0-5 雑音/96D1 97F3

『二人とも待て』

 白犬のオオネが、船着場に向けて威嚇姿勢を取る。


 その声を聞くなりケナはオオネの探査機能と無線で同期。船着場には三十尺の巡航船一艘のみがあった。

「本部、沿岸監視隊から情報を取って回せ。武装組織の寄港、不法無線の形跡あり。......ヤサカは隠れていろ」


「構わん。私はここで全てを見届ける」


『輸送用の小艇だが小径機関砲を収納している、軍の払い下げだが海賊衆のものにも見えない。……炸薬臭はないが、全くもって内部の人間活動痕跡に対する嗅覚が効かない。周到な偽装だ』


《こちら監視隊、寄港している小艇の認証完了。ナガト隊伍商団による、商品売買のための寄港とのこと。積載内容に虚偽がある場合電子的偽装を行っている可能性あり》


「ナガト隊伍商団...... どこかで聞いた覚えがあるな」


『船内部はほとんど見えない。映像帷幕えいぞういばくが張られていて中和には時間がかかる、鬼が出るか蛇が出るかは、飛び込んでみないと分からんだろう』


《孤狼へ こちら監視隊指揮部。巡視船二隻、湾岸より執行部隊が出動、順次港湾閉鎖態勢に移行する》


「ふむ、悠長かもしれないが現地部隊と連携するべきか」


 そう思った矢先、船の発動機の音が響き渡る。


「監視隊指揮部、こちら孤狼! 標的の逃亡が早い!」


『こちらの動きがバレている……!? ケナ、待てない! 俺は行くぞ!!』


 走り出すオオネに呼応しケナは後を追う。

『足跡から推察するに乗組員は最低でも四人。整然とした足並み、手練れだ』


「お前は船首に回り込んで索敵しつつ撹乱しろ。俺は船尾から各個撃破する」


『了解』


 甲板に足がかかるよりも速く、巡航艇が走り出す。オオネは軽快に跳び乗り、辛うじてケナも手摺に手が掛かる。


「うぉおっ、乗ってきたぞカラタケ!」

 小舟は大きく揺れ、慌ただしい足音が響き渡る。

 短機関銃を手にした傭兵風の男が客室から飛び出し、一瞬即座に発砲してくる。


「畜生あっぶねえっ」

 手摺を足がかりに飛びかかるも躱され、また船が揺れる。間髪入れず接近すると、銃を持つ右手を掴み、捻り飛ばす。


『馬鹿野郎そんなに揺らすな、こちとら銃撃を避けるために跳ね回ってるんだ』


「早く索敵結果を言え索敵結果をっ」


『今操縦士がそっち向かったぞ。貨物室への通路の一人を抑え、残りは貨物室に四人。やけに守りが固い』


「合計七人……? この小さな船に缶詰かよ。ご丁寧に機関銃付きでっ」

 拳銃を抜き応戦。階段の奥からも銃声が聞こえる。

「操縦士を制圧。船の制御を奪うぞ」


『釘付けにしているがいつまで保つか。ただ妙だ、抵抗が思ったより少ない。貨物室から三人程度しか応戦してこないぞ』


「……生体反応をもう少し詳しく洗え。そもそもこいつらが武装してまで輸送しているものはなんだ?」


『この糞忙しい時にすげえ事をお頼みになられる、いい了見しておりますなあっ』


《湾内航行停止に感謝する。これより包囲を開始する》



>移

>記: 壱与乃語




「通路に出て惹きつけろ。俺はその隙に!」


「えっ、だがお前」


「適当に闘って、が捨てられたようならお前は逃げ延びろ。......罰を受けるのは俺だけでいい。だが、知られてはならない......!」


 暗闇の外から響き渡る怒号と轟音は、船の側面の門が開いたことを示していた。

 ただ恐怖に縮こまる身体を越えて、その時のわたしの脳は、自らの限界を越えようとしていた。

 あらゆる通信から遮断され、暗い貨物容器に閉じ込められ、どれくらいの時間が経ったのだろう。そんな中の彼の到来は、皇神すめかみの思し召しだったとしか思えない。

 力を抜かれた脳と体に、わたしを拉致した一味が残した非常用回線を経由し、何者かが意思を繋ごうとしている。差し伸べられたその糸を、わたしは意識によって全力で引っ張った。


《カラタケ、アグニ! 奴らが俺らにし...... んにゅッ》


「傍受に成功した。接続権利更新まで26秒」


「おのれぇっ、この犬めえっ」


 アグニと呼ばれた男の視覚には、猛々しく威嚇姿勢を取る白い獣と、操縦士を引きずって現れた青年の姿が映っていた。その視覚も間も無く獣に覆い被さられ、咄嗟とっさに伸ばした手も甲斐なく引きちぎられ、骨格と配線が剥き出しになる。


『貨物室の搬入門が開いた。急げ、もう一人が逃げる!』


 カラタケの視覚は、内部の扉に注視され短銃を構えている。彼の焦りが直接伝わり汗が噴き出る。背中で船外へと滑車を押すその力みが、こっちにも伝わってきていた。


「おのれっ、海に捨てる気かっ」


『ケナ、何者かがお前の侵入に便乗して奴らの処理機関に枝を付けている! 発信源は、その貨物の中だ!!』


「なぁっ...!!」

 扉を肩で突き破ると同時に、貨物を載せた滑車が下り坂に差し掛かると同時に、青年の驚愕がこちらに届く。

 青年の視覚、カラタケの視覚、わたしの視覚。全てが凍りつきそうなほどに遅く、張り詰め、砕け散りそうな静寂に支配された。


 流れ込んでくる彼の思考と意識。彼の目にはもはや、それに身を任せ砲火しながらも海へ背を向け、身を投げ出すカラタケよりも、滑り落ちていく貨物に意識が向いていた。

 前のめりに、右腕を突き出し片手で撃ち出す拳銃の一射。それは弾丸の嵐をものともせずに正確に胴体に撃ち込まれ、カラタケの意識を止めた。


 彼の意識に繋がっていたことが、わたしの意識に影響を及ぼしていたように思う。

 銃声ののち、海へと投げ出され、浸水し暗闇の中で抵抗も出来ず沈んでいく恐怖が、わたしを支配する。ところが、わたしの身体は内側からは開かない扉へと手を伸ばしたのだ。恐怖を押し退けせめぎ合い、雑音が脳を走り回る。

 感情を抑制されながら、海に沈んでいく鋼鉄の容器を追い、自らもまたその中にいる誰かを助け出そうと走る青年。

 彼も、浮き具足もなしに海へ身を投げ出すことの危険性を理解していたはずだ。間違いなく生きては帰れないだろう。

 海水に満ちた暗闇に、薄い光と、影が差し込む。差し伸べられた手を掴むと、またもやわたしの内側から、すべてが静寂に支配されていく。

 死への恐怖も、被弾した痛みも、全てが相当なものであったはず。だが、彼は感情抑制すら超越し、自らの意思で貨物のかんぬきを開けに行ったのだ。

 まだ心に去来する、『何かを見たい』、その雑念すらかなぐり捨てて。





 滄海にむこふ






>結: 序/第零部


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