!神崎さんもお世話になりました」

彼女は大きなボストンバッグを担ぎながら部屋のドアの前で一礼すると靴の音をさせながら駆け出していった。

僕はその背中をぼんやりと見送った。

すると神崎が彼女の背中を見ながら微笑してこう言った。

「それで、君は結衣ちゃんを捕まえておけたの?」

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