初恋

琉水 魅希

あなたに好きと言えました。

 あなたに好きと言えたら、伝えられたら良いのに。



 通学路、下駄箱、廊下、教室で。

 どこですれ違う時も、私のドキドキがバレないように

 いつも精一杯の声で「おはよう」って挨拶だけで誤魔化した。


 「好きです。」

 たった一言なのに言えない。

 思わずため息が漏れてしまう。


 胸が切なくて、いつも言いたいのに言えない。

 あなたに、あなたの心に触れたいのに。

 伝えたいこの想い。

 好きだというこの想い。

 

 制服越しの私のないこの胸に。

 初めての気持ち、このドキドキする鼓動。


 気付けばいつもあなたを追っている。

 気付けばいつもあなたを想ってる。

 この胸の切ない想い、それが恋と気付きました。



 私が先生に頼まれた、女の子が持ち運ぶには重いプリントを、すっとやってきて持ってくれた。

 教科書を忘れた時は、自分が怒られるのを覚悟してまでも貸してくれた。

 授業で当てられた時も、そっと答えを教えてくれた。

 もちろん後で解き方も教えてくれた。


 どうしてそんなに優しいの?

 でもあなたは誰に対しても優しかった。

 それでも、そんな中で見せる笑みが私にはとても眩しく映っていた。


 きっと私だけに向けているわけではないのだろうけど。

 その笑顔を独り占め出来たら良いなと思ってしまうけれど。

 好きの一言すら言えないのに。臆病な私は言い出すことが出来ない。


 ドキドキする気持ちとは裏腹に、他の子には向けないでと思う嫌な気持ち。

 両方の気持ちが私の胸で戦って、苦しい。

 恋とは苦しいものなのかなと思ってしまう。


 今日もあなたはみんなに優しい。

 暴力的な男子や威圧的な男子より良いはずなのに、みんなに振り向けられる優しさが胸がきゅっと締め付けられる。

 

 帰り道、涙をこらえきれず見上げて見ると、空は綺麗なみずいろ。

 色々な思いを閉じ込めて、締め付ける私の胸にそっと吹き抜ける風。


 私のもやもやした気持ちを洗い流してくれるかのように吹き抜ける風。

 また明日になれば、きっといつもと同じドキドキした朝を迎えるのだろうな。

 

 眠れないベッドの中でいつも繰り返す。

 ずっと伝えたい言葉を繰り返す。

 欧米の人達程のようにとはいかなくても。

 いつかあいさつのように「好きです。」と言えればね。

 そうすればこの胸のドキドキの意味合いも変わってくるのにね。




 遠くで見つめるのはとても苦しい。

 あの子達のようにもっと近くで話したい、触れ合いたい。

 見つめているだけの弱い自分はもうやめたい。

 こんな自分は変えたい。

 この胸の中の気持ちを言いたい、伝えたい。


 でもやっぱり今日も言えなかった。

 近くに行こうとすると足が竦んでしまう。

 どうすればあの子達のように出来るのだろう。


 

 ★調理実習。

 あの人と一緒の班でカレーを作ることになった。

 材料は学校で用意されたもの。

 一緒に買い物に行って用意する事になっていたら、きっとまともに買い物も出来なかったと思う。

 材料を切る時、最後の最後で失敗をして少し指を切ってしまった。

 

