その7 孤高の博士課程
「それでさあ、昨日バイト先でやらかしちゃったんだよね」
「やだあ、進ったら何をやらかしたの?」
恭太のいる居室の隣から、学部四年生の人たちの声が聞こえてくる。今は、十二時半。学部四年生は、休憩室で仲良くお昼ごはんを食べているところであった。
恭太は、居室でメールを読みながらおにぎりを頬張っていた。昨年度までは恭太も休憩室でお昼ごはんを食べていたのだが、博士に進学してからは、居室で済ませてしまうことが多くなっていた。
理由は主に二つある。
まずは、博士に進学してからお昼休憩の時間も惜しく感じるようになったからである。研究と論文に追われる日々が続く中、メールなどの単純作業はお昼休憩の間にしないと、到底作業が間に合わないことに恭太は気づいた。
もう一つは、後輩たちと休憩室にいることを気まずく思うようになったからである。恭太が休憩室にいる時のいない時で、明らかに後輩の様子が違っていたのである。恭太が休憩室にいると、後輩たちは基本的には無言で、時々ヒソヒソと恭太には届かない大きさで会話をしている。それが、ひとたび恭太が休憩室からいなくなると、休憩室は賑やかになるのであった。
今年の学部四年生は特に他学年と交わらない傾向が強かった。さすがに四年生の研究室配属歓迎会には全員が参加したが、それ以降の修士の学生の発表打ち上げなどのような他の飲み会には誰も参加しなかった。研究室の報告会でも、四年生はいつも固まって座っており、他の先輩と会話をしようとする人はいなかった。
「こんにちはー」
しばらくして、授業を終えて食堂でお昼ごはんを済ませたであろう修士の学生がぞろぞろと研究室に姿を現した。皆、恭太の顔を見ると一礼して、各自の座席に着いた。
学部四年の印象が強かったが、よくよく考えると今年度に入ってから修士の学生ともあまりコミュニケーションが取れていないことに恭太は気づいた。思い返してみると、修士の学生も、同期で固まっていることが普段は多く、恭太とは飲み会で席が近ければ話す程度の関係であった。
「葉介たちがいたときは毎日いろいろな人と会話はしていたのにな・・・」
急に恭太は昨年度までの同期が恋しくなってきた。同期と当時は距離感があったとはいえ、やはり気軽に話すことのできる存在であったことを今になって痛感した。
ふと、斜め前に座っていた勇樹の姿が目に入った。現在博士の最終学年である勇樹は、研究室で声を発することが少ない。いつ恭太が見ても、パソコンに向かって作業をしているか、実験室で装置をいじっているかのどちらかであった。その姿はまさに孤高そのものであった。しかし、勇樹の表情からは、孤高であることを好んでいるのか、それとも寂しく感じているのかは読めなかった。
「小早川先輩みたいな人が博士向きなのかな・・・」
寂しがり屋のところもある恭太は、この時博士進学したことについて少しだけ疑問に思い始めていた。
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