平凡な僕の平凡な異世界生活

山口はな

平凡な僕の平凡な異世界生活

 僕は血を見るのは嫌いだ。


 争い事も嫌いだ。


 長いものには巻かれた方がいいと思いつつも、人と同じ事をやるのは好きじゃないと言う、天の邪鬼気質。


 学力は平凡。容姿も平凡。運動神経はギリギリ平均。身長は平均よりもちょっと、ちょっぴり、ほんのちょーっとだけ低い。

 視力が悪くてコンタクトは性に合わないから、分厚い眼鏡を愛用している。おまけに面倒くさくて切らない前髪が目元を隠していたりする。

 乱読家でラノベも大好物。あとは…そうそう。もふもふが好きだ。


 そんな僕を、十把一絡げにして召喚するのは止めて欲しい。


 目の前にいるのはあからさまな王様に、ハニトラ要員の見目麗しい王子と王女。部屋の出入り口は、武装した兵士が塞いでいる。


 どうやら僕は、お決まりのクラス召喚をされたみたいだ。

 クラスメイト達がお決まりのステータスチェックをされて一喜一憂する様子を、僕は放心しながら眺めていた。

 僕はクラスで孤立はしていないが影が薄く、暇さえあれば本を読んでいたから、クラスメイトとほとんど交流がない。影でバカにされてる事も知ってる。


 そんな僕がこの先どうなるか、なんてさ。大体想像がつくよなぁ…。





 そして案の定、僕はお決まりの役立たず認定をされた。

 覚悟はしてたから、必死で交渉して、何とか支度金だけは確保。しばらく宿でくすぶって、お決まりの冒険者ギルドに登録してみた。


 お決まりの薬草採取でも受けようかと考えたけど、そんなものが存在しないのは想定外だよ…。昔採取されていた薬草は、今では畑で栽培されているそうだ。


 では初心者冒険者は何をやるのかというと、町の雑用だった。


 そんな訳で僕は、荷物や手紙の配達をして、皿を洗って、どぶ掃除に草むしりをしてと、名ばかり冒険者を実感する日々を送っている。


 実は冒険者に憧れていたんだけど、平和主義者の僕には合わないし、今の生活に危険はないのだから、まっいっかー、と開き直った。アルバイトをしていると思えばいいよね。──と言うか、アルバイトとしか思えないし。


 普通は雑用で資金を集めながら、冒険者ギルドで戦闘の講習を受けるのよ、と美人受付嬢さんが教えてくれた。

 講習に合格する頃には、ある程度の金が貯まっている。その金で装備を購入し、町の外の依頼に出るんだって。町の外の依頼。つまりは魔物の討伐だ。これもお決まりの角の生えたウサギやら、狼やら、ゴブリンやらが出るらしい。


 桑原桑原。子供の頃におばあちゃんが教えてくれた、トラブルを避けるおまじないは、今でも僕の心の拠り所だ。

 僕は切った張ったが苦手なんだ。雑用で充分食べていけるんだから、それでいいよ。


 雑用依頼ばかり受けている僕だけど、お決まりのギルドで絡まれるイベントは発生しなかった。

 みんな雑用にしか出かけない僕を馬鹿にする事もなく、温かく見守ってくれる。そう、温かく…。時々ゴツイおっちゃんが飴玉をくれるのだが、僕を幾つだと思っているのだろうか。


 ──とは言え、飴玉に罪はない。


 貴重な甘味はありがたく頂きます。

 早速口に入れると、飴玉が大きすぎて頬がぷくんとふくらむ。そして何故か、ギルド内が温かな空気で満たされた。


 もう1度言う。僕を幾つだと思っているのか。


 今日は変わったところで、ペットのノミ取りの仕事を受けてみた。ノミ取りと言う事はもふもふ!


 僕はもふもふに飢えているんだ。

 ああ。飼っていた猫のアレクサンダーが懐かしい。アレクサンダーのお陰で、僕はノミ取りには自信がある。うん。こんな趣味と実益を兼ね備えた簡単な仕事を見つけられるなんて、僕は運が良いよね!


 どんなペットかなぁ。

 猫なら大歓迎だし、犬も好きだ。異世界独特のペットでも、とにかく毛のある生物なら何でも構わないぞ!





「……あれが…ペット…です?」

「そうよ。可愛いでしょ? この間逃げ出して町の外に出た時に、いっぱいノミを付けて来て困っていたの」

 そう説明してくれたのは、依頼主のマルガリータさん。これでもかとばかりにれっきとした幼女で、伯爵家のご令嬢だ。水色のふんわりした髪は、異世界である事を思い知らせてくれる。


 受付の美人お姉さんとギルドのおっちゃん達が、どうしてあんな生暖かい目で見送ってくれたのか。その理由がこれでもかとばかりに理解できた。


 覚悟を決めて身支度を整えた僕は、真っ白なもふもふ、『ポチ』に近づくと、身の丈以上の鉄櫛を構え、ふん!と力を入れて毛をすく。すると、ビョン!っと巨大なノミが飛び出した。


