04.その瞳が欲しい
悪魔に同族意識がほとんどないのは知っている。互いを庇う気もなければ、めったに共闘することもない彼らの認識は「自分」と「それ以外」でしかなかった。
裏切りは日常で、契約者すら罠に嵌めていくのが悪魔という種族なのだ。
「神父に懺悔する悪魔って……」
引きつった顔で呟けば、アモルは整った顔に美しい笑みを浮かべた。
「誰であろうと救うのが、神とやら……なのだろう?」
信仰はしないが、救いを求めているのだと言い切った悪魔に肩を竦めたオレが、右手を差し伸べる。
「わかった。確かに、助けを求めるものを救うのは聖職者の使命だ。それに……協力してくれるなら、神様も懺悔くらい聞き届けてくださるさ」
願いを聞くかは分からないけどね。
アモルの細い指が重ねられる。冷たい指先をきゅっと握れば、アモルは素直に近づいた。
「犯人の居場所を知ってるのか?」
くれてやると言ったのなら、居場所を教えてくれるのだろうと尋ねる。しかしアモルは平然と首を横に振った。
「いや、知らないが……呼び寄せることは出来る」
悪魔は己より下位の同族の名を知っている。名を呼べば現れる筈だと匂わせながら、空いている方の手を伸ばしてオレの頬に触れた。
「紫紺……か」
目の縁をなぞるように動いた指にも、オレは目を伏せなかった。紫の瞳が不吉の証と罵られるのは今さらで、抉られても惜しいとは思わない。そんな覚悟を読み取ったのか、アモルは不機嫌そうに眉を顰めた。
悪魔にとって高貴とされるサファイア色の瞳を細め、ため息を吐く。
その姿はひどく人間くさかった。
「……悪魔の名を呼ぶ代わりに、その瞳が欲しい」
「両方だと見えなくて困るから、片方なら」
平然と返したオレの己の身を省みない態度に、アモルは嫣然と微笑んで頷いた。
「左をもらうぞ」
掴まれていた手を振りほどき、空中に円を描く。逆の手で文字らしき記号を追加し、アモルの唇が音もなく名を紡いだ。
『我が名のもと来たれ』
声にならずとも言霊は放たれ、すべての世界を駆け巡る。その呼声に逆らう術のない悪魔は、わずか数秒で召喚された。
浅黒い肌に獣の耳、狼のような鬣が背中を走っている。丸めた背中と長い手足は縮こまっていて、まるで老人のようだった。お世辞にも整っているとはいえない顔には、大きな牙が覗いている。
呼び出された悪魔を前に、オレは長い三つ編みを指先でくるりと回した。
正直、この程度の相手なら相棒であるハデスの出番はない。左手に収まる相棒にちらりと視線を送ると、すっと重さが消えて召喚が解かれた。
『下位であっても、油断するなよ』
オレの性格を知り尽くした相棒からの忠告に、「わかってるって」と軽く返した。オレの指が十字を描いて悪魔を指し、唇が断罪の言葉を吐き出す。言葉を声にする必要はない。
祓魔師も悪魔も、高位になればなるほど言霊を声に乗せない。音にすることで、必要以上に威力が増大するのだ。逆に能力が足りないものほど、言葉を音に乗せて力を増幅しようと試みる傾向があった。
『神の御名において、我に悪魔を退ける力を……』
うなり声をあげて抵抗の意志を見せた魔物が飛び掛るより早く、オレの言霊が存在を打ち消す。
閃光が目を焼き、影である魔物を焼き尽くした。灰すら残さなかった光が暗闇に消えるのを待って、オレはゆっくりと息を吐きだす。これで生気を奪われ入院した神父は解放される筈だ。
おそらくアモルに魅了された隙をつかれ、囚われたのだろう。もしかしたら幻惑などを使って、アモルの存在を装ったのかも知れない。神父に多少なりとも退魔能力があれば、このような事態にならなかったはずだが…………。
任務が終わったことにほっとしながら、魔物を焼いた閃光を浴びても無傷のアモルに向き直る。
「契約だったな、左目をやる」
潔く言い切ったオレの前で、アモルが白い指を伸ばす。紫の瞳が埋め込まれた顔の輪郭をなぞり、その指が左目の縁に触れた。
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