第18話

 翌日のこと。


「おはようございますユウ様」


「おはよう、エマ」


 エマの膝枕で目を覚ました俺だが……



「なあ、なんで俺、また縛られ(以下略)」


「ユウ様の為(以下略)」


 イスに座らされてはいないが、寝た状態で手足を縛られている。



 つーか……つーか……おい、またかよ。


 これ、マジでテンプレにするつもりか? 勘弁してくれよ。流石の俺もそんな趣味はないぞ。




 三十分後。


 俺は一人で街を歩いていた。


 太陽の光が目に眩しい。肩を回せばコキコキなるし、足にもまだ違和感がある。おかげで歩き方がぎこちなくなってる気もするが……


 そう、一人。俺はいま、一人で歩いている。



 つまり……自由だ!



 は? エマはどうしたのかって? 奴なら多分、屋敷で夕食を作ってる。まだ午前中だけども。


 俺が「アーディでも食べたことがないような珍しい料理が食べたい」と言ったら「お任せください」と目を怪しく光らせていた。


 それでどんな料理かは楽しみにとっておきたいからとか言って屋敷を出たんだが……うん、うまくいってよかった。エマのこういう素直なところ、元カノよりやりやすくて助かる。


 元カノはな、スマホのGPSで俺の居場所を常に把握してたからな。でも料金払ってたのあいつだから強く出れなかったしな。



 だが今回はそんなこともない! つまり俺は、いま正真正銘の自由である!


 さあて、まずは何をしようか。エマから小遣いは貰ったからな、金はあるが……


 あるが、それほど多くはない。しゃーない、まずは軍資金を増やすところからだ。



「本日、新規オープン致しましたカジノでえす! ただいまオープンキャンペーンもやってまあす!」


 タイミング。


 よすぎるだろ。見えざる手的なものが動いたとしか思えん。


 視線のさきで、妙に露出度の高い服を着た若い女性が胡散臭い呼び込みをやっている。



「あっ、おにいさーん、いかかですかあ?」


 目が合うと、ニッコリと営業スマイルをむけてきた。


「え? そうだなあ……」


 俺も笑顔を返しながら、迷うフリをする。すると、女性は細い腕を俺の腕に絡めてきた。



「ぜひぜひ! キャンペーンもやっていますから、損はさせませんよぉ」


 言いながら、ムニュっと胸を押し付けてくる。


 うーむ、俺は脚フェチだからなあ。どっちかというと、その太ももに挟まれたい。……まあ、それはそれとして。とりあえず感触を楽しもうか。


「そこまで言うなら、入ってみるか」


「ありがとうございまーす! 一名様、ご案内でーす!」




 てなわけで店内。


 そこら中にキラキラした装飾が施され、スロットの音やら音楽やらがうるさいくらいに聞こえている。


 そんな中俺がいるのは、ポーカーが行われているテーブルだった。



「俺はおりるよ。フォールドだ」


 テーブルについているのは、俺を入れて五人。うち一人の男が肩をすくめて言うと、カードをテーブルの上に投げ出した。


「お客様はどうなさいますか?」


 ディーラーの女性が訊いてくる。答えるまえに、俺は一人の男を見ると、そいつは無表情で俺を見返していた。が……


 よくよく見れば、余裕の態度を隠せていない。ふむ。



「そうだなあ。まずは、コールしよう」


 瞬間、男の目には「獲物を捕らえた」とばかりにギラギラした光が宿る。


「それでベットを……これだけ」


 すると、男はさらにベットし、結局、俺たちはオールインした。


 男はというと、勝ち誇ったように笑っている。



「一つアドバイスしてやるよ。おまえ、ハッタリかます時に分かりやすい癖があるぞ」


「癖? それって、左の眉を軽くかく癖のことか?」


「分かってるなら直せよ。そら」


 男が見せた手札は、9が三枚とキングが二枚。つまり、フルハウスだ。



「へー。こりゃすごい」


「だろ?」


「ま、これには負けるが」


 俺が見せた手札を見て、男は一瞬固まって、それから信じられないといった顔つきになった。


 五枚のカードのうち、四枚はクイーン。つまり、フォーカード。



「ご愁傷様。ポーカーフェイスの練習からやり直すんだな」


 いまだ呆然自失としている男を無視し、俺はチップを回収。それからテーブルを離れた。



 他のテーブルでも勝ちまくっていると、三十代と見える男に声をかけられた。


 勝ち続けている理由を聞かれたのでカードを覚えているだけだと答える。


 でも、俺は実際イカサマなんてしていない。ただ相手の顔色を読んでいるだけ。


 生前、何人もの彼女たちの顔色を窺い続け、伺い続け、伺い倒したことで手に入れたこの観察眼! どんな細かな表情も見抜いてやるぜ!



 が、それも駄目らしい。


 純粋な運で勝負しないと出禁にすると脅されたが……


 いつの間にか俺の両脇には、奇麗なドレスで着飾った若くて美人な女性がくっついていた。



「おにーさんすごーい! いくら勝ったの?」


「さあ? よく覚えてないなあ」


「ずいぶん羽振りがいいみたいけど、そんなにお金あるの?」


「どうだろ。そこそこかな」


「えぇ~なにそれ」


「でも私、おにーさんみたいな強い男の人って好きだなあ」


「おっ。うれしいこと言ってくれるなあ。じゃあ、俺から君たちにお小遣いだ」


「きゃーっ! 素敵ー!」


「ありがとー! ねえね、おにーさん。カードばっかりやっていないで、私たちと遊ばない?」


「うんうん。私、おにーさんのこと、もぉっと知りたいなあ」


 両側から、耳元で、甘い声で囁かれる。



 ……いやいや、分かってるよ? こいつらが好きなのは俺じゃなくて、俺の持ってる金だ。


 それに、屋敷ではエマが夕食を作ってくれているわけだし? いくら何でも? ここで誘いに乗るのは? 不貞行為? 的な?



