第51話

「私、王宮に帰らせていただきます」


 エマが言った。



 普段のエマであれば、絶対に言わないであろう言葉。


 つまり、普通じゃないことが起きたのである。



 内心動揺しつつ、俺は、


 どうしてこうなったのかを思い返していた……




 別荘から屋敷に戻ってきた俺たちは、もとの生活に戻っていた。


 そこへ、今朝アーディが、護衛のライフリートの爺さんを引き連れ訪ねてきたのである。


 何でも、父親のことをお詫びに来たそうだ。律儀な奴だ。


 とも思ったんだが、



「お前、実は暇なのか?」


 そうも思ったので訊いてみる。


「失礼ね! お父様たちがお戻りになったから、私の公務が減っただけよ!」


 とのことだった。



「お父様のお詫びも兼ねて、お料理を作ってきたの」


 と皇女様。


「家事はいつもエルがやっているのでしょう? だから私も手伝おうと思ったの」


「必要ありません。ユウ様のお世話は私の仕事です。余計なことをしないで下さい」


「そ、そう……」



 得意げにしていたお姉様だが、妹に冷たくあしらわれてガックリと肩を落としていた。


 流石に罪悪感を覚えたのか、エマは軽く咳払いし、



「お気持ちだけで結構です。ユウ様のお世話は、私が好きでしていることですので」


「でも、せっかく作ってきたんだし。私、結構料理得意なのよ?」


「はっ? いえ、それは……」


 珍しくエマが気後れしている。


 その間に、アーディは準備を始めていた。



「賑やかだなーって思ったら、お客様が来てたんだね」


 キッチンから伊織が顔を覗かせる。


 最初はエマと食事作りを取り合っていたが、最近は当番制にするということで落ち着いたらしい。



「今日はアーデルハイトが朝食を作ってくれたらしいぞ」


 と、プロ助。


 コイツ、通常モードの伊織には気後れしないよな。ブチ切れた伊織にはビビりまくってるけど。



「そうなの? じゃあ、今日はちょっと豪華になりそうだね。私ももう作っちゃったし」


「なんだか腹減ったし、多ければ多いほどいいぞ」


 ……なんか、偉そうだなこの女神。



「ライフリートさん……でしたよね。よろしければ、ご一緒にいかがですか?」


「いえいえ。私は姫様の護衛というお役目がありますから、どうぞお気になさらず」


「そうですか……じゃあ、お茶だけでもお入れしますね」


「恐れ入ります」


 客人の対応も伊織に任せっきりだ。


 ……まあ、それは俺も人のこと言えないが。


 と、この時は軽く考えていたんだが、




「うっ」


 突然の死。


 アーディの料理を一口食べたプロ助は、机に突っ伏してピクリとも動かなくなった。



「お、おいおい! どうしたんだよ!」


 驚いて引き起こすも、


「…………虹が、虹が見える……なんか、見え……ガクッ」


 死んだ。


 まあ大丈夫だろ。仮にも女神だし。


 つーか、これは……



「なあ、エマ」


「はい、ユウ様。ご推察の通りです。お姉様はああ仰いましたけれど、料理が壊滅的に下手なんです。見た目は普通ですが」


 エマの言う通り、アーディが作った料理はどれも見た目は普通だ。


 こうして並べられていると、伊織が作ったものと遜色ない。うまそうですらあるんだが、



「……っ……っ…………っ!」



 プロ助を見ると、確かに料理の腕は殺人級らしい。


 全てを察したらしい伊織も、アーディの料理は食べないことに決めたようだ。



「相変わらずですねお姉様。やっぱり貴女の料理は、人類には早すぎるんですよ」


「失礼ね! ……あむっ……ん、美味しいじゃない」


 本人的には会心の出来らしい。


 満足そうな顔で食べている。



 ……アレだな、未来の猫型ロボットが言ってた。「フグが自分の毒で死ぬか」って。これもそういうアレか。



「ユウ様。危険物は放っておいて、安全なものを食べましょう。さ、お口を開けて下さい」


「待ってエマさん! だから食べる順番にも気をつけなきゃ! まずはお野菜から!」


「いいえ。ユウ様がお好きなものから召し上がって頂きます」


「うぅん、まずは――」


 と、俺たちは俺たちで、プロ助は放っておいて自分たちの食事を進める。


 が、



「あら、エル。それ私が作ったやつよ。結局食べるんじゃない」


 と、恐るべき一言が。


 瞬間、エマの白い肌がより一層白くなったように見えた。


 それを合図としたように、ガクッ、


 気を失った。



「お、おいエマ! しっかりしろ! 傷は浅いぞ!」


「え、エル!? 変な悪ふざけはやめて!」


 アーディが驚いた声で言い、異変を察知したらしいライフリートの爺さんも駆け寄ってくる。



「うぅ、ん……っ」


 何度か声をかけて体を揺すると、ようやくエマは身じろぎをし、ゆっくりと目を開いた。



「よかった。気づいたんだな。まったく、もうアーディの料理は食うんじゃないぞ」


「それどういう意味よ!」


 抗議の声を出すアーディだが、そんなことはすぐにどうでもよくなった。



「……貴方、どなたですか……?」


 俺の顔を見たエマが、キョトンとした顔でそんなことを訊いてきたから……

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