Epi7 おうちデートだった

 部屋で明穂と談笑していると、ドアがノックされ、母さんが飲み物とお茶菓子を用意していた。俺だけだと飯ができた時でさえ呼ぶことは無いのに、この待遇差はなんだろう。お客様だからにしても、俺とは極力関りを避けていた癖に。


「えっとね、大貴をよろしく」

「はい」

「あのね、こんなこと聞いちゃいけないと思うんだけど、大貴のなにが良くてあなたみたいな美人が」

「全部です。特に優れた感性はあたしには無いものなので」


 首を傾げてるけど、明穂にはたぶん母さんや妹には見えない、なにかが見えてるんだろうな。主に俺に対して。ちょっと、いや、かなり持ち上げ過ぎな気もする。

 俺を一瞥した母さんだけど、「大切なよそ様の女の子に、手を出したりしないでよ」と言って去ろうとしたら。


「合意の上なんで問題無いです。むしろ望んでいるのでご心配には及びません」


 すかさず明穂が投げた言葉にびっくり仰天状態だった。

 しきりに首を左右に振りながら部屋を後にしたようだ。


「変なの」

「これが普通だったし。母さんも妹も俺なんか、ただのゴミ扱いだったから」

「おかしいって。でも理由がわかったから、あたしがちゃんと自信付けさせてあげるね」


 そう言いながら俺の手を取り明穂の手で包んでくれる。

 なんか、ヤバい。嬉しさと照れくささと、明穂の優しさに涙が出そうだ。


「あ、エッチもいいんだよ。遠慮しなくて」


 股間が暴発するのでそんなこと言わないでください。

 なんか「望んでいる」が真実に思えて来た。


「ねえ、今なにか書いてないの?」


 突然話が飛ぶのは女子あるあるでしょうか。


「えっと、ひとつ変な奴なら」

「そう。じゃあ、あたしも協力するから、感動巨編ひとつ書いてみない?」

「感動巨編はともかく、なんか普通の奴なら」

「感動巨編じゃないの?」


 無理。

 そんな才能があるならきっと俺は芥川賞を受賞できる。

 結局、一編だけドラマをきちんと書く事になった。


「舞台は東京、主人公は男性、大人は無理だから高校生がいいと思う。ちょっと内気で言葉の少ない子だけど、信念はしっかりあって、それを表に出さない。友達は少なくても理解してくれる子が一人。どうかな?」


 進路で悩み成績面で少し心許無い設定とか、次々アイデアを出してくれるけど、これだと俺じゃなくて明穂が書いた方が早いと思う。


「女の子が一人。接近してくるんだけど内気な主人公は、それを素直に受け入れられないの。でね、一度は拒絶するけど、ひとつの出来事から急速に仲が縮まるの」


 エッチなシーンは無しだけど、手を握ったり腕組んだり、そういう描写は欠かせないと思う、とか言ってるし。


「あ、あたしとはいいんだよ」

「いえ、あの、小説の話じゃ?」

「そうだった」


 脱線するのも女子あるあるかな。


 そうやって詳細を詰めて設定が完成したら、次はプロットをしっかり組むんだとか。


「必要なの?」

「無くてもいいけど、話の筋が一本しっかり通ると思う。ふらふらしないし、話の展開に詰まったりしにくくなると思うから」


 本格的な取り組みに少々面喰うけど、でも明穂も真剣に取り組んでるし、俺もそこはきちんと応えないと駄目だよね。

 セリフは必要最低限、地の文で徹底的に心情描写をして、読む人の心にダイレクトに訴え掛ける内容とか言ってる。それを投稿サイトで投稿しても、誰も読まないんだよね。セリフが多くて地の文が少なくて、話がテンポよく進んで、つまりくどくど描写の無い方が読まれるし。


「そんなんじゃ、ただの子ども向けだってば」

「でも数字伸びないと凹むんだけど」

「気にしちゃ駄目。書き上がったら出版社の新人賞にでも応募すればいい。本当に情熱の篭った作品なら、きっと読んでもらえるしなにかあるかもしれないでしょ」


 夕方まで二人で考えて、やっとプロットも完成した。


「あとは書くだけだよ。それでね、書けたらあたしにまず読ませてね」

「うん」


 駅まで見送りに出るんだけど、妹は既に帰宅してたみたいで、明穂を見てやっぱり納得してない感じ。


「あんなの小説で見返してやればいいんだよ。あたしと大貴で作った小説なら、きっと本になって店頭に並ぶよ。あたしが保証する」


 その自信はどこから来るのか知りませんが、でも、こうして支えてくれる人が居るのは、正直凄く励みになるし嬉しい。ずっと疑ってて、そう言えば謝ってもいなかったことに気付いた。