 すぐさまあの人は気付いてくれて、手当てをしてくれた。

 幸い血が材料についてしまうなんてことはなかったけど。

 あの人は傷の事をしきりに気にしてくれた。


 あの人のポケットから取り出して、巻いてくれた絆創膏が宝物に思えるくらい大切に思えて。

 このカレーの味は初恋の味だ。

 カレーなのにどこかほろ苦く甘く、胸の中は切ない。

 自分のカレーの中にちょこっとだけ、ほんのちょこっとだけ涙が混ざったのは誰にも見られていないはず。



 ★体育祭。

 あの人は借り物競争で何故か私を連れて行った。

 お題は見せて貰えなかったし教えてくれなかった。

 判断する側の人も言い辛そうにしていたけど、あの人に向かってがんばれと言っていた。


 お題を見せてもらえなかった事はものすごく残念だったけれど、調理実習で怪我をしていない方の手を繋いで一緒に走った。 

 私は決して足が速い方ではないけれど、自分の競技以上に頑張って走った。

 手を繋いで一緒に走った。


 あの人は汗を気にしてごめんと言っていたけど、それは私も同じ。

 それよりもあれだけ触れたかった手に触れられた事が嬉しかった。

 あまりに唐突過ぎて吃驚したけれど、今日はもう手を洗わないと思いたくなる程に嬉しかった。


 このドキドキはいつものドキドキとも違う。

 同じだけど違う。

 少しだけ、いつもより少しだけ満たされた感じのするドキドキだった。



 ★文化祭

 流行だからと私達のクラスはメイド喫茶をやる事になった。

 女子は当然メイド服で「いらっしゃいませご主人様」というあのメイドさん。

 男子は執事服で「いらっしゃいませお嬢様」というあの執事さん。


 何を思ったのか最終的には「ねこみみメイド喫茶」となっていた。

 時間による当番制のため、くじ引きの結果あの人と同じ労働時間帯となってしまった。

 私も「いらっしゃいませお嬢様」と言われたかった。

 私も「いらっしゃいませご主人様」とあの人に言いたかった。


 でも、練習の時は組み合わせに関係なく、「お嬢様」「ご主人様」と言ったり言われたりの機会はあった。

 「いらってゃいましぇにゃ、ごごご、ごしゅ、ごしゅじんしゃま。」

 練習し始めの頃、緊張しすぎてカミカミだったスタートからすれば、数十分の練習時間でよく出来たと思う。

 

 あの時もあの人が笑顔で落ち着かせてくれた。

 落ち着かせてくれたよね?


 「そんな可愛いねこみみメイドさんがいたら、クラス関係なく通っちゃいそうだよ。」

 と言ってくれた。

 これは落ち着かせてなかったよね。

 むしろ余計緊張してドキドキして、顔は真っ赤になっていたと思う。

 穴があったら入りたいという気持ちだった。


 でもねこみみメイドの姿をさせられていたからかも知れないけど、可愛いと言ってくれた事でやる気の炎が付いたのは事実だった。


 他の学年、クラスでも似たような出し物をしたクラスはあった。

 それでも金賞をもらえたのは全員のがんばりがあったからだと思う。

 周囲のみんなでハイタッチや抱き合ったりしていたけれど。


 私はあの人とのハイタッチが精一杯。

 抱き合ったりは多分精神が保てない。

 心臓がポンプするのを忘れてしまうのではと思う。

 肺が血液を浄化するのを忘れてしまうのではないかと思う。


 最近あの人との距離が少し縮まったのではないかなと思うけれど、それでもやっぱり好きの二文字を伝えられない。

 以前に比べて他の子への羨ましいと思う気持ちは減っていったように思えるのは、体育祭や調理実習の時のような事があったからかな。

 

 


 通学路、一人見上げた空は茜色。

 どこまでも優しく、この胸の切なさを消してくれる。

 すると自然と笑顔になれる。

 明日もまた「おはよう」って言える。

 いつか並んで歩けると良いなと思いながら分かれ道、あの人を見送る。 

 そしてやっぱり今日も言えなかった。


 あなたを見ていると毎日ががんばれる。

 得意とは言えない勉強も。

 決して良いとはいえない運動も。

 良いところを見せなきゃとまでは言わないけれど。

 恋だと気づく前に比べてがんばれてると思う。


 制服越しのこの胸の想いは、抑えることがもう出来ない。

 小っちゃな私にも力をくれる。

 それが恋だと気付いた。

 だから伝えよう。

 伝えないまま苦しむより、伝えて楽に。

 違う、伝えて私を一人の女の子として見てもらいたい。


 下駄箱に入れたラブレター。

 ピンク色の封筒は女の子の証。

 名前は書けなかった。

 学年とイニシャルを書くので精一杯。

 

 封筒の中には「伝えたいことがあるので放課後〇〇時に音楽室で待ってます。」とだけ。


 

 放課後、あの人を呼び出した音楽室。

 私から遅れる事5分。

 心の準備は出来ている心算つもりだったのに。


 声を出そうとしてもつっかかって言葉が出てこない。

 きっと何を言おうとしているかは気付かれてはいると思う。

 ピンク色の封筒に入っている手紙があればそれが告白である事は想像し易いもんね。



 手の、身体の震えが止まらない。

 胸の前で組んだ手が小刻みに揺れている。

 神様、お願い私に勇気をください。


 ずっとずっとしまっていた

 制服越しのこの胸の中の想い。

 初めての気持ち伝えました。


 「ずっと、ずっと前から好きです。ちゅ、付き合ってください。」

 肝心なところで噛んでしまうのも私らしい。

 でも逃げたいという気持ちも失敗して後悔という気持ちもなかった。

 やっと好きだと伝えられたんだ。


 あなたは頬を二度程掻いて、ちょっと照れながら首を縦に振りました。


 私の両目からは涙が溢れて……

 私はやっぱり泣き虫でした。

 

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