前書き:全ての若きオーストラリアの書き手たちへ

GREETINGS!


 文芸への早熟なこころみというものは、おのずから真似事から始まるものです。しかし文学界から遠く離れた土地では、作家の卵であっても真似るべき対象がありません。そういう訳で、私は12歳になるまで特別に何も書いた事はありませんでした。小説を書くという発想に至ったのは13歳になろうという時で、ゴウルバン・ペニー夕刊の付録のくだらない小説冊子しか知りませんでしたが、そこに載っていた物語は、これから若者になっていこうという少女に密やかな魔法をかけ、夢中にしました。そこには蔦の絡まったお城やホーホー言う梟、不親切な保護者や危険な誘惑者が登場し、そして天使のように純粋な題名を冠するヒロインは、ドキドキするようなヒーローに救い出されるのでした。私は自分の書いたものをほんの2、3人の女の子たちに読み聞かせたもので、私たち自身で作り出したその娯楽を、彼女たちは今も楽しい思い出話として覚えています。


 この執筆の結晶のいくつかを読んだある英国人が、私の執筆作品のより自然な舞台としてオーストラリアを提案しました。私はすぐに思いついた事がありました。ハッ! 私を取り巻く環境が物語の素材としてどれほどバカげているか、見せつけてやろうじゃないの。それで皮肉なユーモアとして、「我がすばらしき(?)人生 My Brilliant(?) Career」という全くふさわしい題名の小説を書き始めたのです。私が書きたい、暴れ馬のようなヒロインにピッタリの名前が必要だと友人たちに話したら、ある年上の友人、優しさゆえに近隣の子どもたちから慕われていたその人が、どうせ使っていないものだからと、洗礼名のペネロペとシビラという名前を使わせてくれたのです。というのも、ペネロペを短くしたペニーという名前で彼女は知られていましたから。これは全くワクワクする贈り物でした。


 とはいえ、世間知らずの妄想した通りに世間が受け入れるはずも無かったのです。私が表現したかったものを理解して、あるいは導いてくれるような存在を誰も持たなかった私自身が、どんな読者や観客よりも仰天する事になるのは避けられない事でした。「我がすばらしき人生 My Brilliant Career」がどれほど文字通りの、本当の事実として受け取られたかというのは、どんな想像よりも衝撃的でした。


「私の人生、もうおしまい My Career Goes Bung」は、その訂正として計画したものです。大陸じゅうの女の子たちが、私が彼女らの本当の暮らしや心の奥深くで感じている事を表現してくれた、と書き送ってくれました。内向的な人間としての連帯感と共に。でも私は健康で外向的な人間でした。どうしてこんな事が起こるのかと父に話したものです。父は私と同じように、作家や、フィクション作家とはどういうものかを知るような知り合いはいませんでしたが、知恵のある人でした。


「おまえのやった事を台無しにするべきでは無いよ」と父は言いました。「ご覧、おまえは仮想の現実を作り上げたんだ。そしてそれを壊すべきではない。もしあの物語が全く根拠の無いものだと感じたら、その悩める少女たちの何かが傷ついてしまうだろう。それに、彼女たちは大勢だが、私とおまえはたったの2人だ」


 私は父がいまいち理解していないと思って、小説は見せませんでした。今なら、父がずばぬけた賢者であって、その才能を周囲の誰も理解しなかったし、活かせるような仕事も無かった事が分かります。ハゲ頭にスペインの櫛が刺さっていたようなものです。


 印刷されたシビラ・ペネロペが巻き起こしたゴタゴタにすっかりこりごりして、それ以来あの本は未だに開いていません。なんとか無理やり自分に再読させる事ができたら、何かしら当てずっぽうの心理分析でもエッセイにしたためられるかもしれません。とはいえ、仮にそんなものが書けたとしたら、あの本の初版への序文になるべきで、今書いているのはその後の騒動への前書きです。


 この原稿は他の原稿と一緒に旅行鞄に入れて、合衆国のシカゴの知り合いに預けてありました。それで私は世界大戦に赴いたのですが、今となってはあれは世界の終末戦争ハルマゲドンへの策略であったとしか見られていませんね。そして帰還した時、預けた方が、あるX氏が鞄が入り用で、私の旅行鞄は持ち手がひどく時代遅れだったし、ただの紙切れしか入っていなかったから、私なら彼に喜んで差し上げたでしょうという事でした。X氏は間違いなく入っていた紙を全て火にくべていたから、どこかに残っているかと心配する事は無いわと言われました。私は何も言いませんでした。実際、彼女と同じぐらいには、あの原稿の行き先などどうせ無かっただろうと思っていたのです。そうは言っても、書かれたその時にしか輝きえなかった物語が失われた事は残念に思いました。「私の人生、もうおしまい」もこの原稿たちと一緒に失われてしまっていたと思っていたのですが、実は母が長年大事に保管してくれていた古いトランクにももう一つ写しがあった事をすっかり忘れていました。


 その原稿に震えながら目を通し、面白く感じた事にホッとしました。とはいえ、シビラ・ペネロペ流に言うなら、それもただ私のエゴティズムゆえかもしれません。原稿には謝辞がありましたが、イニシャルで感謝していたその人が誰であったか、そしてなぜ感謝していたのか、思い出す事ができませんでした。そして「帳簿を記し借金を返した」ピーター・マクスワット(*前作「我がすばらしき人生」の登場人物)による序文がありましたが、今となってはこうした遊びの効果もありませんので、削除しました。それ以外では、私がかつてそのものであった少女に誠実にあるようにしました。ある文法的な間違いや決まり文句を、別の間違いで訂正していじくるような、偉大な作品にすら見られるやり方はしていません。


 過去から私の許へ返ってきたこの小説は、新鮮な衝撃をもたらしました。フィクションではあるのに、登場人物は奇妙に馴染み深いのです。時が彼らの物語から奪ったものもあるかもしれませんが、リアリティは色褪せなかったのです。時代の産物である事は疑いが無く、そして「人生経験」なるものを積んだ私の視点から見ると、意図的には全くそうで無かったとしても、結果的には私の処女作と同じぐらいには自伝的な作品であると、言わざるを得ません。それ以上でも、それ以下でもなく。


 このシビラ・ペネロペを描いた二つ目の作品は、当時見せた唯一の人に「極上」と言われましたが、同時に彼には「出版するには大胆すぎる」と判断されました。それも今日の世の中では古風に聞こえますが、これが書かれた当時どれほど鼻持ちならなく捉えられたかという事でしょう。この作品は今日、私が初めてばかみたいに懸命に書こうとしていたのと同じように、かつて若かった、あるいは現在若い、そしてこれからのどの時代にも若者として花開いて来るであろう、全てのオーストラリアの作家に熱意をもって捧げます。


マイルズ・フランクリン

オーストラリアにて

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