「おわああああああっ!?」


 あわてて装備させられたショートソードを抜いて、それを突き刺した。

 ちなみに防具一式も貸し出されている。本来なら全身鎧とロングソードが、ポチをお手入れする新人の必須装備なんだって。でも、僕が着たら1歩も動けないどころか腕も上がらなくてさ。断念するしかなかった。防具は簡易的な胸当てだけ。


 小型トラックサイズのポチは、こんなに大きいのにまだ子供だそうだ。どうやらポチは僕を気に入ってくれたらしく、おとなしく動かないでいてくれたのには助かった。

 それに比べて、ちっともおとなしくない巨大ノミ相手で、僕は体力の限界を知った。


 中型犬サイズのノミの死骸の山の横で、僕は大の字になって横たわる。


 …簡単…な、お仕事って…何だったっけ?


 3日かかって、ようやくノミ取りが終わった。いくら報酬が美味しくても! 僕はもう、2度とペット関係の仕事は受けない!


 ──そう思っていたのに。


 名指しで何度も依頼が来る。

 依頼主は、言わずと知れた幼女様。何度も何度も断っていたら、直接ギルドまでやって来たよ。


「…お兄ちゃん…」と潤んだ瞳で迫られて、僕は壁際まで追い詰められた。

 受付のお姉様方や依頼を探しに来たいかついおっちゃん達に、いつにも増して生暖かい視線を向けられている。助けてー!と幼女様に負けない潤んだ瞳で見つめてみたけど、前髪で隠れていたから効果はなかった。


 結局、幼女様のいたいけな瞳に居たたまれなくなった僕は、依頼を受けざるを得なかった。


 それからの僕は、ノミ取りにシャンプーに散歩にと、毎日ポチの世話に追われている。


 今日はポチの散歩だ。普段のポチは伯爵家の広大な運動場を駆け回っているけど、週に1度は散歩に連れて行くんだ。

 僕がポチの散歩に行くのは、これで何度目かな。

 ポチの散歩コースは町の外だ。初めての外が、採取依頼でも討伐依頼でもないペットの散歩だったのは実に僕らしいって思うよ。


 外は物騒な世界だと思っていたけど、ポチと歩くと魔物は寄って来ない。


「平和だなぁ」


 木漏れ日の中、僕はポチの首輪から延びたリードを手に、鼻歌混じりでのんびりと歩く。


 ──のんびり歩くだけで終わって欲しいんだけどさ。散歩の後半になると、ポチはいつも走りたくなるんだ。森を疾走するのが楽しみみたい。

 僕のとろさを知っているポチは、その辺りを配慮する賢さを備えている。最初にやられた時は悲鳴を上げたが、今ではすっかり慣れた。


 パクリ、とポチは僕の腰のベルトを咥えると、全力疾走を始める。


 ……慣れたと言ったのは嘘だ。


「ひぎゃあああああああああっ!!」


 速い! 揺れる! 胃液が上がるっ!!


「うぎゃあああああああああああっ!!」



 ポチは3度に1度、気を失った僕をぷらーんとぶら下げて屋敷に戻る。僕が目を覚ますといつも夜で、伯爵家に泊めて貰う。


 貴族様のお屋敷で出される夕食と朝食は最高です。美味しい朝食を堪能した後は、ポチのノミ取り。散歩すると必ずノミがお土産に付いて来るからね。

 ノミとの攻防戦にも、すっかり慣れた。


 ──ちなみに。胸当てとショートソードは、お世話用専用装備として頂いた。これで冒険者として討伐に行くぞ! な~んて僕が思うわけがなく。あくまでもペットのお世話用装備だよ。




 そんな日々を続けていたら、城から呼び出しが来た。今更僕に何の用だろう。


 嫌々城に顔を出すと「誰だお前?」って、ひどい事を言われた。僕が町の生活で成長したから、分からなくなったのかな。もうひとつ理由に心当たりがあったりするけどね。

 幼女様が僕のまぶたにキスしたら、何故か眼鏡いらずになったんだ。今じゃ嘘みたいに、すっごく良く見えている。ついでに伯爵家のメイドさんに前髪をカットされてしまった。視界のまぶしさに慣れるまで、ちょっぴり時間がかかったっけ。


 ようやく僕だと分かって貰えて、呼び出された理由を聞いた。町の外に出て魔物を倒すのに付き合えと言う。意味が分からない。


「嫌だよ」

 きっぱりと断ったのに、クラスメイト達に勇者様に逆らうなって言われて、町の外に連れ出された。




「──お? うまい具合にゴブリンが出たぜ。ほら、お前でもあれくらい倒せるだろ?」

「む、無理だよ!」

 僕はゴブリンなんて遭遇したのも初めてだ。醜悪な顔つきで向かって来るゴブリンに悲鳴を上げて逃げ惑った。

 クラスメイトは男も女も一緒になって僕を嘲笑った。思う存分笑った後で、剣や弓でサクッとゴブリンを倒す。


 こいつ等は、初めて外に出たのかと思いきや、何度か外に出て討伐していたようだ。本当に意味が分からない。もしかしたら、冒険者として活躍している僕に助言を貰いたいと考えたのかな、なんて好意的に考えていたのに。

