第2話 教え子パーティと廃坑迷宮

 マリナの突拍子もない提案があってから、一時間後。

 俺はギルド直営の酒場の一角で、新規パーティ加入面接を受けていた。

 面接官は、元教え子だ。


 はしゃぐ『魔剣士』のマリナ。

 ダークエルフで冷静な『レンジャー/精霊使い』のシルク。

 少し不思議な感じの『僧侶/魔術師』のレイン。


 三人とも『冒険者予備研修』の時のままだ。


「ええと、フェルディオ先生? パーティに参加希望……ということでいいんでしょうか?」

「そうなる、かな」


 シルクの何とも言えない表情に、思わず苦笑してしまう。

 実際のところ、一度は断ったのだが、マリナの強引さに折れたのだ。

 他の二人の了承が得られたらと条件を付けたら、このような状況になった。


「フェルディオ先生ならいいでしょ?」

「ボクは、いいと思う」


 レインが小さく頷く。


「わたくしも反対しませんけど……フェルディオ先生、大丈夫ですか? わたくしたちは、冒険者信用度スコアも低い駆け出しのDランクパーティです。Bランクの冒険者としては益が少ないのではないですか?」

「それについては、問題ない。それに、その方が向いてるかもしれないしな」


 所属していた『サンダーパイク』はAランクが三人もいる、迷宮攻略のトップを走るパーティだった。

 挑戦する依頼クエスト迷宮ダンジョンもハイレベルで、当然、その分だけサポート役の俺の負担は増えることになる。

 大量の薬品、魔法の巻物スクロール各種、魔法道具アーティファクトがどんどん消費され、その経費は俺の財布から失われていく。

 俺が離脱を決めた昨日のクエストなど、完全に赤字だった。


 だが、低ランクの依頼クエスト迷宮ダンジョンなら、それらの消費は減る。

 そうなれば、消費と報酬のバランスはおのずと取れてくるはずだ。

 俺のような金を食うタイプの冒険者は、低ランクの依頼をこなす方が身の丈に合ってるような気がする。


「じゃ、いいよね! 決定!」

「ああ、よろしく。それと、パーティメンバーになったんだから、先生はナシだ。俺の事はユークと呼んでくれ」


 俺の言葉に、三人が頷く。


「よろしくね、ユーク!」

「よろしくお願いします、ユークさん」

「よろしく、です」


 この初々しい感じは、長らく感じなかったな。

 冒険者になって以来、ずっと『サンダーパイク』にいたから。


「では、今日はどうしましょうか」

「何か予定があったのか?」

「『ペインタル廃坑跡迷宮』へ魔鉄鉱を取りに行く依頼クエストを受けているんです。まだ猶予はありますが、依頼主がお急ぎのようなので」


 『ペインタル廃坑跡迷宮』は低ランクの小迷宮レッサーダンジョンだ。

 廃棄された廃坑がダンジョンに変化したもので、危険はそう多くない。

 階層も地下十階までしかないし、彼女たちが潜るにはちょうどいいだろう。

 俺の初仕事としても。


「なら、俺の初陣といこう。サポーターとして、今の三人の連携も見ておきたいし」

「いいんですか?」

「いいとも。しっかりと働かせてもらうよ」


 冒険道具はすべて持ってきているし、問題はない。


「じゃ、行こう! フェルディオ先──……ユーク!」

「おう。今からの時間ならテネット村行きの乗合馬車があるはずだ。あれに乗っていこう」


 俺の言葉に、三人がぽかんとした顔をする。


「どうした?」

「……? 乗合馬車の時間、把握してるんですか?」

「当たり前だろ?」


 サポーターの業務は多岐にわたる。

 現地入りの時間調整のために、移動手段などについての知識は必須だ。


「さっすが! さあ、そうと決まればレッツゴー!」


* * *


 馬車に揺られること一時間。

 途中下車してしばらく歩いた場所に、『ペインタル廃坑跡迷宮』の入り口はある。

 冒険都市フィニスからほど近く、まだ枯れていない小迷宮レッサーダンジョンとして、いまだに駆け出し冒険者の仕事場所となっているのが、ここだ。


「魔鉄鉱ってことは、目標は六階層か?」

「いいえ、四階層か五階層での取得を目指します。まだ、五階のフロアボスを倒せていないので……」


 少し言いにくそうにシルクが告げる。


「了解した。なら、まずは四階層だな」


 魔鉄鉱は鉱山系迷宮で産出される魔力を帯びた鉄だ。

 いろいろな合金の素材となり、魔力を通しやすいので付与エンチャントを刻みたい職人には必須といえるが、これは迷宮でしか採れない。

 そのため品切れになりやすく、急ぐ職人などはこうして冒険者に採掘依頼を出したりするのだ。


 ここ『ペインタル廃坑跡迷宮』の魔鉄鉱の採掘ポイントは六階層に多く存在する。

 浅い層でもあるにはあるが、なかなか出会えないことが多い。

 しかし、五階層には下層への侵入を阻むフロアボスが存在し、これが冒険者の足を止めさせる。

 マリナ達のような駆け出し三人では、確かに少し危険かもしれない。


「さぁ、行こう~!」

「おー」


 マリナが先頭になって。ダンジョンに入っていく。

 その手には、折り畳み式の10フィート棒。よしよし、教えたことを良く守っているようだ。

 先行警戒や罠発見をする盗賊や斥候がいない場合、一番丈夫な『魔剣士』であるマリナが床を叩きながら進むのが一番リスクが少ない。

 罠の多くは地面に設置されているものだからな。


 ……だが、俺がいるなら話は変わる。


「マリナ、先頭を代わろう。俺がやる」

「へ? ユークは赤魔道士でしょ?」

「何でもできる器用貧乏なんだよ、俺は」


 鞄からカンテラを取り出して火をともす。

 深い青の炎がゆっくりと揺らめいて、薄暗い坑道を照らした。


「なにそれ? きれい……!」

「【看破のカンテラ】だ。これで罠を見破る」


 特別な油を燃やす魔法道具アーティファクトで、これがあれば俺でも熟練の盗賊のように罠を見つけることができる。

 油自体は俺が錬金術で作るので、それほどの出費でもない。


「俺は戦闘もそこそこいけるし、マリナは殿について奇襲に備えてくれ」

「うん! わかった」


 相変わらずの素直さ。

 ちょっと心配になるくらいだ。


「それじゃあ、進もうか。三階までは最短距離で行こう。四階からは探さないとだしな」


 三人の歩幅に合わせて、ゆっくりと『ペインタル廃坑跡迷宮』を進む。

 昔から変わっていないな、ここは。

 『サンダーパイク』が初めて潜ったダンジョンも、ここだった。


「……おっと、戦闘準備だ。20ヤード先の小部屋に何かいるぞ」


 俺の言葉に、三人が各々の得物を構えた。

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