第4話

 初めて彼と会ったのは、病院のロビーだった。小学校に上がるもっと前のことだ。

 年の近い子を見るのは久しぶりで、私は何も考えず話しかけていた。

「ねえ、何歳?」

「え? 僕?」

 ロビーのソファーに座り父親の隣で絵本を読んでいた君は、驚いて私の方を向いた。そのあと隣の父親の方を見て、どうすればいいのか戸惑っていた。

「何歳か聞かれてるよ。答えてあげないと。君、隣に座るかい?」

 彼の父親は私の座るスペースを空けてくれた。笑って話しかけてくれる彼の父親はすごく優しそうな感じがした。私は感謝を告げ、隣に座った。

 彼をじっと見つめると、

「6歳」

 と短く答え、彼はまた絵本を眺め始めた。

「一緒だ! ねえ、何見てるの?」

 そう言って覗くと、彼は絵本を間に置いて一緒に見せてくれた。

 しばらく二人で絵本を見ていると、彼が私に質問をしてきた。

「君は入院してるの?」

 彼が私のことを聞いてくれたことが、すごく嬉しかった。パジャマを着ていた私を見てそう思ったのだろう。

「そうなの。なんか難しい病気なんだって。ずっと前から入院してるの。君はまたここに来る?」

 そう聞くと、彼は父親の方を見た。

「今日は妹がちょっと大きなケガをして来てるだけだから、しばらくは来ないかな」

 代わりに彼の父親が説明してくれた。

「そうなんんだ……」

 落ち込む私と彼を見た彼の父親は彼の肩を叩いた。

「幼稚園が終わったら、夕飯までの間ここに来て遊んでもいいよ」

 そう言われると、彼は少し元気になった。

 後から知ったことだが、彼はこの病院の近くに住んでいるらしい。

 彼は少し恥ずかしそうに私の目を見て言った。

「お部屋、教えて」

 それが、すごく嬉しかった。

「おじさん、ちょっと待ってて、すぐ戻ってくるから、私の部屋行ったらすぐ戻ってくるから」

 私は必死に説明して彼を案内する時間をもらおうとした。

「まだ少し時間かかるだろうから大丈夫だよ。はぐれないように手を繋いで行きなさい。それと一応名前聞いてもいいかな?」

 私は自分の名前を伝え、彼の手を取り駆け出した。

「走っちゃだめだよ。ゆっくりでいいから転ばないようにね」

 彼の父親に諭され、私たちは私の病室へと向かった。



 これが私と彼の初めての出会いだった。



 あれから数年。両親の再婚により私の苗字は変わってしまった。中学に進学し、何かのプリントで彼の名前を見た時、目玉が落っこちるほど目を見開いて驚いた。心臓がトクンと大きく跳ねたが、まさかねと思った。

 そして彼を学校で初めて見つけた時、私は確信を得た。

 だって、変わってないんだもん。


 あの頃の思い出と、早くなる心臓の鼓動に、感情が激しく波打った。目頭が熱く、身体の芯から熱が湧き上がる。いつの間にか、私は泣いていた。


 その時私は、生きていて良かったと、強く強く思った。

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