第19話

 屋敷に帰ると、そこには誰もいなかった。


 まあ、当然といえば当然だ。あの後、エマがマジで結界張ったらしいからな。


「まあ、静かでいいことですね。そうです! やはり結界を張ったのは正解だったようです」


 思ったんだが、その結界、プロ助は突破してきそうだよな。いちおう神だし、あいつ。



「ユウ様、二人きりになれて、私、とても嬉しいです……」


 エマは恍惚とした表情を浮かべ、俺にゆっくり、ゆっくりと迫ってくる……。


「というか……本来これがあるべき形なのに、皇女やら幼女やら、おかしな奴らばかり集まって……本当、ユウ様へのご迷惑も考えられないなんて、邪魔者共め……ッ!」


 怖い! つ―か仮にも神にむかって邪魔者は可哀そうだろう。



「なあエマ、まずは食事にしないか? 腹減っちゃってさ」


「食事、ですか?」


「ああ。エマの作ってくれたものが食べたいんだ。いいだろ?」


 手を取ってそう笑いかけると、



「は、はい……もちろんです! 何でも作って差し上げます」


 エマは嬉しそうな顔をしてキッチンに消えていった。




 しばらくして……


「お待たせしました、ユウ様。今朝仰っていた、珍しい料理、腕によりをかけて、作りました」


「お、おう……」


 料理が出てくると思ったら、生首が出てきた。


 生気のない目玉が飛び出していて、思わず俺の目玉も飛び出そうなほどに驚く。



「な、なあ……これ……?」


「魔物の脳みそです。今朝仰っていた、珍料理ですわ」


「…………」


 ゑ? なに?



 料理作ってって言ったら脳みそ出てきた。嘘だろ、おい。


 つーか、この魔物の顔どこかで見たと思ったら、さっきエマが引きずってた奴だ。


 なるほど、食材を調達しに出てたんだな。ああ、なるほどそういうことね……


 ……って、いやいやいやいや!



「さあユウ様。また私が食べさせて差し上げます。もちろん、全部食べてくださいますよね……?」


 ちょっとやめないか。


 俺の顎を掴んで無理やり口の中に脳みそをねじ込もうとするのは。




 食事が終わって……


「ユウ様、お味はいかがでしたか? お口に合いましたでしょうか?」


「ああ、もちろん。とってもおいしかったよ」


「それは何よりです。ところで……」


 エマは一度言葉を区切って、俺の様子を窺うように見てきた。



「なにか……私を見て感じませんか? 例えば……胸が苦しくなったり、ドキドキしたりとか……」


「え? いや……特には……」


 すると、エマは明らかに落胆した表情になった。



「あら、おかしいですね。分量を間違えたのかしら……」



 …………


 ……………………



 よし、今のは聞かなかったことにしよう。


 あ、料理は結構おいしかったです。


 それから……



「ユウ様、お背中をお流しします。最近はゴミムシ共がうるさくて、ろくにできませんでしたから、今回は入念にしないといけませんね。それに、夜伽も。しっかりご奉仕しさせていただきますわ……」




 入浴後……


 天蓋付きのベッドに移動し、


「い、如何でしょうユウ様? この下着、新しく買ったのですが……お好みに合いますでしょうか……?」



 顔に朱を散らし、恥じらいながらも俺に下着を見せつけてくる。


 今日は紫色の下着だ。生地が薄く、隠すべきものがうっすらと見えてしまっている。


 そして露出した生足にはキャットガーターが。



「奇麗だよ、エマ」


 その言葉だけでも、エマはとても幸せそうだった。



 だが、それだけで満足できるはずもない。


 ただでさえここ数日は、邪魔者の所為でできてなかったんだ。


 お互いに溜まっているのは明らかだ。



「ユウ様、どうぞお好きなように。お付き合いします、最後まで」


 俺が体に触れるたび、エマの体はビクンと震え、口からは艶めかしい声が漏れる。


 体温が上がっているのか、白い体は朱を散らしたように赤くなっていく。


 エマの体の感触が、声が、匂いが、全てが俺を刺激してさらなる行動に駆り立てた。



 ヤバい。


 俺、朝まで止まれないかも――



 と、お互いさらに加速しそうになった時、



 何か違和感を感じた。


 いや、悪寒か? ぞっとするような、体の芯が冷えるような……



 動きを止めてしまう。


 だがさらに驚くべきは、エマも俺と同じように動きを止めていることだ。



「エマ……?」


 呼びかけると、エマはすこし警戒した様子で言う。



「ユウ様、私の後ろへ」


 言うが早いか、エマは力づくで俺を自分の後ろへ隠すようにした。


 魔力で身体能力を底上げしてるとはいえ、年下の女子にここまでされるってちょっと恥ずかしい。



「!」



 そこで、俺も気づいた。部屋の一点に、魔力が集まっていく気配がする。そして――


 突如、床に複雑な文様を描いた桜色の魔法陣が浮かび上がり……



 魔法陣の内部は光に包まれた。



 エマは無言で杖の先端を魔法陣へと向けている。多分、いつ、何が起きてもいいように。


 少しずつ、光が晴れていき……


 その中に、人の輪郭が見えた。



「本当に、こんなところにいたんだね……」


 声が聞こえた瞬間、俺は全身に震えが走るのを確かに感じた。


 魔法陣の中にいたのは……



 腰まで伸ばした長い奇麗な黒髪の、一見すると〝大和撫子〟って感じの二十歳そこそこの女。


 ようやく気付いた。悪寒の正体はコイツだったんだ。


 こいつは……




「会いたかったよ! ゆーくんっ!!」




 俺を殺した、元カノである。

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