その2 日本学問推進会
「桜田恭太様、貴殿は
恭太は、研究室でメールの文面をじっと眺めていた。五月に提出していた申請書の結果が、十月半ばを過ぎたこの日に届いたのだ。
日本学問推進会。通称
「桜田君、嬉しそうな顔してどうしたの?」
都合よく葉介が恭太のところにやってきて、声をかけてきた。恭太は少し興奮気味に話しだした。
「あ、あのね。学推の格別研究員に選抜されたんだよ!五月大変だったけど頑張ってきて良かったー」
「あ、そうなんだ。おめでとう」
嬉しそうな恭太を見て葉介もそう言うが、葉介はどことなく不思議そうな顔をしている。
「ありがとう!前田先生にもさっきメールで報告したところだよ。先生、きっと喜んでくれるよね」
「あ、あのさ・・・」
葉介が少しためらいがちに声を出した。
「ところで学推の格別研究員に選抜されるってすごいことなの・・・?」
恭太はハッとした。葉介のように博士進学を考えたことがない人たちにとって、学推の格別研究員のすごさがまったくわからないことに気づいたからだ。
「そうだよ。倍率も五倍くらいだし、選ばれた人は給与のほかに研究費も
恭太は丁寧に説明しているつもりだったが、葉介には相変わらずすごさが伝わっていないようであった。
「まあ、何はともあれ選抜されて良かったね。これからも頑張って」
気まずさを感じていたのか、葉介はそう言うとそそくさとどこかに行ってしまった。
ほどなくして、前田先生からメールの返信があった。
「桜田君、本当におめでとう!!一年目から採用されるなんて本当にすごいことだよ。これで、桜田君の博士終了後のキャリアは安泰だね」
前田先生からのメールは、文面からもすごく喜んでいることが伝わるものであった。
「博士終了後のキャリアが安泰か・・・」
恭太はそう呟いた。恭太自身も、これまで学推の格別研究員に選抜されることが、研究者になるにしても、企業に就職するにしても、大きなセールスポイントになるものだと思っていた。だからこそ、五月に申請書を提出したときは、どんなに大変でも何回も見直して
ところが、葉介の反応からして、博士に進学しない人にとっては、学推の格別研究員など何の意味をなさないのではないかと少しだけ疑問に思い始めていた。
「そうだ、莉緒ならわかってくれるかも」
家に帰る途中の電車の中で、ふと恭太はそう思った。今まで一緒に喜ぶことを何度もしてきた莉緒ならわかってくれると信じて、恭太はメッセージを送ることにした。しばらくして、莉緒から返信が来た。
「そうなんだ、おめでとう。だけど、学推に選ばれるとどうなるの?」
やはり、莉緒もあまり学推のことをわかっていないようであった。恭太は少し残念に思ったが、説明したら通じると思い、葉介に話した時以上に丁寧に説明した。
「学推の格別研究員とは、博士進学する人のほとんどが目指しているもので、倍率五倍くらいの中から選ばれるものだよ。選抜されると、経歴として書けるだけでなくて、博士課程の間から給料も貰えるし自分だけの研究費も支給されるんだよ。博士課程の学生に給料とか奨励金を出すプログラムはいろいろあるけど、学推のは月20万円とトップクラスだし、研究費までもらえるものなんて学推くらいだよ」
「ふーん」
莉緒からの返事は非常にあっさりしていた。恭太はたくさん説明したのに、返事が短くて少しガッカリした。さらに、その数十秒後に莉緒からメッセージが来た。
「学推の給料?って私の初任給よりかなり低いのね」
莉緒の感想はあまりにも直球で、恭太はしばらく考えることができなくなった。
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