1-6 駄弁/99C4 5F01

 靑鰉国はかつて八束水臣津野命やつかみずおみづぬのみことが、狭布さぬののごとくなりて国引き作り縫おうとり賜われたように、長大なりて東端から西端まで十八里の距離がある。その間陸の境には高き長城が築かれ、二つの中つ海をたたえ高層の築きが天を指す。

 キヅキのみさきから伸びるソノの長浜、ミホが崎からハウキの国まで伸びるヨミの粟島。都の面積は八万六千町歩にも及ぶ。その中で天日隅宮あめのひすみのみやを抱える東にはイヅモ国官庁街、シンジの内湖うつみとオウの入海いりうみに挟まれたアサクミの市、そしてハウキ国との玄関口となるヨミの粟島の、主にその三つに市井が固まっている。

 さてこれを改めて記すというのも、ケナとアラヤが行動を起こしてからというもののその道のりが大変だったからだ。イヅモを出立して都内のナガト隊伍商団の事務所を尋ねるも、イヅモ、アサクミはもぬけの殻。貨物自走車を駆ける中、車内には諦念かのような、なんとも言えない雰囲気が漂っていた。

 ......了承を取り付けるのは大変だったが、わたしもまたふたりに同行している。かんぺきな変装をするという条件つきで。ね。


『ケナ、間も無く靑鰉関所に到着するとのことだ』


「助太刀助かる。ハウキ国はどうだった」


『監査が行き届いており、特に私についての説明を多く取られた。機装犬は珍しいようだったな。出入国にあたっても多少の時間は取られるだろう、休憩を推奨する』


 助手席で儀表板ぎひょうばんはしたなくも足を乗せているアラヤが欠伸混じりに、機装犬オオネの通信に呼応する。

「同感だ。全ての先行きが分かりきってて気が滅入っていたところだ」


『ケナ、後部にいるもう一人は?』


「あ? お前もよく知っているだとも」


「そういえばちゃんとお話できてませんでしたね。はじめまして!」


『こちらこそ、名乗りもせず略礼にて退出してしまった事を詫びたい。個体名はオオネとして呼ばれている、お見知り置きを』


「まあ、美味しそうな名前! 狗奴の於朋泥おおねは真っ白だけどあんなもふもふで毛むくじゃらなのですか?」


「俺を見るな、恥ずかしい。まだわらわの頃に名付けたものだ。白かったから意外に深い意味はない。多分。うん」

 そうしてわたしの眼差しを跳ね除けるかのように視線は前へ向き直った。もちろん私の姿を映像に映せる時間は運転している以上限られているからなのだが、その様は少し場都ばつが悪そうにも見えた。


「あら、そんな長い付き合いなのね」


『登録は十九年前。私がまだ数えて一つ目の歳、三ヶ月齢であり物心ついた頃であった。こころよく認識しやすい音響の名前だと子供ながら思っていたが、機装化し知識を入力してから驚いたものだ。まさか根菜の呼び名だとは、我が主は聡明なお方よ』


「あまり余計なことをいうと遠隔でお前の口を踏ん掴まえるぞ」


『それは勘弁恥ずかしい。辞めよう』


「十八...... まだ事故にあう前。兄弟のようなものなのでしょうね!」


「............」


『............』


「何よ二人して黙っちゃってえ、えへへへへ」


「否定しないが少し恥ずかしいんだ」

 そう言って何度も正面とわたしとを見返すその視線は、とても場都が悪そうに見えた。


『......まあ私にとっても大事なお兄さ...... アゥッやめろ!! 口に圧力ヲカケルナハズカシイ!! コノトシニナッテハズカシイ!!!』

『どうした暴れて!! 伏せ、伏せ!! 伏せぇっ』

 通信の向こう側でじたばたと暴れる物音と、おそらく輸送車の人員の声が漏れ来る。そしてそれを聞いてため息をつくケナの姿の、その可笑しさにゲラゲラと笑ってしまった。


「ああ可笑しい。でも彼も義体となっているということは...... もしかして彼もまた事故に?」


『ハァハァハァハァ、イヤ、私はあの墜落を免れたんだ。今この身体でいるのは未生より主を護るべくそう訓練され、その務めを任ぜられたために生まれ育ったが故。関係は御座らぬ。ちょうどその頃は狗奴に戻りて訓練に専念せし頃だった故......』


「まあ、俺の復帰訓練の時も付き添ってくれた相棒だ。それは間違えようもない」



『果てて、ケナは何故彼女を連れているんだ』


しつこく連れてけと言われたからだ。危険だと言えどももしかしたら知っている顔があれば手がかりになるかもしれないとおっしゃかして、決して急ぐことじゃないとけえせどもわたしの亡命手続きはいてるくせにとのたまはしやがった。ああ、王女殿下様は此の国巡りを外遊か何かとおぼし召しのようだ!!」


 声を荒げるケナを両手もろて頭の後ろに組み流し目で見つめながら、アラヤが補足した。

「でああ怒り猛ったので俺も同行するのだし、なんなら有事はわんころの輸送人員も援護に回すのだから心配いらんと説得したさ。わざわざわらべの町人服を買いに行くことになるとは思わなかったよ」


「でもかんぺきな変装でしょう? 誰も王女だと思わないわ」


『偽装率七割四分六厘。より完璧にする場合は髪を汚し立居振る舞いも話し方もより野暮ったくされることを推奨する。もとより適性がないものの道理なれど』


「あら、わたしが忍びて町中へ出ておらぬとでも言いたいのかな? うふふ良いこと思いついちゃった、折角の靑鰉ですもの、名産のしじみをたっくさん与えようかしら」


『判定を更新、九割五分。上方修正の理由は隠密経験の存在による加点......』


「ケナァ、あまり相棒をいじるとお姫様の教育に悪そうだぞ」


「そうだな、控えよう...... 例え冗談でもあいつがイヨを怖がってしまう」

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