1-10 魂拠/9B42 62E0

「辛いわね。まさかあの娘が妹だったなんて」


「ただしもお前の判断は間違っちゃいなかったさ。あれはイオリとスクネとお前を、集中的に攻撃していた。おそらくお前以外から犠牲が出ていただろうな」

 アラヤとわたしは、庭の欄干で紫煙を燻らせるケナに、通信越しに語りかける。彼の背中は護ろうとした者から、親しい人を奪ったという事実に多少なりとも動揺しているように見えたのだった。


「だからそう気を落とすな。次の手を打とう」


「ああ、皆まで言うな。......先ずはナガトからどんな物を、大型自走車を、さらに歩行戦車を用いてまで運び出したのか、調べねばならん。......だがそれ以上にあの現場の裏で糸を引いていた奴のことも気がかりになる。俺は腕がオオネと単騎で積荷の行方を追う。お前達......というかアラヤはヤマテラスに頼んで、追加でイザリオガリコウの遺伝子鑑定を行え。イヨはスクネと話したいと言うのだから、好きにやればいい」


「いでっ...... てえとまさかお前?!」


「なんだ、頭を下げずとも検屍のついでにやってくれるだろうに」


「そうじゃない、お前はスクネの証言を信用してねえのかってんだよ?!」


「証文上には存在が確認されなかった娘だ、クサいと思ってな」


「妹と聞かされてなかったとは言い上イオリも彼女がナガトにいたことを認めている。あとは、他の職員からの裏付けも取れているよ。......為すに越した事は無いが、必要あるのか?」


「腹違いの妹なら遺伝子の共通率は四割程度か? まあ少しでも共通項が見つかれば万々歳だろう。疑いたいわけじゃないんだが...... あの状況は妙だ。裏付けというが経営陣の不祥事を従業員が全く感知できていなかった事の方が疑わしい」


「ああもう、何をそんなに疑ってるのよ」


「廊下で銃を手に飛び出してきた女児に、コウの電脳を媒介に遠隔操作された戦車...... 考えれば考えるほど奇妙過ぎないか? 巧妙で、まるで首を突っ込むなと言わんばかりに威圧的な手段だ」


「......本当にそんなことができる人間が、この世にいると思っているの? 誰にも気付かれずわたしを流刑島まで攫い、女の子の電脳を人質に戦車を操作し、あまつさえは暴行の事実さえ揉み消せる人間が?」


「そいつは......きっとこの世界に挑戦をしているのではないのだろうか。この世界の体制、権威、頂点とやらに......」


「それは一体......? 神威、三国を掌る貴神達?」


「分からんな。それは......そいつの面を拝まなければ見えては来ないだろう」

 煙草盆の縁を煙管で、じれったそうに叩き灰を落とす。立ち上がるとわたしの方を向き問いかける。眉間に刻まれた皺が、より一層深みと陰影を増しているように見えた。

「だが、お前さんが何故そう思うのかは気になる。少なくとも神に仕えることが世界なのだと認識していなければ、その問いは出てこないだろう」


「......叡智を産み、九十九の道具と魂を創り出し、天地海幽の均衡を保ちて見守る。この中つ国に蒼天が在ることこそが、八百万神の御加護。人間が生きていられる体制を掌る者を、わたしはそれ以外に知らない」


「そう小さい頃から聞かされて、ずっと疑問に思ってきたんだ。じゃあ何故神々は穢れに満ちた外界を治めないのだと」


「それは...... それほどこの大地を蝕もうとする幽鬼達が強いからでは?」


「それがヒムカの認識なのか。それともお前さんの予測なのか?」


「わたしの拙い当て推量。真価は......東国へ赴かねば見えてこないでしょうが」


「まあ、いつか行けるといいな」


「他人事みたいに言わないでよ」


「他人事だ。俺は世界に挑戦する者を追わなきゃならん」


「それが!! ......あなたの望みなのですか」

 心からの叫びを背中に受け止めた、ケナは振り返らない。ただ腕の欠けた左肩に触れ、呟いた。


「......奴が壊そうとしてる世界のことなど知りたくもない。例え俺がそこで生きていようと死んでいようと、世界の生き死にの事など......どうでもいいんだ」


「ケナ!! あなたは確かに......!」


「死んでいるさ。確かにな」

 冷たく言い放つと、居室を後に彼は腕を取替えに行った。



「地雷踏んだな」


「なんなのあの人...... 本当に死んでもいいぐらいの気持ちでわたしを助けたというの、蟲が好かない」





 無地の白い水干を見に纏う姿を、水平に上から下へと見渡す。まるで神官かのような装束だが、聚酯じゅうし繊維で編まれ強く洗っても傷まない特注の水干を襷掛けに纏い、そして神官特有の赤い行燈袴ではなく、まちのついた浅葱色の馬乗袴を着ていることが、都市で務める正規医の特徴である。


