第18話 「いってきます」



「あの、お聞きしたいことがあるんですが・・・」



「え…?」

「・・・、い、良いけど…」




配給を配り終わり、片付けをしている御役所の騎士の方達に話し掛けると驚いた顔をしていた。



それもそうだろう。

私は喋れない子だと思われていたんだから───。




疫病が蔓延した時に、死体から服を貰って、それから誰も居なくなった家から、針と糸を。

それで自分に合う服を何とかして作り直した。


勿論16歳の誕生日、自分の身体を売り物に出来るこの日の為だ。



お父さんに、「いってきます」と告げ、

エリック様に頂いたリボン、それからこれも大切な宝物・・・鏡で自身を確認して、いつもの慣れた道、御役所までの道を振り返ること無く歩んだ。






「身体を売ってお金を稼ぎたいのです。 何処か働く場所を知りませんか?」


「え・・・・、身体を…?」

「君が?」


「はい」



男性にこんな事を聞くのは危険かもしれない。

けれど毎日顔を合わせ、ある程度は信用出来る人達だなと分かってのことだ。

この人達から毎日、食料を渡して貰ってるのだから・・・。



「いや、まぁ、そうだな・・・貧しい所のお嬢さんだろう…?」

「あ、あぁ…、確か、エラ・・・、エラ・グレン…だったか…?」


「え…、覚えて頂けてるのですか・・・」


「そりゃあ・・・なぁ・・・?」

「あ、あぁ・・・、こんだけ目を引けば流石に俺らも覚えるぜ…」


「・・・、そうですか…?」



目を引く・・・、そんなにも私は汚かったか・・・。

そうか…、私は臭いも酷かったしな・・・、この方達にも随分と不快な思いをさせてしまっていたのか・・・。



「あ、すみません・・・、酷かったですよね・・・。 汚い私にいつも配給して下さって・・・・、」


「え?いや、そう言う意味じゃあ・・・、まぁ、昔は酷かったな」

「あぁ、骨と皮だけだった。 本当によく、成長したよ」


「・・・ありがとうございます」



私の成長を見てくれてただなんて、不思議な話ね。

ここでは誰とも関係を築いていないと思ってたけど、こうして見ている人が居たんだ…。



「で・・・、身体を売る商売がしたいと…」

「本当に良いのかい?」


「はい。 それしか稼ぐ方法がないので。 生きていく為です」


「そうか・・・。 生まれる場所が違えばなぁ・・・。 勿体無い…」

「そうだなぁ…。」



じっと見つめる私に、御役所の騎士の方々は、可哀想なものでも見る瞳で見つめ返す。


だけどそんなのは要らない。

生まれる場所なんて選べない。

だから私は私を生きるしかない。



「・・・・・個人で・・・、商売する人も居るが…、君みたいな子は危険すぎる。」

「そうだな。あそこが良いよ。 マダム・ロージー。」


「マダム・ロージー…?」


「あぁ。 王都からすぐ近くの歓楽街にあるんだ。 あそこら辺は、不当な賃金や、違法な手段で商売してる店も沢山あるが、マダム・ロージーは信用出来るお店だよ。」

「店の名前そのままなマダム・ロージーは良い人でな、女の子をちゃんと大切に扱ってるよ。」


「へぇ・・・」


「あぁ、怒ると恐いけどな…!」

「本当…!俺の仕事仲間の騎士も一回相当怒られたんだよな…!『殺されるかと思った』って言ってて…!」



けらけら思い出して笑ってるのを見て、あぁ聞いてよかったと思った。

と同時に、王都の近くだから、騎士様達も行くんだなぁ、もしかしてエリック様にも、いつか、また会えるかもしれない・・・。

そんな淡い期待が頭をよぎる。



「あ!ごめん、ごめん! 行き方だよね、あそこから乗り合いの馬車が出てる。それに乗れば王都まで行けるから、カレイド通りと言う場所で降りて左の方の道へ進むと歓楽街に着くよ。 君ならロージーも大歓迎じゃないかな。」

「歓楽街は昼でも夜でもピカピカしてるからすぐ分かると思う。」

「マダム・ロージーの店も、真っ赤に光ってて凄く大きいから、それもすぐ分かると思う。唇の看板が目印さ。」


「何から何まで・・・、ありがとうございます」



ただ今のでひとつだけ心配があった。



「あの、…乗り合いの馬車って・・・、お金掛かりますか…」


「え、あぁ・・・。300マルスだね、他よりうんと安いと思うけど…」

「・・・まさかお金持ってない? 300マルスも?」


「は、はい・・・・。 あの、歩いていけますか?」


「「行けなくはない、けど・・・」」



そう言って、ふたりは顔を見合わせた。



「君の足では2~3日は掛かると思う」

「それに、危険すぎる」


「危険・・・?」


「あぁ、多分拐われる」

「働きに行く前に恐らく身体が駄目になる」


「でも、他に方法が・・・」


「う~~ん・・・」

「他にもそう言う店はあるけど・・・、ごめん、俺達はお勧め出来ないな・・・」



真っ直ぐな瞳でそう言うから、きっと本当なんだと感じた。

けれど、お金なんて、1マルスだって持っていない…。



「・・・・・・300マルス、あれば良いんですね…。」


「まぁ…、それで乗り合い馬車は乗れるけど・・・」

「どうするつもりだい…?」


「落ちてるお金、何とかして集めます…」



きっと時間は掛かるだろうが、仕方が無い。

物乞いなんて、ここではすぐ捕まってしまうから、落ちているものを拾うぐらいしか・・・。



「えぇ? 集めるつったって、そんな都合よく・・・」

「それに、ここの平和を保つ者としてはちょっと、見過ごせないかな・・・」



「そんな・・・」じゃあどうやって集めれば、やっぱり歩いていくしか・・・。

呟いた一言で続く言葉を予想したのか、騎士の一人が、私達にしか聞こえない声でこう言った。



「俺達の馬車に乗せてっても良いけど」と・・・。



「えっ…?」


「おいっ…!馬鹿かお前っ…! 一般市民を乗せれば俺達、罰則だぞ…!」

「分かってるって」

「じゃあなんで…!」



ひそひそと話している。

勿論、正直に言えば私は乗せてほしい。


しかし、もしバレたらこの方達が罰則を受ける羽目になる…。



「あぁ、そりゃタダとはいかない。俺達もリスクがある。 お金がないのなら身体払ってもらおう」

「なっ…!お前っ…!なん、何を…!」



もう一人はすごく焦っているみたいだけど、私は、それで良いのか。と思った。

おかしいことなのだろうか…。

しかし、言う通りなのだ。

お金がないから、身体で払えるなら、それで良い。と・・・。



「はい、それで乗せてもらえるのなら」


「えっ、そんな、簡単に…! 駄目だろうっ…!?」


「いえ、元より身体を売りに行くのです。 それに、私には身体しかありませんので・・・。」


「けど・・・」

「いーじゃねーか。 こんな子で、滅多に経験出来ないぞ? それにお金が無い事は俺達も知ってるじゃないか。 これも人助けだ」

「人助けって…!」



歪んだ眉が、悲痛な心の叫びを表している。

調子が良い騎士様と、優しい騎士様、きっと二人はバランスが良いのだろう。



「その通りです…、私を、助けると思って下さい。 でも、本当に良いのでしょうか? あの、バレたら罰則・・・って・・・」


「俺達の心配してる場合なのか…?」

「あぁ!罰則だな! もしかしたら首が飛ぶかも」


「そんな…!」


「いやいや、バレたらだからな。 バレなきゃ良いんだ。簡単さ!」

「はぁ・・・全く・・・」



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