第50話

「お父様っ!」


 扉が開かれると同時、アーディが部屋に飛び込んだ。


 はしたない行為なんだろうが、今ばかりは咎める者はいない。何故なら――



「おお、アーデルハイト。来てくれたのか」


「当然です! 突然倒れられたとライフリートから聞いて、すぐに帰ってまいりました!」


 アーディがベッドに駆け寄ると、ハインリッヒが笑顔を見せる。


 心なしか、それは弱弱しいものに見えた。傍らについているシャーロットさんも心配そうだし、



「お父様……」


 エマも、今ばかりは心配そうだった。




 今朝のことだ。


 俺たちが朝食をとっている時、ライフリートの爺さんが珍しく少し焦った様子で報告をしてきた。


 国王……ハインリッヒが倒れたというものだった。


 急報を受け、俺たちは別荘から王宮まで戻ってきたわけだが……



「一体どうされたのですか? 急に倒れられるだなんて……それほどお疲れなのですか? まさか、フランクの手の者がまだ……」


 ハインリッヒを排しようとしていた法務長官。


 フランクは死刑を求刑されない代わりに協力者の名前を全て吐いたらしい。


 まだ協力者がいたのか?



「それが……」


 アーディに訊かれ、ハインリッヒは少し困ったような顔になる。


「よく分からないんだ。急に後ろから頭を叩かれてね」



「そんな……王宮の内部にまで賊が入ってきたということですかっ!?」


 アーディの顔色が変わった。


「警備は一体何をやっていたのっ!? 賊の侵入を……それもお父様のお部屋にまで許すだなんて!!」



「落ち着きなさい、アーディ。そう頭ごなしに責めるものではない。それに、私は君とエルが帰ってきてくれただけで満足だ」


「お父様、一体何を仰っているんですか!? これは大問題です! 分かりました、じゃあ……」


 あれ、気の所為かな。なんか嫌な予感がする。


 流れてついてきてしまった俺と伊織、プロ助は、離れた場所からそれを見学していたのだが、



「ご安心ください! お父様を襲った賊は、私たちが見つけますっ!!」


 後悔するハメになったのだった――




 そんなわけで、俺たちはハインリッヒが襲われたという執務室を調べに来たのだが、


 部屋には、特におかしいところはなかった。


 争った形跡もない、荒らされた形跡もない、それに発見当初は窓も扉も、全て内側からカギがかけられていたらしい。


 つまり、所謂〝密室〟だったわけだ。



「……どう? 何か見つかった?」


 人が隠れられそうな、家具で出来た死角を調べ終えたらしいアーディが訊いてきた。



「うぅん、こっちは何も」


「私も同じだ」


 伊織とプロ助が答える。



「こちらもおかしなところはありませんでした」


 みんなの報告にアーディはガッカリした表情になり、エマは「そもそも」と続けた。


「賊の目的は何でしょうか? 何かを盗むでもなく、只お父様を殴っただけ。ここまで奥に忍び込んでおいて、そんなことがありますか?」


 納得する答えが見つからず、みんな考え込んだようだ。



 俺も考え事をしていた所為でしばらくエマの視線に気づかなかった。


 彼女は「どうされたのですか?」と訊いてくる。



「いや、ちょっと気になることがあってさ……」


「何か見つけたのっ?」


 期待するようなアーディに、俺は「そういうわけじゃない」と答える。



 エマが言った通り、どうもおかしい。


 ここでまで侵入しておいて誰も殺さす何も取らず、ただ殴っただけ。


 そもそも、ここまで侵入なんてできるのか?



「こういうことじゃないか? 目的があって忍び込んだが、果たす前に見つかりそうになり慌てて殴って気絶させる。そのことに動揺して逃げた」


「犯人はバカってこと? それにどうやって部屋から出たの?」


 プロ助の説に伊織の冷静なツッコみ。



 そういや、ホームズが言ってたっけ。


 不可能なものを除外していって、最後に残ったものがいかにありそうになくてもそれが真実だ。



 俺が好きな名探偵も言ってたな。


 Aが殺されBとCに疑いがかかっている時、潔白に見えるDが犯人ということはありそうもない。だがDが犯人だ。



 この言葉に従えばありそうもないことが真実ってことだ。


 てことは……



「あっ」


 その時、ある仮説が俺の頭に浮かんだ。



「俺、分かったかも」




「真相が分かった?」


 ハインリッヒの寝室に戻ってきた俺たち。


 俺の言葉をなぞった国王は怪訝な顔になった。


「どういうことですか? アイザワさん」


 シャーロットさんに訊かれ、俺は仮説を披露する。



 俺はエマも言った疑問点をまた上げてから、


「多分犯人は寂しかったんだ。娘たちが自分を置いて避暑地へ行ってしまったことが。だから戻ってきてもらうために一計を案じた。自分が倒れたと言えば、きっと心配して帰ってきてくれると思ったからだ。ついでに……」


 言おうか迷ったが、一応言っておくか。


「大嫌いな男から引き離すこともできるしな」



「ちょっと待って」


 アーディが言った。


「それじゃあ、まるでお父様の狂言みたいだけど……」


「ああ、その通り」


 俺はあっさり答えてやる。


「お前とエマに帰ってきてほしくて嘘をついたんだよ。窓とドアに鍵をかけて、誰かに殴られたと言ったんだ。つまり犯人はいないしトリックもない」



 部屋の全員の視線がハインリッヒに集まった。


 妻と子に無言の視線を向けられ、



「げっ、げほげほ! 痛い! 急に頭が痛くなってきた! 割れそうに痛いぃいいいいいいいいいいいいいいっ!? 痛い痛い手首が痛い! そんなに捻じらないでくれシャーロット!!」


「あなた、一体何を考えていたんですか……?」


「ま、待ってくれ! 何十年も一緒にいて二人の子供を育てた仲じゃないか! それなのにあんな小僧の言葉を信じるのかっ!?」


「だから分かるんです。嘘だったんですね……」


「だって! 二人を何としてもこの小僧から引き離したかったんだ! エマがいながら他の女ともいちゃつくなんて、こんな女ったらしてててててててててててっ!?」


「小僧? 女ったらし? お父様、ユウ様に向かって無礼ですよ」


 というか、と続けられた声は、一段階低くなっていた。



「せっかく私がユウ様との時間を楽しんでいたというのに……ほんの一瞬でも心配した私がバカでした。よくも騙してくれましたね……」


「お、落ち着いてエルちゃん。話せば分かる。よく話して聞かすから……アーディ! 何とかしてくれないか!」


 妻と娘二号に両手首を捻じり上げられ、娘一号に助けを求める夫。



「無理です。少し反省してくださいお父様」


 が見捨てられた。



「許してほしいのなら、二度とユウ様に無礼な口を利かないでください。それから私たちのことにも口出しをしないこと。いいですね……?」


「分かった分かった! ホント済まなかった! 反省してる! 誓うからやめてくれぇえええええええええええええっ!!」


 そんなわけで、人騒がせな事件は解決した。



 あと、ハインリッヒから逃げる必要もなくなったらしかった。

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