第13話 声

「……勇者?」


 怪訝な声で呼ばれる。

 

「魔法使い」

「?」

「俺は――」


 勇者なんて呼ばれる器じゃない。


 そう言いかけて口を噤んだ。怖かった。

 勇者としての旅路を思い返す。自信のない自分が『勇者』でなくなったら。


 ――いったい何が残るんだ。


「悪い。やっぱりなんでもな、」


 なんでもないと言いかけて、違和感を覚えた。


 全員、止まっていた。

 比喩でも何でもない。


 魔法使いも神父も、歩き出そうとする村人も

 なんだったら、飛び立つ鳥すらも、


 俺以外、全部停止していた。


「なんだ、これ」


 直後、後ろに気配を感じた。


「!」


 咄嗟に剣を抜き、構えれば、


「あ……」


 魔女が立っていた。


「魔女……」

「……」

「お前が、これをやったのか?」

「……」


 肯定も否定も返ってこない。

 だが、そうとしか考えられなかった。


 ――時間停止の魔法。


 最も高度な魔法だと、どこかで読んだことがある。

 平然とやってのけるなんて。


「俺に何か用か?」

「……」


 魔女は何も答えず、ただじっとこちらを見つめている。

 赤黒い瞳に自分が映っている。


 それだけで訳の分からない焦燥感に苛まれる。


「……」


 魔女は何も、


「……魔女?」


 二度目の違和感を覚えた。先程から魔女は口を動かしている。

 だが、声が一切乗っていないのだ。

 

 呼吸音すら、殆ど無音に近い。


「まさか、話せないのか?」

「……」


 魔女は何も言わない。ただ小さく頷く。


「どうして……」

「……」

「元々か? それとも――」


 言いかけて、我に返る。どうかしている。

 仲間の仇を前にして、心配するなんて。


 だが、言い知れない寂寥感を覚えた。


 ――魔女の声が聞けない。


 それだけで、何かが込み上げてくる気がした。


「……」


 魔女は俺をじっと見つめていた。

 そして、口を動かして、


「勇者?」


 魔法使いの声が聞こえた。


「え?」

「どうしたの?」

「魔法使い……」

「?」


 魔法使いは首を傾げている。まるで何事もなかったかのように。

 気付けば、時間は動いていた。


 止まっていた何もかも全てが動いている。


 ――魔女の姿はどこにもなかった。


 最後の魔女の言葉が気になった。


 声はなかった。

 ただ口の動きから、あれは、


『待っていて』


 そう言っている気がした。

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