「それ、名案だね」


 だが、それはそれ。これはこれ。


「今日はずいぶん遊んだし、君たちとゆっくりしようかな」


 俺が両腕をそれぞれの腰に回すと、二人は自分の体をさらに押し付けてくる。



 正直言って、俺はちょっと調子に乗っていた。


 その後も勝ちまくったせいでついにカジノを追い出されたが、それは別にいい。


 いや、よくはないが、それはいい。



「ユウ様……」



 カジノを出た瞬間、聞き慣れた低い声が耳に届いたとき、俺は思わず身を震わせてしまった。


 エマがいた。真っ白な肌と髪を血で赤く染めた、エマが。


 今度はべつの意味で動揺するが、すぐに気づく。これはエマの血じゃない。エマの真横に倒れ伏している、魔物の血だ。



「こんなところでお会いするなんて、奇遇ですね……ところで、誰ですか? 両脇のメスは」


 ズルズルと、魔物を引きずりながら、ゆっくりと近づいてくるエマ。


「いや、これは、その……えっとだな……」


 とっさに言葉が出てこない。くそっ、迂闊だった! まさかこんなところで会うなんて!


 つーか、なんでこんなとこにいんだよ! 夕食の準備はどうしたんだ!?



「ちょっとあんた! 急に出てきて何!?」


「そうよ! いまは私たちが遊んでるんだから、あっちに……」


 その抗議は、無理やり中断させられる。エマの放った攻撃魔法が、二人の頬ギリギリをかすめて行ったからだ。



「一度だけ、警告します」


 いままで微妙に俯けていた顔を上げて、暗く鋭い光が宿った目で、二人を射殺さんばかりに睨みつける。


「消えなさい」


 お分かりだろうが、二人は悲鳴を上げて逃げて行った。そしてあとに一人残された、俺。



「まっ、待てエマ。話せば分かる。よく話して聞かすから」


「ユウ様」


「はい」


 その低すぎる声に、反射的に姿勢を正す。



「私、一つ謝らなくてはいけないことがあります。ユウ様がいまどこにいるのかが分かるよう、私の魔力をマーキングしておきました。だって、きちんと把握しておかないと、困りますから。いろいろと。それで妙な場所にいるからと思い来てみれば……」


 マジかよ。こいつそんなことしてたのか。元カノと同じようなことしやがってクソが!


「説明してください。まさか、私が夕食を準備している間に、あのメス共と遊んでいたわけではないですよね? ええ、もちろん分かっています。ユウ様がそんなことをする方でないことは。だから、説明してください。大丈夫です、私、ちゃんと話を聞きますから」


 ヤバいよヤバいよ。エマ超キレてるよ、これ。答えミスったら死んじゃうよ、俺。


 おっ、落ち着け。この程度の修羅場、前世でもあったじゃないか。落ち着いて対処すれば乗り切れる。じゃないとマジで死ぬ!



「じつは俺、お金を増やそうとしてたんだ。だって、ここに来てから、俺はずっとエマに甘えてばかりだからね。なにかお返しがしたくて、プレゼントをあげようとしたんだ。それでお金は増やせたんだけど、なにを買ったらいいのか分からなくて、あの子たちにアドバイスを貰おうとしたんだよ。俺、どうしてもエマに喜んでほしくて……そのことばっかり考えて、エマのこと考えられてなかったのかもな。ごめんよ……」


 元気のない声で言って、気まずそうに笑ってから、顔を俯ける。すると、


 胸に衝撃がきたので一瞬体が強張るが、違う、攻撃じゃない。エマが、俺の胸に顔を埋めるようにして抱き着いてきたんだ。



「いいんです、ユウ様。私はユウ様にお仕えする身。お世話をするのは当然のことです。お気になさる必要はありません。私としたことが、ユウ様を疑ってしまうだなんて……! 申し訳ありません。ですが、お気持ちだけで結構です。ユウ様のお役に立つことが、私の生きがいなのですから……」


「ありがとう、エマ。俺は本当に、エマに甘えてばっかりだな……でも、そういうわけにはいかないよ……」


 耳元で、そっと囁くように言いながら、俺はエマからちょっと離れて、ジャケットの内ポケットから小箱を取り出して、その中のものをエマの首にかける。



「これは……」


「ネックレスだよ」


 俺はまた優しく、甘く囁く。これはカジノの売店で手に入れたものだ。万が一の時、エマのご機嫌取りに使おうと思ってたが、まさかこんなに早く使うことになるとはな。



「やっぱり、エメラルドはエマの瞳によく映える」


「ユウ様……ありがとうございます」


 エマは幸せそうに呟いて、また俺の胸に顔を埋めてきた。


 俺はといえば……


 何とか生き延びることができたことに、秘かに息を吐くのだった――




 その様子を、物陰から見ていた幼女が一人。


「やっぱりあいつ、ちっとも反省してない!」


 怒れる幼女は、なにかを決意した顔で言う。


「こうなったら、やってやる……!」



 見てろ、と呟いたその言葉を聞いた者は、しかし誰もいなかった。

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