「明穂。その、ずっと疑っててごめん」

「どうしたの? 疑いが晴れたんだったら、あたしは気にしないよ」

「でも、やっぱけじめとして謝らないと」

「うん。だったらその気持ちはちゃんと受け取っておくね」


 駅の改札前で別れるんだけど、名残惜しそうに手を振る明穂だった。

 俺も見えなくなるまで見送ってた。なんか、自分の人生いきなり充実してきた気がする。彼女ができるだけで景色も違って見えるんだな。


 スマホにメッセージが入った。


『明日はあたしの家だからね。忘れないでよ。駅まで迎えに行くから待っててね』


 忘れたりはしないけど、女子の家に行くってのは物凄く、ハードル高いんです。

 父親とか母親とか、睨まれたりしたらおしっこちびりそうだし。まともに顔見て話せないかもしれないし。でも顔も見ないでいたら失礼な奴だし、かといって面と向かってお嬢さんと付き合ってます、なんて言い辛すぎて。


 家に帰ると二人が詰問してきた。


「あんたにあんな綺麗な子なんて」

「バカ兄の癖に」


 詰め寄る二人だけど無視して自分の部屋に篭った。

 今はなにを言っても俺と同様、信じないだろうし何かの間違いだとか、天変地異の前触れだとか、とにかくバカにするためだけに詰問したいんだろう。


 部屋で小説を書こうとしていたら、ドアが荒っぽくノックされた。

 納得行かなさ過ぎだろうと思うけど、陽和がドアの前に立って説明しろと喚いていた。


「いつから?」

「つい最近。ってか、いちいち説明する必要性を感じない」

「絶対なんかの間違いだと思う」

「だから、俺もそう思った。でも違った。腐った魚の目で見ても真実は見えないよ」


 むかっ腹立ったのか知らないけど、俺の足を蹴って来た。


「いてっ!」

「どうせあと三日でフラれる」

「いいよ。ずっとそう思って自分が正しい、俺が間違ってる、俺は変態だって、そう思ってればいいだろ。お前がどう思うのも自由だし、俺が明穂と付き合ってる事実は変わらないんだから」


 鬱陶しくなって来たから陽和を外に押し出して、ドアを閉めて鍵を掛けた。

 妹とあの母親じゃ、明穂の言う通り俺が自己肯定感を得るのは無理だ。常に見下して俺をダメ人間と決めつけて、あの二人はそれで満足なんだろうけど。

 ほんとに明穂の家で生活できたらいいのに。


 夜も七時になってそろそろ夕飯の時間だけど、やっぱり声は掛からない。

 今日は顔を合わせるのも嫌だから、八時半まで待ってダイニングに行くと、きっちりテーブルは片付けられていて、俺の食べるものなんて用意もされてなかった。


「だよねー」


 仕方なく冷蔵庫の中身を漁ってると、母さんが来て「食べに来ないから片付けた」とか言ってた。

 俺がキッチンでうろうろしてたから、「適当に用意するから待ってなさい」とも。

 暫く待っていると冷凍チャーハンと、インスタントスープが出て来た。


 ダイニングで黙々とそれらを食べていると、母さんが俺の向かいに座って、なにやら言い出した。


「あの子、変わってるね」


 変わってるのは確かだ。俺みたいなのを本気で好きになるなんて、普通に考えたらあり得ないんだから。それは自分が一番わかってる。


「でも、大貴を好きになるなんてね。あんた、大事にしなさいよ。二度とないかもしれないんだから」


 無言でいたら、「母親だからね、本気で大貴を駄目人間だなんて、思って無いんだから。そこだけは言っておかないと、本気で家から出て行きそうだし」とのたまわってるけど、それは今さらだと思う。

 俺の中ではこの家でも最底辺で、俺を本気で心配する家族なんて居ない、そう思ってる。


「大貴はそう思って無いだろうけど、そうさせたあたしにも責任あるから。本当は陽和と同じように可愛がってあげないといけなかった。ごめんね大貴」

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