君が僕の時間軸

時をかけすぎた少年

君が僕の時間軸

今日は朝から寝坊だ。下の階から母が僕を呼ぶ声が聞こえる。


「春!このままだと学校遅刻だよ!」

「わかってる!今、急いで支度してるから」


パジャマを脱ぎ、ワイシャツ、ズボンの順番で着ていく。思うようにワイシャツのボタンが止まらない。遅刻しそうだっていうのに。ズボンを穿き、カバンを手に取って階段を駆け下りる。


「朝ごはんは?」

「いらない!食ったら絶対遅刻するから」


玄関で靴を履き、行ってきますと言い残して玄関を出る。家から最寄りのバス停までは5分はかかる。

現在の時刻は8時6分。遅刻せずに学校に付くには8時10分にくるバスに乗らなければならない。

息を切らしながらも炎天下の中、バス停まで走り続けた。

バス停に到着したころにはへとへとで汗が止まらない。僕がバス停に到着したとほぼ同時にバスもバス停に到着した。息が切れ、汗が止まらない。こんな夏の炎天下に遅刻した自分が憎らしいものだ。

バスに乗車しようとしたとき、だれかとぶつかってしまった。


「すみません!」


僕は咄嗟に誤った。ぶつかってしまったは他校の女子生徒だ。

彼女は僕に頭を下げ、すぐにバスに乗ってしまった。僕もバスに乗り、一番後ろの席に腰を下ろす。

ぶつかってしまった彼女の事を探す。彼女は僕から見て右斜め前の席に座っていた。カバンから本を取り出し、彼女はものすごい集中力で本を読んでいる。本を読む姿はまるで何かと葛藤しているような雰囲気だ。その姿が妙に気になり、なぜか僕は彼女に何度も視線を向けていた。


学校の最寄りのバス停で僕は降りた。彼女は本にずっと視線を落としたままだった。彼女はたぶん、ここから5つ先にあるバス停で降りるのだろう。ここで彼女とはお別れだ。

また彼女にに会えるだろうかと僕は自然に考えていた。そんなことを考えているうちに時間は流れていく。


教室に入ると中学からの友達で今も仲の良い長谷川が声をかけてきた。


「珍しく遅いじゃん?あと、なにそのぼぉ~っとした顔は」


「普通に寝坊だよ。そんな顔してた?俺」


長谷川は頷く。なぜか、彼女の事が気になって仕方ないがこのことを話すのは恥ずかしいのでただ眠いだけだと言い訳をした。

今日はなぜか授業中はうわの空だった。先生の話が全く入ってこない。あっという間に学校はおわった。

帰りもバスに乗車。ICカードをパネルに当て、空いている席がないか見渡すと行きに一緒だったあの彼女が後ろの席に座っていた。

また彼女は本に集中していた。僕は彼女の向かい側の席に座る。

声をかけたい気持ちはあったが、いきなり他校の男子が声をかけてきたら嫌だろうし、彼女に嫌われやしないかという自意識過剰な考えが邪魔をして結局、彼女話しかけることはなく家の最寄りのバス停に到着してしまった。


彼女はバックの中を漁り、精算するためにICカードを取り出して出口に向かっていった。僕もその後に続いて降りようとした時、彼女が座っていた席に本があることに気づいた。彼女の忘れ物だと思った僕は本を手に取り、急いでバスを降りていた。


「あの!本、忘れてますよ!」


声をかけたのだが返事はない。聞こえていないのか?もう一度、今よりも大きな声で言ってみるも彼女は反応をしなかった。彼女に駆け寄り、後ろから肩をポンポンと叩く。

すると、彼女はとても驚いたように体を大きくびくつかせた。本を彼女に手渡すと彼女は本を受けっとってお辞儀をしてまた歩き始めてしまった。少しそっけない子だなと思ったがあんなに彼女の事が気になっていたのにここでひくわけにはいかないと心に決めた僕はまた彼女のもとに走り、肩をたたいた。

また驚く彼女。僕は少しでも逃げる隙を与えまいと彼女に詰め寄った。


「僕、瀬戸って言います!失礼ですがお名前を聞いてもいいですか?」


彼女はぽかんとしている。あれ?僕、なにか変な事でもしたか?名前を聞いただけなのに彼女は何か私に用ですか?という顔で僕の事を見ている。

しまった!いきなり名前を名乗った後に名前を聞くのはほぼナンパをしようとしている人にしか見えないじゃないか。しかし、もう遅い。考えたって仕方がない。

もう一度名前を述べた後に彼女の名前を聞く。

すると彼女は手ぶりで何かを僕に訴えかけている。よく見るとそれは少し見覚えのある動きをしていた。

彼女は手話でごめんなさいと僕に伝えていたのだ。ごめんなさいの手話の後は何となく手の位置や動き方で予想がつくものだった。そう、彼女は耳が聞こえないのだ。


僕は彼女に言葉を伝える手段として何かないかを考えた結果、筆談で伝えようということになり、バックを漁って紙とペンを取り出した。

先ほど言ったことを紙に書いて彼女に見せる。彼女はその紙とペンを受け取り何かを書き始めた。

書き終わり、彼女が僕に紙とペンを返してくる。受け取った紙にはこう書いてあった。


「私は桜木 花と言います。本を拾っていただきありがとうございました。」


この子は花と言うのか。名前が知れただけでもなぜかうれしくなる。

顔に出ていないだろうか?この感情が今、顔に出ていたら完全におかしい人と思われてしまう。

彼女の顔色を窺う。彼女は僕の顔を覗き込むようにしていた。驚いて慌ててしまう。

その姿を見て彼女は優しい笑顔で少し笑った。その瞬間、僕の見ている世界がいっそう色鮮やかになった気がした。僕の代わり映えのなかった人生というキャンパスに一凛の美しい花が咲き誇ったのだ。


この後も彼女とは筆談で会話をした。彼女は親の転勤で高校入学と同時にこちらに引っ越してきた。

彼女は障がいを持っていて、耳が聞こえづらくなってきたのは小学校低学年の時だそうだ。年を重ねるごとに少しずつ耳は音をとらえなくなっていって完全に聞こえなくなってしまったのは中学卒業とほぼ同時だったらしい。

彼女が僕と同じ学校ではなくて少し遠い学校に通っている訳は彼女が通う学校には障がいを抱えた生徒達が集まるクラスがあったりなどと、対応と設備がしっかりとしているからそうだ。


長い間、彼女と筆談をしていた。日は沈みかけている。彼女と別れる前、彼女にまた会ったらよろしくお願いします。と書かれた紙を見せられた。それに対して僕は


「もちろん!またじゃなくて次も会おう」


そう答えていた。







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