第14話 出兵

 明朝、俺と魔法使いは魔女討伐隊と合流した。

 そして、聖女様がいる教会へと行った。


「貴方に祈りを捧げます。――ご武運を」


 一人一人が聖女の前に跪き、聖女様の祈りを耳にする。

 いくら罪人と言われようと、聖女様は教会の上位に位置する存在であり、

 その祈りを捧げられることは、神の加護を捧げられているに等しい。


 だから、聖女様の姿を拝見しただけで、涙する者までいた。


「貴方に祈りを捧げます。――ご武運を」

「はい、聖女様。御身の為、この身を捧げます」


 俺と聖女様が交わした会話はこれだけだった。

 あの日以来、聖女様への面会は許されず、今日を迎えることとなった。


 ――すでに各国が魔女の討伐の為動き出している。

 褒賞金を目当てに、腕に自慢がある者まで名乗りを上げた。

 

 だが、一部の者しか魔女の姿は知らない。


 聖女様との関係を疑われることを恐れての判断だった。

 また、俺達にも知らされていなかったのはそれが原因だった。


 俺達は聖女様の加護を受けて、ドラゴン殲滅を行った。

 世間から見れば、俺達は教会側の人間だった。


 もし魔女の正体が明るみに出れば、教会の求心力は失われ、

 各国の間に疑心暗鬼が生じ、やがて魔女は関係なしに争いが巻き起こる。


 英雄として呼ばれる俺達もまた、その争いに巻き込まれる可能性があった。


 その為今の今まで、魔女や魔獣による被害を耳にしなかったのだ。

 もっとも、長いこと隠蔽していた教会の主張であり、

 単純に権力を失うのを恐れているのが一番の理由だと考えられるが。


 だが、そんな悠長に構っていられなくなり、俺達を出兵させた。


『いいですか。国王陛下のご命令です。魔女を見つけ次第捕縛し首を落とし、

顔が分からなくなるぐらい燃やし尽くしなさい』


 俺と魔法使いに与えられた極秘任務だった。 

 惨いにも程がある処刑方法を口にしているものだと思った。


「……」


 住民達に見送られながら、俺は魔女を思い出していた。


『待っていて』


 あれは一体、どういう意味なのだろうか。


「勇者? 聞いてる?」

「え?」


 魔法使いが首を傾げて、俺を見上げていた。


「あ、悪い。聞いてなかった」

「聖女様のことよ」


 ドキリとした。


「あれから返事もらったの?」

「いや、まだだ」

「全く、勇者ってば」


 呆れた様子で、魔法使いはため息を吐いた。


「この件が片付いたら、返事もらいなよ」

「ああ、分かっ、」


 分かったと言いかけた直前。


『兄さん』


 誰かが『俺』を呼んだ気がした。



* * *



「兄さん」


 振り返れば、妹が『俺』の後ろに立っていた。


「なんだよ、『   』」

「兄さん、進路希望調査票落ちてたけど」

「ああ、悪い」

「真っ白だけど、決めたの? 進路」

「決めてないに決まってるだろ」

「威張ることじゃないと思う」


 別に威張ってはいないのだが。

 反論するのも面倒くさくて、妹に言った。


「そういう『   』はどうなんだよ。進路」

「ふふん。兄さんに心配されなくても大丈夫」

「そうなのか?」

「推薦書もらえるくらいには」


 自慢げに妹はパンフレットを掲げた。


「来年から兄さん達と同じ学校だから」

「げ」

「『げ』って何よ。『げ』って」」

「当たり前だろ」


 妹の優秀さは折り紙付きだった。

 見た目は母さんに似て、小柄で華奢な癖に、なんでも器用にやってのけしまう。


 文武両道を地で行くタイプだった。

 

「あ、そういえば兄さん」

「なんだよ、進路のことなら、」

「『  』さんにもう言ったの? 好きだって」

「!?」


 思わずむせた。


「まだなんだ」


 妹はまたため息を吐いた。


「あんなに綺麗な人、なかなかいないよ」

「『   』には関係ないだろ」

「ある。未来の義理の姉さん候補だし」

「気が早すぎだろ……」

「兄さんが告白すれば万事うまく行くと思うの」

「行くわけないだろ。大体――」


 言いかけて、視線を逸らした。


「俺が好きだって言えるわけないだろ」

「……最初から諦めるのはよくないと思う」


 まっすぐな眼差しだった。

 妹の言葉は正論で、だからこそ息苦しかった。


 ――考えないわけじゃない。


 もし『俺』が好きだって言ったら、『君』は一体どんな反応をするだろうか?


* * *


「勇者?」


 はっと我に返れば、魔法使いがまた顔を覗き込んでいた。


「悪い、聞いてなかった」

「寝ながら見張りしてたの?」

「は?」


 一瞬意味が分からなかった。周囲を見渡せば、すでに夜になっていた。

 俺は焚火の前で、木にもたれるような形で座っていた。


「勇者が言ったんじゃない。見張りは任せろって」

「……俺が?」

「そうだけど」


 記憶にない。あるのはやけに鮮明な夢の映像だけだった。


「大丈夫? 見張り代わるから、休んだら?」

「……分かった」


 実感が湧かないまま、立ち上がりかけて、


「……なぁ、魔法使い」

「何? 勇者」

「俺、妹っていたっけ?」

「……何言ってるの? 勇者」


 怪訝な様子で、魔法使いは言った。


「勇者は一人っ子じゃない」

「だよな、悪い、変なこと聞いて」

「別にいいけど」


 それから魔法使いに見張りを任せて、適当な場所で横になった。

 

「……」


 目を閉じると、夢の映像が広がっていく。


『兄さん』


 俺に『妹』なんかいない。


『来年から兄さん達と同じ学校だから』


 学校なんか行っていない。

 学校なんか貴族が通う場所で、庶民が通える場所じゃない。


 全部、夢だ。


 にもかかわらず、夢は妙な現実味を伴って、脳に浸透していく。


 その理由はもしかしたら、


『兄さん』


 魔法使いの声と似ていたからかもしれない。

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