1-4 数奇/6570 5947

 その後アラヤも招き、ケナと茶を煮ながら他愛もない話を少ししていた。アラヤの妹の話や、詩歌の話や……。

 ケナはほとんど、機械的なまでに無表情だった。その一方で彼は決して野暮なわけではなく、むしろ饒舌であり粋な言葉返しを好む性格だ。また敢えて相手を怒らせるほどに、核心を衝く言動によってその人間の本心を引き出すことに長ける。それは人心の不理解からくるものなのか、それとも理解しようと努めたことによって生まれた技術なのか……。それはわたしにも未だ理解らない。それでも彼の話は何事にも啓蒙的で、その過酷だったであろう人生の断片を垣間見るようだった。

 そうして話が弾み出した頃に、ケナが断りを入れて席を立ち、誰かと通信を始めた。


「……だから常日頃言うように、俺が帰らなくなるという可能性もあると言っているだろうに。その身ぺ…………ハァ、一週間だ。それで片を付ける。俺に帰れる家があるかどうかは知らんが、ミゾヒには保護してもらいたいがいる。

 ………………ああ、是非とも頼みたいな。俺みたいな飯の腕振り甲斐ない冷血とは違ってまだほぼ生身だ。その何たらをいつでも用意しているというのが嘘ではないことを証明して欲しい。……うん」



 わたしと話している時とほとんど口調は変わらないが、その横顔には、不気味の谷をも超えるようなごく自然な微笑みが浮かんでいるようにも……見えなくはなかった。

「よかったな、あいつの嫁さんは出来たお方だと評判なんだ」

 遠くへ聞き耳を立てていたわたしの様を見てアラヤは、藪から棒にそう語りかけた。


「……? お茶汲みが?」


「それもそうだがその話じゃない。……あいつが死んだら、その報を入れたいと言う輩は奴の国にはごまんといる……というのは冗談だが、それぐらい奴は羨望されているのさ」


「……! ごめんなさい、別にお話が詰まらなかったわけじゃ」


「いやいい、茶の湯の話ししてて詰まらなかったのはコッチだ」

 少し悪い気を覚えたが、アラヤは目を伏し掌を返して否定してみせる。ケナもアラヤも愛敬の見られない一方、背中には神のような慈愛を抱えているとつくづく実感する一方…… 『嫁』という単語が胸に不快なまでにつかえた。


「……嫁……。お幾つなんですか」


「まだ十三って話だ。ちなみにあいつは今年二十二。あなたよか年上だが、あんたくらい聡明なお人だよ。……政略結婚だったそうだが、仲が悪いと言う話を聞いたことがない。特に……嫁さんの方がぞっこんらしくてな」


「へえ…… なんか信じられないな」

 そのことはどこか、わたしの心に衝撃を与え揺さぶり続けていた。何か、出鼻を挫かれたような気がして。


「甲斐性者には見えないからか? まあ、あんなお内儀かみさん残して奴は国を飛び回っているわけだからな」


「そうではなく! その…… 慕われるのにも納得はいく気がしてて。そう…… 端整じゃないですか。彼は」


「どうだかな。あんな義体でも中身はブ男かもしれないだろ?」


「で、でも……」


「まああの義体は成長復元だって話もある。実際俺は奴の祖父に拝謁したこともあるし、父母の写真も見たことはあるが…… そっくりだったよ。紛れもなく」


「でしょう、だから分かってても陰でそんなこと言っちゃダメです」


「はいはい」




「悪いな二人とも。時間が潰れた、今からムマレと面会してくる」

 戻ってくるなり彼は靑鰉国の大臣の名を口にした。あまりに真剣な面持ちに、引き止めようとも思わない。


「いえ、大丈夫です。その……もう少しアラヤと話したいこともあって」


「懐かれたな、珍しい」


「懐かれたのはお前だよ。そしてお前の話したがらないことを知ってる奴の第一号が俺だっただけだ」


「……そうか。まあいくつかは説明しとけ」


「合いよ。行ってらっしゃい」


 身を翻すとケナは、垂れ流した長髪を紐でみずらに結いながら廊下を歩いて行った。

 開けた、縁側から躑躅花ツツジバナ庭の匂う居室はとても静かで穏やかだった。アラヤはその大柄な身体を脇息きょうそくに預け、湯呑みを片手に語り出す。


「十八年前……となるとあんたは話でしか聞いたことがなかろうが、ありゃ、この靑鰉と百禽、そして百禽の同盟国であったイト国の間で、百五十年ぶりに起こった大乱の年だ。神々の予想をはるかに超えた戦闘がイトとナガトの駐留軍の間で発生したことから、ナガト戦役と今では呼ばれている。

 ……その当時イヌサカタネノヲリという男が、狗奴国の大使としてイトに妻子とともに駐在していたのだが、彼らを乗せた狗奴行きの浮舟は、突如海岸から現れた鯨型の飛空戦艦と、百禽行きの避難船を防衛するべく現れた六翼鳥の航空要塞との戦闘に巻き込まれて撃墜…… 八百人もの乗員が犠牲になったと言われている」


「その大使の息子が……ケナ?」


「左様。なんとも数奇なことに彼のみが生き残った、もしくは彼やその父母を生き残らせるために、他の生存者が犠牲になったか……。だが何れにせよ父母は発見された時には死亡、ケナは……本当に辛うじて生きていたらしい。だがその身体は凄惨なほどに損傷していて、生きているのが不思議なぐらいだったとか……な。

 そうしてあいつは身体の六割強のみになってまで生かされ、結局全身を義体化する他なかった。当時五つの子供には、過酷すぎる運命だよ。もう一度この世にれ来るようなものだ。物心ついてもう一度、自分の体を繰り歩くための訓練や、擬似器官を脳に同調させるための修練を課された。

 一度目と違うのは、かつての身体の記憶との乖離や、失ったものの苦痛とも戦わなければならなかったことかも知れんな。もはや俺に想像できるようなものじゃないさ」


「……それでも十八年……。あの人は偉大な人ですね」


「お嬢ちゃんにはそう見えるのか」


「ええ。生まれてこのかた国に庇護され、ぬくぬくと生きてきたわたしに比ぶれば……」

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