【短編】王国の転生者

NAOKI

王国の転生者


 会議は紛糾していた。


 いつもの事だと言われれば返す言葉も無いのだが、国事のあらゆることが遅滞する現状には、国王としても頭を抱えるばかりであった。


 大声で怒鳴っているのは全軍の総大将である。


「まずは、兵站が問題なのだ。毎日、小さなパンと具の無いスープだけで命懸けで戦えと言われて、兵士の士気が上がると思っておるのか」


 軍の兵站を預かる軍務府長官が反論する。


「大将閣下、お言葉を返すようですが、こちらも、少ない予算で何とかやり繰りしておるのですよ。そもそも、軍事に掛ける予算が少なすぎるのが問題なのです」


 とばっちりを受けたとばかりに財務府長官が皮肉を言う。


「簡単におっしゃいますなあ。財務府には打ち出の小槌があるとでもお思いか。そもそも、前線だけに予算を割くわけにはいきません。軍の方々はやりたい放題で、皆さんが通った後は草も生えないと言われているはご存じでしょう。家やら橋やら好き勝手に壊しまくって、復興にもお金がかかるんですよ」


 文官ごときが何をと、総大将は怒りに震えて拳を机に叩き付ける。


「隣国との戦いに勝利することは、国の至上命題。何よりも優先されることではないか」


「ならば、連戦連勝して早々に隣国と講和し、戦争を終わらせれば良いでしょう。予算、予算と言いますが、徴税だってギリギリですよ。これ以上やったら反乱が起きます」

 

 財務府長官も軍人の圧力には負けまいと、精いっぱいに言い返す。

 正論を述べられて、口では勝てないと総大将は矛先を変える。


「起死回生の策だと豪語して、異世界から召喚した転生者はどうしておるのだ」


 魔法府長官は、豪語などしていない、と心の中で思う。


「魔術師は誠心誠意努力して、見事に召喚は成功しました。ただ、魔術師が出来るのは召喚魔法を掛けるだけ。どのような者が転生してくるかは、神のみぞ知るです。そこは教会が責任を持って神に祈ると、そう決まったはずでしょう。残念ながら、転生してきたのは魔力もなければ剣技もまるっきしの役立たず。神に願いが届かなかったのか、それとも信仰心が足りていないのか」


 教会の枢機卿は憮然とした表情で、しかし聖職者らしく慇懃に答える。


「すべては神のお導きでございます。神がお選びになった転生者殿です。それをどう国に役立てるかは皆さまの力量ではございませんか。あまり神に不満を申しますと神罰が下りますよ」


 教会の常套句である。

 結果が良ければ神のご加護、悪ければ人の不出来とは、何とも都合が良い。


 いずれにせよ責任のなすり付け合いで、会議は一向に進まない。

 隣国との戦争も10年以上に渡り、負けはしていないが、ここ最近は劣勢続きだ。

 国土も荒廃し、国の財政も破綻しかけている。


 ならば打開策を考えるのがこの会議の役目なのだが、昼日中ひるひなかにわざわざ重臣が集まって、何度話し合いをしても空回りでしかない。

 かといって、この国の王には全てをまとめ上げ先頭に立って旗を振れるほどの才覚が無い。堂々巡りの会議を見ながら、只々、頭を抱えるだけである。



 ***



 会議では活発な意見が飛び交っている。


 まずは軍の戦績が見るからに向上した。軍の組織を改編し人材を適材適所に配置することにより、戦略的かつ組織的に活動できるようになり、個人の能力と精神力だけで突撃していた戦い方が一変したためだ。


 それが奏功して、新たに獲得した領地からの税収も期待できる。何よりも、大陸一の貿易都市を陥落させたのが大きい。その都市の商人が抱えていた、様々な知識や技術を他の都市に広げることで、王国の交易が活発になり、そこからもたらされる国の収益も数倍にも跳ね上がった。


 財務府としても新たな税制や適切な投資により、無駄を省き効率よく財政を運用するようになった。経済が回り出せば、都市や市民も潤い、自然と国は富んでくる。


 市民の力が増せば教会にも改革の波が押し寄せる。金食い虫と言われていた教会も、質素倹約を旨とした修道会勢力が力を付け、教会の在りようが大きく変わっていった。



 国王は目尻をさげて、様々なアイディアや意見が飛び交う会議を、満足げに見守っている。わずか1年前まで烏合の衆と呼ばれていた各府長官が、これほどまでに変わるとはと驚きを隠せない。


 会議はものの30分ほどで終了し、国王も執務室へと引き上げる。

 随伴した魔法府長官を近くに招くと催促するように訊ねる。


「次の書はまだなのか」


「陛下、誠に申し訳ございません。なにぶん、各行政府から教導の依頼が引切り無しに来ておりまして・・・。日々の講演会などに時間を取られ、なかなか執筆する時間が無いと、嘆いている次第でございます。それでも何とか時間を見つけては新作に取り組んでおりますので、何卒、もうしばらくお待ちください」


「やむを得まい。なるべく急がせるよう頼むぞ。下がってよい」


 魔法府長官は国王に懇願されて、恐縮しながら執務室を後にする。



 国王の執務机の上には、異世界からの転生者が著した2冊の本が置いてある。

 


「会議を30分で終わらせる方法」「部下のやる気を出させる10の法則」



 神のお導きとは、なんと素晴らしいものであろうか。

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