 単に情けない僕を嘲笑いたかっただけらしい。




 ──と。


「うわあああっ!」

 森の奥に入っていたクラスメイトが、悲鳴を上げて戻って来た。

「な、何だよ!? どうしてこんな町の近くにあんな化け物が出るんだよ!!」

 ガサガサ、バキバキッ!と木々が倒れ、現れたのは純白の獣。もっふもふの毛並みが輝いている。


「わ、私の鑑定によると、こいつはフェンリルよっ!!」

「ちっ! 下がれ! 俺の聖剣の錆びにしてくれる!!」

「待ってくれ! 俺にテイム出来ないか試させてくれ!」

「早く試せよな! 駄目なら、俺の魔法で仕留めてやるからよ!」


 チートを貰ったクラスメイト達が、口々に名乗りを上げた。


 プチッ、ペキッ、ベシッ、パキョ。


 フェンリルの前肢が振るわれる。

 潰され、折られ、払われ、踏まれ。クラスメイト達は次々に無力化されて行った。


「に、逃げなきゃ!」

 そう言って逃げ惑うクラスメイトを、フェンリルは楽しそうに追いかけ回す。致命的な攻撃は決してしない。踏まれたクラスメイトも、よろよろと立ち上がっているし、明らかに遊んでいるよ。


 しばらく様子を見ていた僕を見つけたフェンリルは、尻尾をブンブンを振り回して突撃して来た。目が輝いている。


「ポチ! 伏せ!」

 僕の声に反応したフェンリルは、ぴたりと止まって大人しく伏せた。

「また逃げ出したのか? お前は森に入ったら、必ずノミを付けて来るから困るんだよ」

「キューン」

 ポチは耳を伏せた。ポチは遊びたい盛りだし、脱走したくなる気持ちも分かる。特に今日は、専属のお世話係と化している僕が行かなかったし。


 この間僕はポチの親のノミ取りをやらされたけど、ポチの5倍は大きかったんだよね…。ノミの大きさが変わらなくて、本当に良かった…。


 その時。ビョインと飛び出したノミが僕に襲いかかった。僕は慣れた手付きでショートソードを抜いて、それを倒す。

 ブシャ、と血が吹き出して顔にかかった。僕はまだ未熟だなぁ。だって、伯爵家に勤めているお世話係の先輩なら、スッと飛び退いて返り血なんて浴びない。しかも防具なしなんだ。僕は毎回全身血まみれになってしまうのに。


 ん? 血が苦手なのは克服してないよ。でもノミの血はポチの血だし。

 例えば蚊を潰した時、こんなに吸いやがってって思わない? 僕は昔から、たくさん吸った奴を潰したら、復讐した達成感を感じてた。今の感覚はそれに近い。


 ──この世界の蚊とは、絶対に遭遇したくないけどね。



 僕は切った張ったは苦手だ。

 ゴブリンと戦うのもごめんだ。

 僕に出来るのは、ただのノミ取り…と言うかノミ退治だけ。


 僕はよれよれ、ぼろぼろになったクラスメイト達に向き直る。


「君達が強いのは分かったけど、もう僕に用はないよね?」

 早く帰って、本格的にノミ取りをしなくっちゃ。そう考えながら、僕はポチの背に乗り町へと帰る。クラスメイト達は何も言わずに僕とポチを見送ってくれた。視線に恐怖が混じっていたように感じたけど、気のせいだよね。


 ノミ取りでレベルが上がった僕は、クラスメイト達が足元にも拠れない存在になっていただなんて思いもしない。


 ノミ取りは血なまぐさいお仕事だけど、頑張った後にとっておきのお楽しみがある。なんと、伯爵家の風呂に入らせて貰えるのだ! と言うか、ポチを専用の風呂に入れるお仕事です。

 ペット専用のシャンプーでこっそり僕も全身を洗っている。貴族様のペット用シャンプーは高級品で、僕の髪もお肌もさら艶ですよ。


 ──全裸でポチを洗っている姿を幼女様に見られて変態扱いされたのは、苦い思い出だったりする。





「取って来ーい!!」

「バウッ!」


 バキバキバキッ!!


 例えペットの散歩で森の木々がへし折れようとも。

 なついたポチに飛び付かれ、地面にめり込もうとも。

 幼女様に愛をささやかれようとも。

 フェンリルの血を何度も浴びた僕の防御力が人外の域に達していようとも。


 平凡な僕の日常は平凡に過ぎて行くのだ。


 マルガリータさんが幼女様なのは、呪いをかけられているからだとか。

 その正体は聖女だとか。

 外が怖いと引きこもる勇者どもを何とかしてくれだとか。


 僕には関係ない。


 ないったらないのである。




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平凡な僕の平凡な異世界生活 山口はな @hana-maru

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