雨がふる

 馨と恭輔はクロワッサンを取り合いして食べている。みんな高校二年生の学年で十七歳になった。二年前から地球から離れてこの四人だけが唯一の日本人だった、他はアメリカ、ロシア、中国などの世界中から集められた学生ばかりだ。

 すでに出撃して帰らなかった、もしくは周回軌道に乗った先輩の背中を覚えている。黒田くん、一ノ瀬さんは先月出撃したが今も戻らない。思うことはただ一つ、帰ってきてほしい。あの笑顔がもう一度見たいと何度も繰り返しモニターに映し出される二人の姿を見て、泣きそうになる自分を抑えることしかできなかった。


「先にセンターに行くわ。おまえらはゆっくりとしておけよ」

 恭輔は遥の肩に手を置いて、少しはにかんだ顔をして言った。黒い髪は短く刈り込んでいる。キラリと光る眼鏡を少しあげると、馨は黒髪を一つに結び直して恭輔の手を取って美里にウインクした。

 それは例のサイン、この後二人は一目のない場所を探してお互いの体温を確かめ合う。二人は恋人同士ではない、だが嫌いじゃない。そこを切り取ってこの先普通ではない日常を過ごすことは拷問に近い。女はみんなピルをのんでいるので妊娠はしない、ここは戦場に近い、いや、最前線の一歩手前。

 だが、孤独な魂はお互いに何かを打ち消す為にお互いを求め合う。最後の命の炎が消える前に。それは刹那と情熱が交錯する時間である。


 二人は今頃……。

 美里はそう思いながらも鞄からスマホを出した。

「ねえ、この小説なんだけど」

 遥に見せた電子書籍の小説「双頭の鷲は啼いたか」を見せた。

「ああ、これな。俺も読んだ。最後どうなると思う?」

 偶然の一致というか、読む本の趣向も似通っていることに今更ながらにはっとする。何十万とある電子書籍の中で同じ本をスマホに取りこんでいた。

「この二人が仲良くなって、お互いに許し合い仲良くするって言うのは?」

 美里が言うと、

「おまえは甘いなあ、清いこと言ってんじゃねーよ。この後、マスターのほうが、自分の弟を抹殺して成り代わるんだよ」

「うわー、それはないわー。残酷」

 遥はサンドイッチに手を伸ばして、口に運んで嬉しそうな顔をして噛んでいる。こめかみが上下する。美里は思わず、動くこめかみに細い指を伸ばした。

 その手に遥は自分の手を重ねる、上下する顎の振動が伝わる、生きている、今、まだ私たちは生きている。美里は頬を伝う涙を止めることができなかった。先ほど自分たちの前から消えた友人たちのような関係ではない二人。

 そうすべきではないし、それを口にすると、出撃することができずに自殺する道を選んでしまいそうで美里は怖かった。

「あ、雨だな。この惑星で雨を見るのは珍しい」

「基本、降らないはずなのにね」

 でも、二人はファイルをバッグから取り出して、頭にかざした。地球からここへ来るとき、それぞれの両親が荷物に入れた傘。どこまでも二人は似通っていた。それを不思議だと思わない。当たり前のように過ごすことが、お互いの心の拠り所だった。好きだと言えば、口に出してしまえば別れがつらくなるから何も言わない。それをも分かっていてこうして一緒にいるこの瞬間がとてつもなく尊いし貴いのだ。

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