『肉体適合率99.8%を確認。あとはご自身で自由に動かせるかどうかです』


 女性を思わせる韻律特徴の機械音声に促され、電動寝台よりも早く身を起こす。水平に伸ばされた腕を横目に見つめ、拳を握り、手を開く。そして小指から親指へと、順番に握り込む。彼が再び生を受けてより、幾度という言葉でも足りないほどに行ってきた動作。


「シチ、三国の統一規格によって形成された義体の常連顧客が、同一規格品に換装した際に霊魂の拒否反応を起こすという事例を聞いたことがあるのか」


『今この場で起こるかもしれない、という可能性を考慮せねばならないのが、私たちの仕事なので。肉体、電脳との適合。それらを確認できても、霊魂が義体との適合を許可しないと思われる事象は数多くあります。

 無論それは心体との相性や、義体他部位との機構的競合などの様々な要因によって発生し得る事象であり、貴方のように幼少より変わらず標準統一規格を採用している顧客に発生し得る可能性は、肉体不適合の可能性と同様に起こり得ないと言ってもいいでしょう』


「じゃあ可笑しな事を云うな。少なくともそれが魂に依るものではないと信じているならば」


『貴方は、生まれてより今まで霊魂が変貌した自覚はあるのですか』


 肩を押さえ、大きく上腕を回す。時計周りに、反時計周りに。その動作に何の違和感も彼は持たない。自分の意思でそれを行っているわけではないとしつつも。

「この身体になる前の記憶なんて、そう思うまで在りはしないさ。人間は変わっていくものであり忘れる生物であって、それは結局魂もまた同じ。お前が魂を不変と言うのは、飴細工を金剛の如く堅いと言うのと同じことだ」


『では何故私たちは魂の在処を求めることが出来ないのです? 私たちは壊れなき認識器官を確かに認識しているというのに』


「何でもない、としか説明できないものの在処をどうやって求めるんだ? 総てを認識できると思っていることが悪循環のはじまりだと云うのに」


『貴方には確固たる魂がある。それが壊れ消え去るとでも......?』


「ああ。何かを受け継いだ覚えも無ければ、何かを残していく気も無いとも。死ぬ、ということは何もれなくなるということじゃ無い。何も成すことが出来なくなるということだ。そういう意味では、あの時俺は親父と母と共に死んだんだ。そうして俺は自らの意思と肉体で何かを成すこともなく、借り物の身体と記憶で生きる傀儡となった」


『......果たしてそれこそが死と言えるのだろうか。着馴染む衣を捨てて人はまた新たな生を受ける。例え別たれし人となろうとも、異なる生の物を受けようとも、それは世界に働きかけ続ける。熱的に生き続ける生命を、果たして死んでいると貴方は断定できるのか。死の要因は、やはり認識能力の喪失にあるのではないか......?」


 点検を終えたケナは寝台から降り、着馴染む貫頭衣を纏うと、今まで目視してこなかった女医シチの姿を見つめる。実用性重視の護謨ごむ質の人工皮膚を被った顔面、首から下は機械的な四臂しひの、機械腕と配線に固定された義体。それはまるで、もう一つの自分のあり様かの様にケナは思っていたのだ。


「相変わらずの夢想主義者だな...... シチ、お前も全身義体なら一度は俺の様なことを考えたことぐらいあるだろう。記憶も魂も、何もかも嘘っぱちだったらって」


『......私も三十四になる。それほど歳を取っても、手を替え品を替えようと未だに自分が生きているという事実に確信を持たざるを得ないんだ。お前のような若造には、分からないかもしれないがな』


「そうか。それぐらいの歳になるまでは世話になろう。その時また、話が聞けたらいいがな。では、急ぎの用なもので失敬するぞ」


 シチの表明できない笑顔を作り出し、新たな左腕を宙に翻してケナは立ち去った。



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